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「くちなし?」
話が飛躍しすぎて、私がついていけないことに気がついたのだろう。フリスが説明を始めた。
「リオン王子のお母様がガーデニア子爵家の出身で・・・」
「ああ、梔子ね。」
思わず声が出た。
「いえ、花に例えてるけど、そういう意味じゃないわ。女官達の間での皮肉よ。リオン王子、一言も口を利かないから。それで、クチナシ王子と呼ばれてるの。」
不敬もここに極まれりだな。
「耳がご不自由なのか?それでお話しにならない?」
「聞こえてるんじゃない?反応はするって聞いてるわ。ただ、声を出したのを見たことはないらしい。生前の母親とさえ、話をしていないんじゃないか、というのが、もっぱらの噂よ。」
母親を亡くしたショックで話せなくなったという訳でもないということか。
「物は言わない、その上もともと後ろ盾も弱い子爵家の母親から生まれた三男坊だから、適当な扱いだったのにね。成人するまで放っておいてそのうちどっか適当な貴族の家と婚姻を結ばせて臣下させる予定だったはずよ。ところが、魔術省のトップ達が、リオン王子に結構な魔力があると診断したらしいわ。放っておいて魔力暴走とかのトラブルにならないよう、今から魔力をコントロールすべく、アプレイウス様が殿下に付いて、魔術の手ほどきをすると言う話よ、表向きはね。」
アプレイウス師は、魔術省の筆頭ウイザードであり、長きにわたって王国に使え、国を安定させてきた方だ。
「裏向きは?」
フリスは肩をすくめた。
「訓練だけであれば、なにも旅に出すことはないはずでしょ?アプレイウス様がお年をお召しになり、魔術省の代替わりを望む若手トップ達に体良く追い出されたって話。」
アプレイウス師ほどの功績者であってもか。
「であれば、アプレイウス様の魔術と私達側仕で、必ずこの任務を・・・」
最後まで言わせてもらえなかった。
「だから!アプレイウス様といい、ヴァル姉様といい、どこにも引き取り手のない、身の置き所のないメンバーが集まってるんだって!その際たる例であるリオン殿下の元にね!他のメンバーだってそう!」
他のメンバーの情報も既に得ているとは。
「他の側仕えは、誰だ?」
フリスが口を開けて説明を始める前に、声がかかってしまった。
「フェリシティ!女官長がお呼びよ!貴方とっくの昔に財務省に書類を取りに行っていたはずでしょう!」
フリスと私は同時に声の方を見やった。腰に手を当てた女官が目を細めて私たちの方を見遣っている。
チッ。
またフェルの舌打ちが聞こえた。
「只今。」
そう言いながら、私を振り返ると、小声で
「ヴァル姉様、その容姿だから、貴方が騎士としての人生の選択しかなかったと思っているのは理解してる。でもね、それぞれの立場で私たちだって選んで行かなきゃならないことが数々あるの。一人だけ苦しい道を強いられているなんて思わないで。」
そう言うとフェルは待ち受ける女官の元に走り去った。
遠くから
「未婚の女性が騎士と逢引など前代未聞の不祥事・・・」
という声が聞こえた。フリスが何かを囁くと、女官は驚いて私を顧みる。顎が落ちているところを見ると、私がフリスの姉だという説明を受けたのであろうな。