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「待たせたまま、ブッチするな、問題になる。」というフェリシティの命令で、いやいやながらも猊下からの使者の待つ部屋へ向かった。
ノックなんぞしてやらない。
「入ります!」
部屋の前で声をかけると、ドアが中からあけられた。13歳になったばかりの殿下とあまり年が変わらないだろう少年がドアの側で控えている。
その向こうに知った顔があった。
畜生、こいつが使者か。
入り口で固まってる私を、使者の使者である少年が、なお一層腰を曲げて、両掌で入室を促した。ふん。
ズカズカと部屋に入り込むと、うっすら微笑むターナー助祭枢機卿が、後ろの少年に部屋を出るように指示した。サシですか。望む所だ。
「イジー、元気そうで何よりですね。」
イジーと呼ばれるのは嫌いだ。イジーと呼ぶのは神殿関係者ばかりだから。だけど、そんなことはお首にも出さない。
「何の用よ。」
神殿の奴らに丁寧に対応しようとは思わない。神殿から縁を切られれば御の字だ。だけど、こいつはそう簡単には見逃さないだろう。同じく神殿の孤児院から出てきたくせに、ありとあらゆる手段を使って助祭枢機卿までのし上がってきた奴だ。その「手段」の中には私たちのような孤児院育ちの「聖女」と司祭達のスキャンダラスな関係も混ざっていると言われてる。こっちは強制されてるんだ、関係もくそもあるか。
「レジナルド司祭枢機卿からのお願いをお伝えに上がりました。」
その名前を聞いて、首筋がゾクゾクした。脂ぎった二重顎と、私に触るソーセージのような指を思い出す。
「お断り。」
レジナルドとは違って、いやらしい欲望という名の脂肪を溜め込んでいないターナーが苦笑いした。中身はおんなじの癖に、痩せてストイックな体つきだ。若い頃はその体を提供することも厭わなかったという噂が、孤児院ではまことしやかに流れてた。
ターナーの薄い唇から声が出てくる。
「せめてお話は聞いていただきましょう。ノーザンクロス周辺に流れてきている難民達の間で、我々の信仰以外の神が信じられています。」
「それが?」
「難民達だけでなく、周辺地域にその信仰がじわじわと広がってきているのです。砦の兵士たちや周辺の町、なかには砦の幹部も含まれるとか。」
「どうでもいい。」
「こちらの神殿から差し遣わした司祭もどうやら手に負えないようで。」
「心底どうでもいい。」
あんた達の神様、私も信じてないから。あんたが信じてるかどうかも眉唾だわ。
「このままでは、孤児院の少年少女達を送り込んで、難民達の世話をさせ、神殿の権威を理解させるしかないと、レジナルド司祭枢機卿がおっしゃっているのですよ。彼らは皆、聖人、聖女の候補ですからね。神の慈悲を広めるにはよい機会であると。」
アホか。食料も衣料も不足する難民のキャンプに、なんの訓練もされてない子供を送り込んでなんの役に立つのよ。
「ですが、イジー。私奴が、聖女として深く敬愛されている貴方にまず様子を見ていただいた方がよいと申し上げたのですよ。」
ぐっ。つまり、私が行かなきゃ子供達が行かされるってことね。子供達を人質に私に出向けってこと?おあいにく様、そんな慈愛は持ち合わせてない。行かないけど、子供達も行かせない。
「様子を見るだけなら、現地の司祭に報告させりゃあいいじゃない。」
小首を傾げながら、ターナーがまた、いやな薄笑いを投げてきた。
「いえ、貴方がわざわざ赴くのですから、疑いなく、難民達と地元民の崇拝を得ていただけるでしょう。」
知らんがな。
「神殿から十分な食料や支援品が出るんだったら、こっちに改宗させられるでしょうよ。なんで私が行く必要があるのよ。」
そこいら辺の聖人さんにさせなさいよ。
「いえ、神殿も分けられる支援品の余裕はありません。人的支援しかないんですよ。だから労働力としての孤児達を送り込むという話になったのです。」
労働力ね。何をさせるつもりやら。
「無理でしょ、せいぜいがとこ孤児達が難民のやり場のない怒りの対象になるぐらいでしょ。それだって鬱憤ばらしにはなるかもしれないけど、改宗なんて夢のまた夢じゃない。それわかってやってるんだよね。まあ、ご勝手に。私が犠牲になるつもりもないから。」
ターナーはまったく動じなかった。
「なるほど、人質を使っての脅しは効かないってことですね。親兄弟がいないとこう言う時になかなか不便ですね。」
そのとおり。赤の他人を気に掛ける余裕はないわ。
「では、褒賞では?そろそろ神殿の孤児院のシステムそのものに手入れが必要と言われておりましてね。貴方も現状を憂いておいででしょう。ぜひとも貴方の意見も反映させていただきたいでのですがね。そのためにも貴方の神殿での権威を・・・」
皆まで言わなくても結構、興味ない。
「変えたいならご自分でどうぞ。私はさっさと神殿とは縁を切って関わらないから。」
ターナーの笑みが深くなった。
「聖女を降りる計画はうまくいっていらっしゃるのですか?お子を持つというお話でしたが、なかなかそのようには行かないと伺ってますよ。」
チッ。妊娠計画は知られてるのか。孤児院でも司祭の毒牙にかかって妊婦になった聖女達は、歴史的に秘密裏に追い払われているから、これでいけると思ってたのに。
今まで何度か引っかかった男達を引き入れたが、いざと言う時にどうしても体が硬直してうまくいかなかった。ここをどうにかしなきゃ計画が挫折する。
「貴方は前回の任務の成功で、聖女としての名声が上がっています。他の誰よりも、我々の神殿の権威を広めるのには適任でしょう。この厄介な新しい宗教がこちらに広がる前に押さえ込んで、我々の方に改宗させることができたら、神殿から離れることも考慮・・・」
アホか。
「いやぁ、到底信じられんわ。成功したらなおいっそう神殿に取り込まれる未来しか見えん。」
恥を知れ。
「ですよね。では、脅迫に戻ります。リオン殿下の教育も順調のようですし、もう王宮でのお仕事は必要ないでしょう。陛下からはすでに許可をいただきました。任務を拒否されるようでしたら、神殿にお戻りください。レジナルド様の身の回りのお世話をするものが足りておりませんのでね。」
血の気が引くってこういうことをいうのか。本当に、サアって音が耳元でした。
アイツの元には絶対行かない。
「お逃げにはなりませんよう。聖女として民に知られた貴方の逃げ場はないとは思いますが。」
もういい。吐き気がする。これ以上こいつの声を聞いていたくない。私は裾を翻してドアに向かった。
「神はあなたが越えられる試練しか、あなたにお与えになりませんよ。」
後ろからターナーの声がした。
あー、うるさい。私は部屋を出る足を止めて振り返り、言い放った。
「今度神と話すことがあったら、『そんなに信頼いただかなくて結構』って言っといて。」




