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「・・・勇者・・・でございますか?」
あまりに意外なお言葉に、思わず声が漏れてしまった。だが、直ぐに陛下の許可を得ずして発言してしまったことに気がつき、心持ち上げた目線を慌てて伏せた。しっかり口を閉じると、そのまま再度陛下の発言を待つ。
幸いにも陛下は私の不躾な質問を気にすることなくお言葉を続けてくださった。
「そうだ。其方に勇者としてこれを助け、仲間を率いて西の魔女を成敗してほしいのだ。」
これといいながら、王座に座ったままの陛下が肩に手をおいたのは、まだ僅か12歳になられたばかりの第3王子、リオン様である。私は少し顔を上げて、リオン殿下の様子を伺った。陛下の手が置かれた肩はあまりにも細く、か弱い。病弱だと伺っていたが、そのせいか、歳よりかなり幼く見える。殿下の肩の高さは王座についたままの陛下の目線よりわずかに上なだけだ。殿下の身長も同世代の子供と比べて低いのではないかと推察された。
陛下によく似た殿下の金髪は、ちょうど肩のところで切りそろえてあり、陛下の手はその細い肩を覆うばかりでなく、その毛先に触れていた。
殿下が俯き加減なので、瞳はよくは見えない。同じく金色の長いまつ毛が揺れているだけだ。視力には自信があるが、なにせ王座は遠い。その表情からは、私には殿下の気持ちは読み取れない。
・・・こんな幼子に一体何をやらせようというのか。陛下の言葉が続く。
「ヴァル・ストラウス、其方が優秀な成績で訓練を終えたことは聞き及んでおる。その剣を持って王家に仕え、我が王子のクエストを助け、魔女を罰し、西の森の統治を彼奴から奪還してほしいのだ。」
・・・それはまた随分と・・・野心溢れる任務だ。剣を持つ者として、このような重大な任務を与えていただけるとは、名誉な事ではある。私の剣技に対する思いも寄らぬ高評価に心が高鳴るのが感じられる。だが、私の頭は冷えている。
「陛下、発言をお許しいただけますでしょうか。」
今度はちゃんと許可をいただく。陛下は殿下の肩から手を下ろすと、私に向かって軽く頷き、私の発語をお許しくださった。
「身に余る、恐れ多いお言葉、お礼のもうしようもございません。ですが、私が勇者などとは・・・訓練校を出たばかりの若輩者、連隊には数多くの諸先輩が、その力を王家のために、そして陛下のために、と、その機会を待ち望んでおります。師団の有志を差し置いて私のような未熟者にそのような大役は心苦しいばかりです・・・」
陛下が笑みを零される。
「訓練校をトップの成績で卒業したということは口にせんのだな、なんともゆかしい。その慎ましやかなところを買っておるのだ。知っておるだろうが、今年に入ってこの子の母親が病のため崩じてしまった。今回の討伐には、多少なりともこの子を慮ることのできる騎士をつけたいと思っておる。それゆえの人選なのだ。」
そんな時期に、なぜ、まだ幼い殿下にこのような試練を・・・私の視線は再び殿下の方を彷徨った。が、殿下はそのまま石像のように同じ姿勢、表情を崩さない。
私の視線が動いたのにお気づきになられたのか、陛下が一段と声を強められた。
「其方の実力は師団長の折り紙付き。この子専属の騎士として勤め、そして、勇者として魔女討伐の任務を果たせ。」
再び、深々と頭を垂れた。何故の理由はわからないが、選ばれたのだ。陛下のお言葉に従う意外の選択があろうか。
「陛下、若輩者ではございますが、従者として殿下にお仕えできましたら光栄至極にございます。西の魔女の討伐の任、謹んで拝命いたします!」
陛下の手がようやく殿下の肩から離れ、私に向かって振り払うように2度揺れる。
「うむ。勇者グループの人選および旅程は、第3師団長が把握しておる。詳細はお前の叔父から聞くがよい。」
御前をお暇する時が来たようだ。再度腰を折ると、後ろ姿向けて失礼にあたらないよう、そのまま後退さる。十分離れたところで、立ち上がってドアに向かった。顔を上げた時に見えたのは、肘掛に片手をついたまま、ぼんやりしている陛下と、未だ動かない殿下の姿だった。