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殿下とヴァル、ヴァルの副官が、砦の責任者であるオルロフ隊長から砦の案内を受けるというので、私も同行した。オルロフはヴァルの騎士団での大先輩にあたるそうだ。なんか疲れた顔してるなぁ。頭のてっぺんも寂しくなって、頬もげっそり落ちてるよ。
「名高き勇者様御一行をご案内できるとは、大変名誉なことですな。」
その頬に一片の笑みも浮かべずにオルロフがお世辞を述べたけど、殿下もヴァルも全く反応しない。よし。
殿下が、
「まずは、砦の全容と、周辺の市町村との位置関係を知りたいです。塔に上がれますか?」
と、お願いする。
オスロフが、
「では、城壁丈夫の狭間にご案内しましょう。砦で一番高い場所ではありませんが、砦自体が高台にあるので、近隣の地形を見るには十分です。砦の中の位置関係はよくわかりますしね。」
そう言われて、私たちはみな、城壁の上に移動した。
「ここから見える大半は、農村部と農地です。あの向こうにかすかに見えるのがこのあたりで一番大きな街です。」
地平線の手前に広がる平地に、王都の三分の一ぐらいの街が見える。建物も王都に比べると低いものばかりだ。その街と砦の間は農地と、小さな農村がちらほらある。農地のほとんどは、すでに収穫を終えたのか茶色の裸地だ。
「畑では何を作ってたの?」
殿下が聞く。
「芋類ですね。このあたりの気候では、ジャガイモが一番育ちやすいんです。このあたりの主食ですよ。それに私たちが呑む酒も芋から作ってる焼酎ばかりですね。」
オスロフが答えた。
「ふーん、収穫が終わってるんだね。随分綺麗に均されてる。」
オスロフが殿下のコメントに苦笑いした。
「いや、難民たちが、収穫の終わった畑に入って、食べられそうなものはすべて採っていったのです。芋の蔓も、茎も含めて。畑には何も残ってませんね。」
はあ。どこから手をつけたらよいのやら。
「難民たちはどのくらいいるのですか?」
殿下の質問に、オスロフの顔が硬直した。
「毎日のように帝国から流れてくるのがいるので、正確な数字はわかりませんね。我々は記録をとってませんから。神殿の方で把握しているかもしれませんが。とはいえ冬場になったら、寒さを乗り切れず、まあ、半分ぐらいに減るでしょうね。」
おい!
「・・・そ、そ、それまでにな、なんと、と、かしなくて、い、い、のですか?」
殿下がどもった。気持ちはわかる。
「神殿の方で、ある程度引き受けるということは?体力のない子供たちだけでも?」
私が口を挟んだ。地元の司祭に掛け合うことぐらいできるだろ。
「いや、街の神殿にはそれだけの施設はないですよ。それに、親たちは、子供を手放さないでしょうね。ある程度年のいった子供たちは、街に物乞いにいって、親を養ってますし。」
あああ。
ヴァルが
「確かにあの設備では、冬は越せないでしょう。砦の中に移動させて、ある程度の暖がとれるようにすることはできませんか?」
と、尋ねる。
「砦の兵士たちは揃って拒否するな。ジェイミーの件がある。君の同期じゃなかったか?」
ヴァルが首を横に振った。
「第三師団の2年先輩です。トラッパー卿の殺害事件の責が、難民にあったとは聞いていますが、難民のほとんどが女子供であるとも聞いています。全ての難民を罰するべきではないのでは。」
ヴァルの言葉は遮られた。
「ジェイミーは凌辱の上、見分けがつかなくなるまで殴られて、喉を切られてた。ぼろぼろだった。犯人の難民の男はもちろんすでに処刑したが、あいつらを砦で受け入れようという騎士はおらんよ。」
「それでも砦を頼って肩を寄せ合うようにあそこに住んでるんですか。」
私はため息と共に言葉を吐いた。
「砦で手配できないようであれば、神殿の協力は不可欠かと。街の神殿はどのような活動を?」
オスロフの目が細くなった。
「街の神殿は閉まっています。司祭は一人しかいないのですが、彼はずっと砦に泊まりこんでいますからね。」
ふーん。そうか。
「まあ街から通うよりは、砦から難民たちの救援活動をする方が便利ですよね。」
砦にいるのなら会いやすい。早速様子を聞きに行こう。
「いや、ハリソン司祭はほとんど救援活動を行なっていませんよ。というか、難民たちが司祭を受け入れないんです。宗教が違いますからね。」
アホか。子供に物乞いさせるほど切羽詰まった母親が、そんなくだらん理由で援助を断るかよ。どうやら司祭とはじっくり話をする必要があるな。




