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勇者様と言うなかれ  作者: 大島周防
聖女様編
39/91

18

キコ、キコ、キコ。


今日も回転式の芋の皮むき機が、乾いた音を立てている。その横で元兵士達が、一心不乱に芋を眺め、皮が剥き終わった途端、芋を取り外し、横のカゴに入れている。一杯になったカゴは、その日の作業の終わりに、テオが荷馬車で焼酎の醸造所に収めに行く。


醸造所の責任者は、当初、


「こっちで皮むきしませんか?」


と、提案してきたが、酒のたんまりあるところに、酒乱の危険性のある元兵士達を働かせるわけにはいかない。事情を話して、神殿で作業し、1日の終わりに確実に届けるということで、話がついた。


「彼らの傷ついた心には、単純作業が一番よいのです。同じ動作の繰り返しが、心の安定に繋がりますので。」


そう説明すると、責任者は、


「そんなものですかねぇ。」


と、首を傾げていた。とはいえ、その単純作業があだになって、なかなか働き手がみつからない酒造所では、少額で芋の皮むきを神殿が請け負うということで、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。


元兵士達は、朝起きる時間、食事の時間、作業の時間、自由時間、と、細かく決めてやると、それに一言の疑いもなく従った。むしろ、決められた方が安心するようだった。


その辺をテオがいち早く理解してくれたので助かっている。


街の様子がわかっているから、ということで、今回テオは神殿に同行してもらった。テオは、彼らにいきなり近づかない。前もって、目を合わせて、相手に確認をとってから寄っている。大きな物音を立てないように、大声を出さないように気を使っている。


もともとちょっと丸っこくって、気の置けない、どこにでもいるような男なので、元兵士達にもあまり警戒心を起こさせない奴だ。


なぜだか私にも同じように接してくる理由はわからんが。


元兵士達とも、少しずつではあるが、会話ができるようになった。最初はこちらが命令するばかりだったけれど、ようやく自分の事を語ってくれるようになった。名前やら、子供の時の思い出、好きな食べ物など、そんな話ばかりだけれど。進歩しているのだと思われた。


そうは言っても芋を切るナイフをじっと眺めている元兵士からは目が離せない。


ヴァルは自警団の組織を作るために街の有力者と話をしたり、訓練所の手配をしたりで飛び回っている。日中滅多に神殿にいることはない。冬を目の前にした農閑期の今こそ皆を訓練に引き込めると、砦から連れてきた騎士達の模擬戦をあちこちで披露していた。


そんな緩やかな日々にすっかり油断していた、ある日。


キコ、キコ、キコ。


作業場で、相変わらずジャガイモの皮むき作業をしている最中だった。


ドアの開く音と同時に、ヒステリックな叫び声がした。


「なんで神殿は、余所者の面倒ばかり見てるんですか!私達のことなんて、どうでもいいんですか!アンタ達のせいで、アンタ達のせいで・・・」


ズカズカと部屋に入ってきた女性は、そのまま顔を伏せて泣き出した。


私のいるところからは遠すぎて、どんな顔をしているのかよく見えなかったが、声の様子からもまだ若い女性だろう。薄汚れたスカートの影から小さな女の子が顔を出した。まだ、よちよち歩いてるぐらいの年齢だ。


いち早く立ち直ったテオが、


「まあまあ、奥さん、ちょっと落ち着いて。」


と、言いながら、一歩踏み出した。そんなに近づいたようには感じなかったけれど、奥さんにはそうではなかったらしい。


「近寄らないで!」


と、と言いながら振り払った手が、運の悪い事に、使ってないジャガイモの皮むき器に当たった。それも、ちょうど刃物の部分に。


「あつっ!」


声を上げた女性の手から、血が飛び散った。


あらら。まあ、そんなたくさんの出血ではないから、と思いつつ、救急箱を取りに行こうとした。


女性に一番近かったのは、ようやく首の傷も癒えたクリストフだった。


「ヒー、ヒー、ヒー。」


クリストフが声にならない叫び、それとも、吐き出す息の音だろうか、を、あげながら、うずくまった。


傷口を押さえていた女性は、自分の傷の痛みを忘れたようで、クリストフの様子を呆気に取られながら見ている。


チッ、せっかく調子よくなってたのに。


私は急ぎ足で女性とクリストフの間に立った。


「奥様、もちろん神殿は、この街のものであり、私たちは街での活動を蔑ろにするつもりはありません。何かお困りのことがあるのですよね。ぜひお聞かせいただきたいのですが、まずは、お怪我を治しませんと。」


そう言いながら、私はテオに視線を送る。


テオが、


「奥さん、お子さんとこちらへ。止血しましょう。」


と言うと、奥さんは、まだ涙の乾かない顔で頷いた。テオが子供に手を伸ばすと子供も両手を伸ばしてくる。抱き上げた子供と奥さんを連れて、テオが作業部屋から出ていった。


その間も、クリストフは、膝を抱えながら体を前後に揺らし、何事かつぶやいている。


『・・・いやだ。そばに来るな。そんなところに置くな。近寄るな。』


クリストフの方を向いた私は、十分距離をとりながら、視線を捉えるためしゃがみ込んだ。


『クリストフ、聞こえる?クリストフ?』


私の声には反応しない。


『奥さん、ちょっと手を切っただけだから。大丈夫よ。心配しないの。すぐに良くなるわ。』


聞こえているかどうかわからないけど、とりあえず説得を試みる。


『・・・死んでる。もう死んでる。いっぱい殴られて。血だらけじゃないか。』


なんのこっちゃ。戦場のフラッシュバックか?


『大丈夫よ。血なんかそんなに出てないでしょ。誰も殴ったりしてないよ。』


『もう死んでるっていったのに。助けようとして触るから。いっぱい血が流れてる。髪の毛が血で固まってる。もう手遅れだ。さわっちゃだめだ!!!』


もう一度説得を試みる。


『クリストフ、周りを見て。ゆっくり見て。何が見える?そう。ここは神殿なの。みんなでジャガイモの皮むきをしてたでしょ。戦場じゃないのよ。大丈夫。ほらね。』


私は皮むき器を手にすると、キコ、キコと空回りさせた。聞き慣れた音で少しずつでも安心させるためだ。


クリストフの目が少し大きくなった。


『ね、ここはどこ?言ってみて。』


クリストフが頭を抱えた。


『テントだ!テントの中だ!その女を早く追い出せ!』


なんで?


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