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咳払いをしながら、セスが改めて尋ねる。
「つまり、二人で画策してたってことよね?西の森の魔女って敵ではないってことでいい?討伐はどうするの?」
アプレイウス師がにっこり微笑む。
「我々は消えるでな。西の森の魔女は討伐され、私は相打ちで死亡、で良いのではないか?」
セスの顔が輝く。
「じゃあ、任務終了で帰れるわね。」
私は慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!それじゃあ、インチキだろう!」
イザドラが、
「どこが?」
と、聞く。どこと聞かれても。討伐してないし。そもそも戦ってもいない・・・ような気がする。騎士としての誇りというか、なんというか・・・良心の呵責が・・・そうだ!
「殿下の訓練が済んでおりません。まだまだ身につけなければならない魔法があるのでは?」
と、訴えた。「余計なことを。」という声がどこからか聞こえた。セスに違いない。
アプレイウス師が穏やかに返答する。
「魔法を極めてどうするのかね?」
私と殿下がキョトンとする。私は殿下の方を振り返ったが、殿下にも具体的な答えはないらしい。
「 魔物退治でもするのかね。魔物の住む世界と人間の住む世界がこのように切り離されている今、わざわざ冒険者にでもなって魔物を殺して回るのかね。」
殿下は首を横に振る。
「それとも、私のように戦場に出て、敵対する国の人々を殺戮するのかね。」
殿下の答えを待たず私が口走った。
「戦いはやむ終えないこともあります。それが戦争です。私は戦う覚悟をして騎士となったのですから。」
だが、アプレイウス師は穏やかな笑みを崩さず続けた。
「騎士と騎士が戦い、魔法使いが魔術を駆使して騎士を助ける。そういった戦いの形はもう崩れ去ってしまったよ。戦いが限られた専門家の間で行われ、決着がつく時代ではなくなったのだよ。先の戦いでもそれは明らかだったろう?」
父が戦死した皇国との戦い。我が国が精鋭の師団を繰り出して戦ったのに比較すると、皇国は武器を持たされただけの兵士が大挙して押しかけてくる戦い方を選んだのだ。
「まあねぇ。大量発生した害虫を叩き潰すような戦いだもんね。その害虫が敵国とは言え、皇帝から強制された貧しい平民たちで、人間だったら、こっちのほうが精神疲弊しちゃうわよね。」
イザドラがゴキブリ潰すような調子で説明する。問いかけるようなセスの視線に、
「神殿図書館には戦記、歴史書も多かったからね。」
と、答えた。
アプレイウス師が頷く。
「今後もあのような戦いが続くであろう。皇国がやり方を変えん限り。」
「今更変えられないでしょ。平民兵士たちは戦いが終わって運良く生き残ったのに、元の生活に戻れなかったみたいだし。戻った村や農地が戦いに行ってた間に放置されて荒廃してたって言うし。また兵士に戻って、皇帝の元、次々と戦いながら消耗してるってことらしいわ・・・真、皇国伝。」
イザドラの言う、最後のセリフは出典か。
「食い詰めて、前に進むことしかできん兵士を、ただただはたき落とすことしかできん戦いは我ら魔術師の本意ではない。勝たねばならんということは理解していてもな。あれにはあれにふさわしい戦略があるじゃろうが、もう私はその一部を担うことはせんよ。とは言え、やめることも許されんだろうから、消え去ることにしたんだよ。」
力なく笑うアプレイウス師。父も同じようなことを思ったのだろうか。剣を持つ父に群がるように集る兵士たちを想像する。
「やあねぇ。そういう後ろ向きな考え方やめてよ。そもそも時がきたら引退して共に暮らすって約束してたんだから。ずいぶん長い春だったのよ!これからの楽しい生活だけを考えて欲しいもんだわ!」
待ちきれなかったであろうエヴァが声をあげた。
ズブッ。
アプレイウス師の体が地面に沈み始める。エヴァの体はみるみる黒くとけはじめ、師の足元の沼と合体する。とっさに手を伸ばしかけたが、アプレイウス師の嬉しそうな表情がそれを遮った。
ズブッ、ズブッ。
もう肩まで沈んでいる。ああ、まだ聞きたいことがたくさんあるのに。
チャプッ。
アプレイウス師の体は完全に消え去った。2度と会うことはないのだろうか。
「あんなジジイでも相手見つけることができたんだから、どうにかなるわよね。」
イザドラが意気込む。
私のため息が終わらないうちに、アプレイウス師の頭が沼からひょっこり浮かび上がった。
「帰り道のことは知らんぞ。」
師の頭に黒い液体がまるで愛撫するように流れる。エヴァか。
「うえっ。」
殿下が同じことを思ったのだろう。
ポン!
この世からアプレイウス師が永遠に消え去った瞬間だった。




