10
少年の名前はカマルと言った。お互いしばらく見ず知らずの関係でいることを約束させた。明日からまた街に戻って物乞いをするといっていたので、砦のハリソンに何か漏れる心配はないだろう。
カマルは殿下と同い年だった。栄養が行き渡らないせいだろう、かなり幼く見えるけれど。とはいえ路上生活が長いので、目端が利くと見た。
全てのことにムカムカする。
テントを出て、深い息を吸うと、ムカムカと一緒に吐き出した。やるこたぁやる。絶対にやる、その決意を胸に、砦に戻る。
殿下が灯りの玉をまた塔の窓に投げこんだ。
静かに開く扉の隙間に滑り込みながら、私はヴァルに、
「今からセスのところに行って、事情を説明してくる。」
と、告げた。ヴァルが短く、
「私も行く。」
と、答える。それに呼応するように、殿下も呟いた。
「私も。」
心配そうに殿下を覗き込むヴァルを殿下が睨み返した。
「2度と私から現実を隠すな。」
「はっ。」
ヴァルが短く答える。隠されても現実は変わらない。隠されたら対処が難しくなるだけだ。そうだよね、殿下。
私たちは三人で、城壁の狭い階段を上り城門の横にある側防塔に向かった。
側防塔の唯一のドアをノックすると、覗き窓から人物確認をする目が見えた。ありゃ、テオだ。
ドアが大きく開いて、広くもない部屋の真ん中にどっかりあるテーブルが見えた。セスはテーブルについて、手に持ったトランプを睨んでいた。
テオもカードを握っているところをみると、二人でトランプゲームをしながら暇つぶしをしていたんだろう。
「テオ、なんでいるの?」
と、殿下が聞くと、セスが顔も上げずに、トランプを見ながら返事を寄越した。
「扉の歯車に油さすの手伝ってもらったのよ。あんな音させてたら、忍び出るのに使えないじゃない。で、手応えはあったの?」
「ああ。」
ヴァルが短く答えながら、その辺に散在していた椅子をそれぞれテーブルの周りに寄せた。円卓会議だ。
まずはヴァルが報告する。
「ハリソン司祭が配給品を餌に、キャンプの女性を常習的に手籠にしていた。」
セスの顎が落ちた。私の方をみながら、
「間違いないの?」
と、確認する。
「アイツの部屋に行くと、テントの住人と同じ匂いが残ってるから間違いないでしょ。何ヶ月も水浴をしてない、あの匂いよ。慣れると結構鼻がばかになるから、アイツは気が付かないんだろうけど。まず確実に部屋に連れ込んでるね。」
私の返事にセスがため息をついた。
「そういやあんたも子供のころ、風呂を拒否して匂いで男どもを避けようとしたっていってたわね。」
「あまり効果はなかったけどね。どうやらそっちの欲求の方が不愉快な匂いより優先するみたいよ。」
「キャンプに出入りしているうちにハリソンに移ったってことはないの?」
セスは慎重だ。ヴァルが、言葉を挟んだ。
「匂いが移るほど頻繁に難民達の世話をしているかは疑問だ。難民は皆飢えているし、全てのものが不足している。だが、確認のためにも、司祭の出入りを、特に女性の難民を連れて出入りしていないか、城壁の見回りをする弓部隊の兵士たちに聞いてみてくれ。」
そう言われて、セスが頷いた。ヴァルが報告を続ける。
「ジェイミー・トラッパーの殺害も、難民によるものではないという可能性が高くなったと思う。トラッパーが油断していたとしても、難民の男に体力的にも気力的にも女性をおそうような力はなかったということだ。キャンプの女性に手を出したこともないし、気配を消して女性に近づくようなこともできなかったらしい。」
「いまさらよねぇ。その男はとっくに処刑済みだし。」
セスの反論に、ヴァルが、冷静に返事をした。
「取り返しのつかないことではある。だが、そこを曖昧にしたままでは、難民達を砦に移動させることもできない。冬の間だけでも暖が取れるようにしなくては、難民達は死ぬか暴動を起こすだろう。それだけの体力が残っていればだが。難民の援助は、神殿だけに任せられないことは明らかだ。司祭の問題だけでなく、400人もの難民をイザドラ一人で支援するわけにもいかない。どうしたって軍がやらねばならんだろう。その中心となるのが騎士達だ。女性騎士達が安心して難民と接することができないと、難民達のためにも騎士のためにもならん。」
「それがわかってて、なんでまた、あんなにたくさんの女性騎士を連れてきたの?」
セスの疑問は、私も持っていた。新しい騎士団の多くが女性だ。
「女性だからできない仕事ではないと思ったからさ。むしろ、この地域でのこれからの我々の仕事は、女性だからこそできることが多いのではないかと思ってる。」
「どう言う意味?」
殿下がヴァルに問う。
「ジェイミー・トラッパーは・・・私の2年先輩だったんだが・・・なんといえばいいのかな。周りに頼るタイプだったんだ。よく、同僚の騎士に、『あれお願い、自分じゃできないから、これしてくれる?』って頼んでたな。自分のことは自分でやれって、助言したこともあったんだが、『皆が皆貴方のようには戦えないのよ』って、あっさり言われた。彼女のやり方を批判すべきではないが、我々女性騎士が皆、ジェイミーと同じやり方をやっているわけではない。ジェイミーが駄目だったからといって、この道を全ての女性騎士に閉ざすべきではないと思ったんだ。」
皆が皆ヴァルにはなれないと言うのはもうぶっちぎりで確かだが、私も神殿の女の子で、ジェーミーとやらと似たようなタイプを見てきたから、言ってる意味はよくわかる。本人は女性であることを利用しているつもりもないのだろうが、弱さを前面に押し出していると、そのうち、弱い人間であることで、足元を掬われるんだ。
「じゃあ、女性騎士に難民の面倒をみさせるために連れてきたってこと。」
セスがいかにもつまらなそうな声で言った。すぐさまヴァルが反論した。
「いや、違う。これから確実に起きるであろう帝国との戦争のため、砦の軍の人員と兵糧の充実を図るためだ。王都からの供給が遅れても自給自足がかなりの期間保てるように流通と補給のシステムを作りあげる。」
「今だって、食料はほとんどこの地方の自給自足よね。」
芋ばっかりだが。
「街とこれだけ離れていて、貯蔵だってそんなにない。せいぜいもって二週間だろう。万が一砦が帝国軍に取り囲まれたとしても、今のままでは街から食料をもって駆けつけてはくれんだろう。放っておかれるだろうな。砦はあっという間に落ちるだろう。そこをまず変えていかなくては。」
「貯蔵を増やすの?それとも食料を送り込むためのトンネルでも作るの?」
セスが冗談を飛ばす。
「いや、周辺地域と信頼関係を強く結ばなくてはならない。『守っている』『守られている』という認識を街の人たちに強く持ってもらわないと。その上で・・・兵士の自給自足も試みるつもりだ。」
は?




