13
川沿いの平地に焚き火を熾し、セスが捕まえてきたバシリスクを料理した。蛇のようなバシリスクを簡単に倒すことのできるその弓術に感心しながら、テオと私で、頭を落とし、皮を剥いで、ステーキ状にして、皆で食する。
食事が終わってようやく本来の話に入った。私が口火を切る。
「殿下、声を出すのは、楽しくなかったですか?皆で一緒に行進するのは。」
殿下が頷く。
「殿下、声を出してお返事してください。練習しましょう?皆と話をするのは楽しいですよ。」
テオが不思議そうな顔をしているのが目についたのか、イザドラが説明しようとした。
「殿下、どもる、ウッ」
セスがイザドラの口にいきなりステーキのかけらを突っ込んだ。
「・・・ぼ、ぼ、僕が喋ると、み、み、皆が笑う。」
「誰も笑いません。」
「わ、笑う。み、皆笑った。変だって。」
私はしっかり殿下の目を見た。
「私たちは、誰一人、殿下のことを笑いません。過去笑う人もいたのでしょう。でも笑わない人もいます。私たちは、殿下のことを決して笑いません。」
イザドラはステーキのかけらを飲み込んだのだろう。
「笑えない、って方が正確よね。私たちの誰が人の事笑えるのよ。オネエに・・・」
そう言って、セスを睨む。
「おとこおんな。」
私を見る。アプレイウス師が、私は知らんぞ、と言わんばかりに首を振るが、イザドラは毒舌を終えない。
「・・・引退しない老害の魔法使い。」
セスがイザドラをにらみながら、言葉を続ける。
「で、毒舌非処女の聖女ときた。ま、規格外なのは認めるわ。」
フリスの言った外れ者仲間とはこのことか。
殿下の眉はまだ寄ったままだ。だが、私たちであれば、話すことは気にならなくなったようだ。
「・・・は、は、母上も、僕のこと、『黙ってれば天使なのにね』と、お、おっしゃった。」
すかさず、セスが、
「黙っていれば天使、の称号は、イザドラに献上したら?」
と、茶化した。まあ、イザドラは黙っていれば天使ではある。波打つ金髪は艶やかであり、濃いブルーの瞳が白い肌に映え、薄い唇は常に笑みを浮かんでいるようだ。
だが、その口から出る言葉といえば、下町の馬車の御者の如し。今回の旅の途中に何度その口から出る悪態を聞いたことか。しかしそれよりも問題なのは、あの豪快なる性格だろう。
食事の前にも、落馬やら匍匐前進やらの汚れを川で落としてきたらどうだ、と勧めたら、
「え?汚れなんて気にならないわ。神官たちに目をつけられないよう、極力風呂や水浴びは避けてきたから、2、3週間は・・・いや1ヶ月は体拭かなくても平気。むしろ小さい頃から、体臭で誰も近寄らないようにしてたわよ。」
と、言われた。隠しておいて欲しかったとは言わないが、返す言葉もない話をされることが多すぎる。
ともかく、「イザドラ黙っていれば天使」のセスの発言は、殿下が吹き出したので、良しとしよう。
アプレイウス師が、私に協力して、
「殿下、魔法の詠唱は、ともすれば詩を口ずさむようなものです。今日のカデットができるのであれば、決して難しいことではありませんぞ。ともかく試して見ようではありませんか。」
と、熱心に殿下を誘う。
イザドラが、
「リズムにのせて詠唱するなら、アプレイウスが先にそのやり方を身につけた方がいいんじゃない?」
と、提案した。だが、アプレイウス師は、
「この老ぼれ犬に新しいトリックを学ばせるのは無理じゃ。体内に巡る魔力の認識と、それを詠唱という言葉に乗せる方法は伝えるが、それをうまく殿下が発せるようにするのは、ヴァルに任せたい。」
皆の視線が私に集まった。つまりは体で覚えさせろということか。私の得意とするところだ。




