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「なにそれ?」
セスが一番先に立ち直った。私も意味がわからない。吃音?殿下は体を固くして、視線をあげようともしない。地面を必死に見つめている。
イザドラは御構い無しに説明を続けた。
「吃音よ。言葉がすんなり出てこないの。養護院にもいたわ。ちょっと殿下とは違って、なんか間延びする話し方だったけど。『おーーいーてけ』って感じ。殿下のは、『お、お、置いてけ』だったかな?」
イザドラが不敬にも殿下の真似をする。
「おい、やめろ。」
私の言葉が終わらないうちに殿下が怒鳴った。
「・・・う、う、うるさい!」
その言葉に、アプレイウス師が納得するように顎を撫でた。
「なるほどな。」
イザドラが初めて殿下の怒りに気がついたようだ。
「え?なんで怒ってるの?吃音なんて、大概の場合、成長と共に緩和されて、なくなるって言うわよ。」
殿下の目がちょっと大きくなった。
セスがため息と共に、イザドラに注意した。
「あんたねぇ・・・ほんと、その辺察しが悪いわよねぇ。もう少し慮った話し方できない?まあ、にしてもなんでそんなこと知ってるのよ。」
イザドラは凹まない。
「え?神殿の図書館は私の逃げ場だったし、ある本は手当たり次第読んでたからね。神殿だけあって、医療治療関係は充実してたわよ?吃音に関する本もその辺にあったかな。」
アプレイウス師が勢い込んで尋ねる。
「では、治るのか?」
殿下の目もパチパチしている。
「今みたいに、ひたすら喋らないと、治りようがない。話す訓練をすれば別だけど。」
「「訓練?」」
アプレイウス師と私の声が一致した。だが、殿下はプイッと横を向く。
「どのようなものかな?いや、魔術を使うにしろ、ある程度の詠唱は必要だからな。いきなり無詠唱とはいかん。声が出せるなら、そのほうがよい。」
イザドラが思い返すように目を上に向ける。
「ええと、『喋るのが心理的に負担になり、体が固くなり、一層症状がひどくなるのを避けるため、通常の話し言葉ではなく、詩などの韻を踏んだものを読むことが有効』だったかな?」
「よく覚えてるわね。」
「一度読んだものは忘れない。」
セスとイザドラのやりとりの間にも、アプレイウス師が考え込んでいる。
「いや、さすがに詩集など持ってきてはおらんぞ。まさかそんなものが必要になるとは夢にも思わなかったからの。」
「魔法で、ボン!とかいって出ないの?」
イザドラの問いに、アプレイウス師は、眉を顰めた。そんな都合よくできないことは明らかだ。
「食料もないし、詩集なんてそこいらで見つかるものでもないわよね。王都に取りに戻る?」
セスはのんびり聞いてきたが、戻ればこの任務に失敗したと宣伝するようなものだ。断じてできん。
イザドラが考えこんでいる。
「詩でなければ、体を動かしつつ、リズムをとったり、歌ったりするのも有りじゃなかったかな。」
「「歌?」」
「そう。魔術の詠唱もリズムにのせれば?案外いけるんじゃない?はい!」
イザドラが、アプレイウス師に向かって、パン!パ、パン!と手拍子をしてみせる。私とセスが、手拍子に加わり、師に向かって圧力をかける。
アプレイウス師はなんどか口をあけて、リズムに乗ろうとしたが、結局なにも言えない。
「無茶な!」
アプレイウス師の顔が恥ずかしさと怒りで赤く染まっている。その様子を見て、殿下が吹き出した。
案外可愛い笑顔だ。
吃音症に関する記述は、特に医学的根拠があることではありません。訓練に関しましても色々筆者が捻じ曲げておりますので、その辺りをご理解いただいた上でお読みいただけましたら幸いです。




