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バリッ!
思いっきり、躊躇いなく剥がした。
「ウワッ!」
小さく叫び声を上げたと思うと、ヴァルが目の上に手を当てがいながら、転げ回る。おおげさねえ。
「ちょっと、これぐらいでのたうちまわらないでよ。まだあともう一つあるんだから。」
私はため息と共に文句を言った。息も絶え絶えの勇者様ことヴァルが、
「もういい!十分だ!」
と、声を荒げた。アホか。
「片方だけやってどうすんのよ!」
今までボサボサで放っておいたヴァルの眉を整えているんだから、多少の痛みは我慢していただこう。教会で密かに売り出されている蜜蝋を煮詰めたワックスは効果覿面だ。小さなへらで、理想の眉の形を思い浮かべながら、ワックスを塗り広げる。このワックスが粘り気が強くて、剥がすのに手間取るんだ。そこで、私流のやり方だが、薄い布をワックスの上に貼り付けて、乾いた頃に一気に布ごと剥がす。
痛みは一思いの方が後をひかない。
だけど、今まで体験したことのない痛みのせいなんだろうな、ヴァルの目には涙が浮かんでいる。
最初は心配そうにヴァルを見ていた殿下も、片方の眉で終わらせようとしているヴァルの台詞に、お腹を抱えて笑っていた。
「なんでこんなこと始めたんだろうな。」
ぶつぶつ言うヴァルを遮った。
「眉で語らずしてどうするのよ。あんたのその眉じゃ、なんも表現できないって言ったでしょ!」
貴族の方々とやり合うつもりなら、眉の上げ下げは基礎の基礎だ。ヴァルは、恐る恐る整えた方の眉を動かしている。まるで、激しく動かすと落ちるのではないかと心配しているようだ。アホか。
そこへノックの音とほぼ同時にヴァルの妹が、セスを伴って入ってきた。本当は、案内をして入ってきたと言うべきなのだろうが、フェリシティの態度の大きさは、180センチを簡単に超える大男のセスを、いかにも従えていると言わんばかりだ。
「何やってるのよ?」
セスとタメを張る大柄の姉を見下ろすフェリシティは、160センチに届くかとどかないかだ。必要な時には気配を消すことぐらい簡単にやってのけるくせに、大概の場合、そこらの男どもを凌駕するぐらいの威圧感を出せる。流石勇者様の妹だ。言葉の出ないヴァルに代わって私が答える。
「ヴァルの眉、もとい、薮の刈り込み。」
フェリシティは怯まない。気のない声で、ヴァルに向かって、
「ふーん。身だしなみを気にするんだ。まあ、いいんじゃない。」
と言った。そのまま私に顔を向けると、
「それより、猊下の使者がいらっしゃってるわよ。『聖女様に御目通りをお願いいたします。』だって。」
なんだと?
「なんでよ。なんの用事よ?」
私の質問をフェリシティが往なす。
「貴方が神殿からの呼び出しに応じないからでしょう?用事は・・・セスへの指示とおんなじじゃないの?」
それまで珍しくも黙りこくっていたセスに、私は問いかけの眉を向けたが、セスより先にヴァルから返事があった。ヴァルときたら、まだ、眉を上げ下げしている。片方だけなので、正面から見ると変だ。
「ノーザンクロス砦への出向か?私も命じられたぞ。」
なんだとう!?
明けましておめでとうございます。2021年が皆様にとって良い年でありますよう、お祈り申し上げます。
私は「2020年を追い越すのは簡単だろうが、2021年、志高くがんばれよ。」という気分です。




