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事の詳細はヴァルに報告した。
「なんとか助かったけど、長老曰く、多かれ少なかれ、元兵士は同じような状態らしいよ。無気力に何日も膝をかかえてうずくまったり、些細な物音に驚いて大声を出したり。自傷行為も頻繁に起きてるらしい。典型的な戦争神経症だよね。」
「戦争神経症?」
「トラウマ、後遺症だよ。いきなり戦争に放り込まれて、殺したり殺されたりを見たりやったりしているうちに、精神的におかしくなる。」
「もう5年だぞ?」
「リンデンとの戦争は5年前でも西国との戦争は1年前まで行われてたじゃない。そっちから流れてきてたのかもよ。まあ、でも神殿の医学書によると、時間が解決してくれるってものでもないらしい。」
「治療の方法はあるのか?」
「まずは話を聞くことらしいよ。抱えているものが何なのか、吐き出してもらわないと。その上で、いくつか試せることはあるかもしれないけど。」
「危険はないのか?凶暴になったり?」
「そういう症例はなかったなぁ。酒が手に入るのであれば、酒乱になって暴れたっていう話はあったけど、この状況じゃあね。大体が、自分自身を傷つける方向に向かうみたいよ?外に向けて暴力を振るうのは稀じゃない?」
二人で考え込んでいると、執務室にノックの音が響いた。それっきり声がしない。ということは騎士ではないな。
「誰だ?」
ドア越しにくぐもった声が聞こえる。
「テオですよ。戻りました。」
あら。
「入ってくれ。」
ヴァルの許可を得て、テオが入ってくる。
元気そうな顔を見て、ちょっとほっとした。責任はいささか感じていたから。
「早かったじゃない。変身の術はうまく使えたの?」
と、聞くと、片手をひらひらと振りながら否定してきた。
「いや、いや、変身の術なんて必要ありませんよ、あの評判じゃあ。まず神殿に行ったら、裏口の扉に、草の汁かなんかで、『クソ野郎』っていたずら書きされてましたからね。」
はあ?
「物乞いに行ってた難民の子供達じゃないの、それ?」
「いや、リンデン語で書かれてましたよ。」
うへぇ。
ヴァルが、頭を掻きながら聞く。
「それほど嫌われてる理由は判明したか?」
「酒場で飯を食いながら、そこの女将に聞いたら一発でしたよ。女犯っていうんすか?それだって。神殿に相談に来てた未亡人に手出して、子供産ませたらしいっすよ。そんで、面倒もみないって。」
なんじゃい、そりゃあ。
「それだけか?」
ヴァルが重ねて聞く。
「いや、悩みながら神殿を訪れる女性は、多かれ少なかれアプローチをかけられてたんじゃないですかね。その上、神殿で奉仕活動してた女性にもね。ありゃあ、病気じゃないっすかね。」
「そんなにやらかしてんの?!神殿の権威なんて地獄の底まで落ちてるね。」
ため息が出る。テオが、正直に答える。
「街の神殿がずっと閉まってても、誰も困らないぐらいにはね。それどころか、司祭が砦にずっといるのは、庇われているというか、匿われていると思っている人もいるみたいっすよ。早いとこ追い出した方が砦のためじゃないっすかね。」
ヴァルが天井を見上げた。
「理由もなしに追い出すわけにもいかん。しかし、このままでは街と軍の距離も離れるばかりだな。まずは自警団を軍が主体になって街で作ろうと計画しているのだが・・・」
ヴァルが視線を天井から私に移す。
「砦の難民との関係は順調に向上しつつあるし、ここからは騎士達が引き継いでも大きな問題にはならんだろう。どうだ?」
「アガサ達が仕切ってくれるんであれば、大丈夫じゃない?私の意図はわかってくれてるし。難民達、もう共同スペースの掃除は始めてるし、今のところ問題は出てきてない。」
ヴァルが頷く。
「では、神殿の権威を取り戻すためにも、イザドラは街に降りた方がいいぞ。それもいち早く。」
わかってるよ。ただ、問題はある。こうするしかないか。
「街に降りる際、元兵士たちを連れていく。彼らをここに置いといても一向によくならないし、神殿の施設が全く使われてないんだったら、そっちの施設を使って対話治療を始める。」
「「おい!!」」
ヴァルとテオの心配そうな声が飛んできた。
「イザドラ、君は男性が苦手だろう。近くに寄って緊張しないのは、殿下やセス、私達だけだ。」
ちょっと待て、なぜそこにヴァルが入ってる?
ヴァルにはバレてたか。確かに、私の妊娠計画は、この体質のせいでなかなか進んでいない。体質だ、トラウマなんかじゃない、と自分に言い聞かせる。
「俺は?」
テオが目を丸くして聞いてくる。テオは時々男じゃなくなるからな、というか、人間でなくなるからな。どうだろ。
「微妙。」
と答えると、テオが首を捻る。
「そりゃどう言う意味っすか。」
テオの問いは無視。
「とにかく、よっぽど近寄らない限りそんなことは起きないし、元兵士達は、極力他人に近寄らないから大丈夫。神殿で慈愛深き、清廉潔白な聖女様を表現するのに、絶好な機会だと思わない?」
「計算高いのはいいが、いや、よくないが、失敗したらどうする。」
「失敗しても帝国の元兵士よ?地元の人たちがそんなに気にするとは思えない。成功したら、『聖女様すげえ』ってことにならない?」
はーっ。ヴァルとテオが同時にため息をついた。二人してこの計画の穴を探しているようだが、見つからない。
「では、私も行こう。街の有力者達と自警団について相談しなければならないしな。」
「難民達は?」
「殿下がオスロフ隊長をうまく踊らせてくれるだろう。」
置いてくのかい。殿下の不貞腐れた顔が目に浮かんだ。




