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とにかくその“勇者”軍団とやらののメンバーの情報を得るため、そして今回の任務の詳細を知るために、叔父のいる師団本部に駆けつけた。
訓練場の横を通りながら師団長の部屋へ向かう。訓練場には、まだ入隊したばかりの騎士の卵が整列しており、年配の騎士がその前で訓示を行っているのが目に入った。指導者である騎士は、前列の見習い騎士に指を突きつけ、威嚇するように鼻先で振り回している。
「サー!イエス!サー!」
正面を向いたまま、こちらまで届く声で、見習いが叫んだ。
懐かしいとはとても思えないが、将来騎士として数多くの平民兵士をまとめあげるには避けて通れない道だ。頑張ってくれよ。
振り返ることなく、そのまま急ぎ足で建物に入った。師団長の部屋に入る前に軽く秘書官に挨拶をする。数少ない女性の騎士が務められるポジションだ。
「ストラウス団長はご在席か?」
「はい。いらっしゃることは伺っております。そのままお通りください。」
どうやら私が来ることは予定に入っていたらしい。
ノックをすると
「入れ!」
の声がした。
うず高く積み上げられた書類を一枚一枚精査していたストラウス団長が、眉をひそめたまま顔をこちらに向けた。
「ヴァルか。陛下から新しい任務について伺ったか?」
亡き父の弟、叔父ではあるが、ストラウス師団長は私に対して姪扱いをしたことは一度もない。常に事務的であり、親愛の情がない代わりに、憎しみを向けられたこともない。構っている暇がないというのが、正直なところだろう。父に代わってストラウス伯爵家を継ぎ、同時に父の役目であった、師団長をも相承したのだ。師団の維持のためにそのほとんどの労力をとられており、兄の子供達を邪険に扱う暇もなかったと思う。
残念なことに叔父にはストラウスを受け継ぐ子供がいない、というのも私たちをぞんざいに扱わない理由かもしれない。曲がりなりにも我が家には私を含めた娘二人と病弱な弟がいるのだから。叔父に何かがあったら、我々の誰かが(もしくは我々の、いや、フリスの夫が)家を継ぐのであろうことは、叔父も十分理解しているはずだ。
「はい。リオン殿下の従僕として西の魔女の征伐に向かうと伺いました。」
師団長が片眉をあげる。
「従僕?私が聞いていた話と違うな。まあよい。どんな肩書きであろうとも構わん。失敗するな、それだけだ。」
師団長は片手を積み上げられた書類の上に置いた。
「これが今年度の入団希望者の申し込み書だ。三分の一は女性だよ。仕方がない。先の戦い以来下位貴族の困窮は続いているし、少なくとも給料をもらいながら学業も続けられる騎士職は貴族の次男、三男坊には大人気だ。男性の申込者はそ言う訳で引きもきらん。女性はな・・・嫁に出すだけの財力のない家庭が、恥ずかしくない職業ということで娘たちを騎士学校に送り込んでくるんだ・・・で、その結果がこれだ。」
師団長は申込書の束を指先で叩く。
「騎士の訓練中に相手を見つけようってことで、娘達も乗り込んでくるんだろうが、訓練中に結ばれるケースなどほとんどないのにな。そんな甘い訓練はしとらんぞ。だが、それでも申し込みは減らん。他に行き場がないのだろうな。」
師団長の視線が宙に浮いた。
「このままじゃあ埒が開かん。先の戦争では、後塵を預かる役割を担う女性の参加もやむ負えなかった。一度開いた門戸は閉じることはなかなか出来ん。しかし女性騎士には行き場がないのだ。お前もそれは身を以て感じているだろう。事務官や近衛に行ける人数は限られている上、地方の砦に送り込んでも災いの種になるだけだ。」
昨年北方山砦で起きた女性騎士の殺害事件のことを指しているのだろう。凌辱された上に殺され、その死体は山中に投げ捨てられていたという。私も騎士学校で何度かすれ違ったことのある、子爵令嬢だった。
師団長がゆっくり立ち上がり、開かれた窓の方を向く。窓からは、行進訓練の掛け声が聞こえる。
「天国ついたら
神様に聞かれたよ。
『どうやってここにたどり着いたの?』だとさ。
『俺たちゃ第三騎士団だ!陛下のために命がけで戦ってここに来たんだ』
って答えたさ」
ザクザクという足音とともに、男性と女性両方の声がする。
「地獄についたら
悪魔に聞かれたよ。
『どうやってここにたどり着いたの?』だとさ。
『俺たちゃ第三騎士団だ!陛下のためいろんな奴を地獄に送り込んでたら、ここに来たんだ』
って答えたさ!」
掛け声が早くなり、足音が走るものに変わった。新人訓練が脳裏を過ぎる。あれだけの苦しさに耐えながらも私たちに行き先はないのか。
「悪魔だろうが、神様だろうが、蹴散らしていくぞ!1ー2−3!!我ら誇り高き第三師団!」
師団長がゆっくり振り返った。
「失敗は許されん。その時は、師団から永久に女性騎士がいなくなると思え。」
一体どれだけのものを抱えなくてはならないのだろうか。そう思いつつ返事は一つしかなかった。
「はっ!」