あたらしいくらし
あれから、およそ数日が経った。
「あおいちゃーん、ごはんよー」
「はぁい……ふぁ……」
最近はよくうちに泊まりに来ている翡翠さんの声。あくびをしながらリビングに出てくるのは、幼稚園の制服を着た俺。
髪をとかしたり顔を洗ったり……あと、服を着たり。というかある程度大きいボタンから付け外しできるようになってきた。時間はかかってしまうけども。
「……にぃに、おむつ」
瑠璃のほうは中学校の制服姿で、スカートをたくし上げた状態で寝転がっていた。
もちろん下着も見えてしまっているのだが……それは普通の中学生が穿くようなものとは違っている。
おむつ。しかも、ピンク色のお花柄の可愛いやつ。それもすでに薄黄色に膨らんだ状態の。そう、赤ちゃん用の一番大きなサイズのおむつにおもらししてしまっているのである。
とどのつまり、あれから瑠璃のおもらしは治ることはなかったというわけである。ついでに俺も。
いまは姉妹揃ってトイレトレーニングの真っ最中。とはいえ、まだそのスタートラインに立てるか立てないかくらいの段階なのだが。
俺の場合は尿意に気づけるのはまだ五割くらいで、そのうちトイレに行けたのは三割あるかないか、そして実際にトイレで出来た回数はいまだにゼロ。瑠璃も全く尿意を感じていないわけではないらしいがトイレは使えていなかった。二人ともおむつが外れる気配すらない。
とか何とか言っている間にも。
「……んっ……」
股間がむずむずしてきた。尿意である!
「な、なぁに?」
「お、とい、れ……いく……」
瑠璃の問いに答えつつ、一歩一歩トイレに向かおうとするものの、水門はあまりにも弱く。
「あぅ……ああ……」
脱力した。
水門開放、膀胱の中身が尿道を通って放出され、白かった下着内部の吸収帯を膨らましていくのを強く感じる。
……むぅ。悲しくなんてないもん。ちょっと、なきそうだけど……。
涙をぐっとこらえながら、立ち上がると。
「……ひすいねぇね、にぃにもおむつだってーっ」
「ちょ、やめてくれよ……。自分で替えられるから……」
「はいはーい。おむつ替えるわねー」
「うわぁっ!」
背後からにゅっと現れた、美女……というより美少女な感じの二十代女性。その香りにどきりと心臓が強く拍を打つ……と共に微かに違う臭いも感じた。
ああ、またおしっこしたんだな……。
翡翠さんも相変わらずらしい。ここには三人分の尿臭が漂っていた。
――あれから、生活は大幅に変わった。
まず、瑠璃は幼児退行するようになってしまった。
日によって多少変わるものの、九条先生によれば少なくとも思考や感情、言動は中学生のそれとは到底思えない、とのこと。
ただし、記憶や知能に関してはそのままだから、普通に中学生程度の問題も解けるし俺や珊瑚ちゃんのこともちゃんと覚えていた。そして、おむつのことでいじめられてしまったことも。
それがトラウマになってしまって、教室に入ることができなくなったという。いまのところ保健室登校らしい。
そして、俺は幼稚園に通うようになった。
何もできない子供が家に一人でいるのはやはり危ないからというのが表の理由。やっぱり家で一人で自分の身体を観察するよりも幼稚園で幼女を愛でていたいというのが真の理由である。我ながら酷いな。
……そうして、俺たちは二人で支えあって暮らしている。
今日も、また。
「るーりー」
そうこうしている間におむつを替え終わって、インターホン越しに珊瑚ちゃんの声。
「はぁい!」
瑠璃はぱたぱたと軽快な擬音を立てながら玄関へと走っていき。
「いってきまーす!」
学校へと出発した。
「……俺たちも行きましょうか」
「私たちでしょ?」
「細かいなぁ……」
珊瑚ちゃんや翡翠さんに話し方の矯正をされていたりするのはおいといて、朝食もほどほどに。
「行ってきます」
「お邪魔しましたー」
幼稚園に歩いていく。翡翠さんと一緒に。今日は送っていってくれるようだ。
送迎バスなんてないから歩いていくしかないのが少し辛いところなのだが……そんな愚痴は放っておいて、足を進めて。
「……だいぶ可愛くなってきたわね」
「ほえ?」
翡翠さんの言葉に、気の抜けた声が出てしまって、俺は慌てて口を塞ぐ。
「にゃっ、にゃんでもないからっ!!」
「ふふ、かーわいっ」
「にゃにぃ!?」
そして、顔を真っ赤にして声をあげた。
幼稚園にたどり着くと、なのちゃんが俺に駆け寄ってきて。
「あおいちゃーん!!」
「むぐへっ!!」
フローリングをスライディング。もはや恒例である。そして。
「おはよ、あおいちゃんっ!」
そのキラキラした笑顔に俺は癒されるのである。
「うん、おはよう。なのちゃん」
……楽しい毎日。夢のような日々。
それが、いつまで続くのかわからない。いつか、終わりが来てしまうはずだけど。
俺は、もう壊したくない。
いつか、壊れる日がくるまで、この幸せを崩さずに、できる限り守り抜く。そう俺は誓った。
俺にできることは少ないけど、それでも。
誓いと幸せを胸に秘めて、俺は今日も走り出す。
こんにちは、沼米さくらです。
まず、ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
あとがきということで少しだけ語らせてください。読み飛ばしてくださっても結構です。
今作はもともと自分の趣味として作り始めました。趣味というか……身も蓋もない言い方をしてしまえば自らを慰めるための道具ですね。はい、すみません。
四月、外出自粛中、ちょうど数年間使い倒してたパソコンが壊れて小説の執筆ができなかった頃です。
もう、正直言って辛かったです。自分色に染め上げた愛機を亡くしたのですから。パソコンでないと執筆活動ができなかったのですから。
それで自棄になって当時妄想してた内容をスマホで書きなぐりました。全十話の短編。自分の股間にすべてを委ねて。
そうして出来上がったのが、今作「あさおね」でした。
それで、創作者のエゴに任せて世に出してみたら……なんと、予想以上の大反響でした。
多少読んでは貰えるだろうなという打算を含めてはいたのですが、たったの一日目で三百近いPV数、しかも日ごとに増えていくのですから。こんな経験は初めてでした。
そして、十話分の連載を終えた頃には一か月で一万PVを記録する人気作になっていました。自作品の中ではほぼトップといってもよいほどでした。
わたしは調子に乗りました。続編を書くことに決めてしまったのです。
実は(最後まで書ききった今だからこそ言えるのですが)最初からこの結末にすることは決めていて、そのための伏線も仕込んでいました。うまく回収できたかはおいておいて。
しかし、書くのは非常に大変でした。
専門学校の授業についていくのもやっとの状態。就活なんてもってのほかといった感じ。次第に精神は荒んでいき、作風もどんどん暗くなっていきました。特に中盤からは目も当てられないような感じになってしまって。いい意味でいえばハラハラドキドキなんですが……事前に話を決めておかなければ瑠璃ちゃんを殺してたかもしれません。その頃には性欲も消え失せかけてました。
そして、終盤の展開が始まります。
シリアスになるにつれて目に見えて読者が減っていきました。作者のエゴによって登場人物が痛めつけられて苦しむ姿を見せられたら当然です。それでも、モチベーションなんてあったものじゃありませんでした。
それでも、登場人物たちを最後は笑顔にすると、かたい意志を持ってここまで書き上げたのです。
そして、こうして書き上げたのです。
少し雑になってしまいましたが、うまくまとめ上げられたのではないでしょうか。
ここからが本題なのですが。
この物語、どこかおかしいと思いませんか?
はい、瑠璃ちゃんの件は片付きました。可愛くなりましたね。でも、それに気を取られて忘れてることはないでしょうか。
そう、そもそも何故、蒼くんが幼女になってしまったのか。
その謎の伏線を示しまくったにも関わらず、答えをまだ提示していませんでした。
長くなりましたが、つまり。
続編、書くことにしました。
終わる終わる詐欺とか言わないでください。ちゃんと「始まりの一週間編は」完結させたのですから。
二〇二一年も、まだ話は続きます。
しばらくは今回で補完しきれなかった日常の話でも書きましょうか。書きたい話はたまっているんです。本編がいつ始まるかは未定です。
今まで以上に投稿頻度は安定しないと思いますが、ぼちぼち書いていくことにします。彼女らの日常の話、そして行く末を見てくださるとありがたいです。頑張ります。
最後になりますが、二〇二〇年はありがとうございました。皆様の応援が励みになっていました。そして、二〇二一年も拙作をよろしくお願いします。
長文お読みくださりありがとうございました。
それでは、よいお年を。




