9話 噛ませ犬キャラはすぐに調子に乗る
私の名前はグライム・アスクト。
自国が有する最強の聖騎士団の分隊長のひとりだ。
聖騎士団は実働部隊が七千名を超え、非戦闘員や訓練生などを含めると一万名を超える。
主な活動は悪魔の排除による世界平和を歌ってはいるが他国とのパワーバランスを維持するための軍隊であることは否定できない。
正直何が正しいかは私が知ったことではない。
実際に悪魔を退治し人々を危険から守っているのだ。文句を言われる筋合いはない。
この前の大きな討伐戦においても最強の悪魔の一角であるルシファーを天使様と聖騎士団長が退けたと聞く。もっとも魔力の高い悪魔として有名なルシファーに対抗し得たなど奇跡に等しい功績なのだ。
私がその戦いに参加できなかったのは心残りではあるが“あの天使様”と肩を並べて戦えた若き聖騎士団長は我らが聖騎士団の希望となっている。天使でなくとも“あの悪魔たち”と戦えると。
私も近いうちにアスクト家の長男として大きな戦果を上げ、家に恥じぬ活躍をしなければならない。
アスクト家は過去に天使を一人排出したことで名家となり以後は聖騎士団から特別な待遇を受けている。
父上からもいずれは聖騎士団長の座につくことを私は期待されている。
今回の任務は小隊によるルシファー消失地点の周辺調査だ。
強大な悪魔が暴れた地点にはその膨大な魔力による影響を少なからず残す。強力な魔力は他の悪魔を引き寄せる呼び水となり、その力を取り込んだ悪魔が活性化し被害をもたらすのは多々あることだ。
そういった悪魔や残留魔力を早期に発見・浄化することが私たちの仕事である。
今回も五十名ほどからなる小隊を五組十名の分隊に分け、小隊長を含む十名は本体としてキャンプを張って拠点とし、残る四組の分隊は各分隊長の指示の元に探索を開始した。
人員を交代しながら一ヶ月ほど続けている作業なので皆ももう慣れたものだ。
私も分隊長なので隊を率いる。
今回もおそらくは何かを発見したとしても下級の悪魔程度のもので退屈な仕事となるだろう。普通は一ヶ月も悪魔の影響が残るとは考えがたい。その異例の対応からも上層部のルシファーに対する警戒心の高さがうかがい知れる。
そんなことを考えているときだった。先行していた隊員がB級危険対象の発見を報告しに戻ってきた。
危険対象とは悪魔を主とした魔術師や魔道具などの魔力を有する安全が確認されていない対象を指す。
以前は悪魔について上級・中級・下級という表現でよく分類されていた。さらに細分化された現在でも一般的にはよく使われる表現ではある。
現在の軍事系統の表現ではA~Bが上級、C~Dが中級、E~Fが下級となる。
悪魔の危険性は魔力だけに依存しないので正確な強さを測れるわけではないが感知できる魔力の強さによって指標としている。
「グライム・アスクト分隊長に報告します。悪魔とみられるB級危険対象の出現を確認しました。対象に同行するF級危険対象も確認。現在のところ特に目立った危険行動は見られません。付近の魔力残滓による移動形跡が確認できません。術者による召還、自力の現出、もしくは転移による出現の可能性があります。隊員一名を残し引き続き監視中であります」
「了解した。すぐに我がアスクト隊は現地へ向かう。それでは案内を任せるぞ」
「承知しました」
真剣な表情を見せつつも私の内心は期待に満ちていた。
下級程度では何の功績にもならない。
上級の悪魔であれば有名なものであるかもしれない。それを狩ったとなれば私の功績にも箔がつくというものだ。
私の分隊は何度も中級の悪魔くらいなら容易に浄化してきた経験があるのだ。A級なら本体に報告して応援を待つところだがB級と言ってもそれには落差があり、C級に毛の生えた程度なら我々だけで狩ることもできる可能性がある。要は実績を得る好機だということだ。
まずは現地に赴いてどの程度の悪魔か自分の目で確認しなくては。
現地までそれほど距離はなくすぐに駆けつけることができた。
B級危険対象が受肉したとのことだがこちらの監視にはまだ気づいておらず、どうも未熟そうな悪魔だった。
F級であれば魔力が弱く移動形跡が残りにくい。元々、二匹いたF級の悪魔の内の一匹がルシファーの魔力か何かを拾って急成長したとかそんなところだろうと見当を付けた。
新たに受肉したばかりの悪魔は魔力消費を大きく消費して弱っていることが多い。
討伐するなら今が絶好の機会なのだ。
本体の応援を待っていては逃げられる可能性もある。
私は一名を本体への連絡係として走らせ、残りの八名に浄化結界の発動を指示した。
浄化結界はその名の通り神気を用いた悪魔殺しの結界を作り出す奇跡だ。
魔法に対抗する神気を用いた術を人は奇跡という。
数名の術者で神気による球状の結界を張り、その中へ別の術者、つまりこの場合は私が大量の神気で結界の中を満たして確実に浄化する技だ。
この結界は強い術者が多いほど強力な結界を張ることができ、この八名で張ったものであれば上級の悪魔といえど簡単には抜け出すことはできない。
欠点としては結界を張るまでに八名の術者は神気を高めなければいけないので居場所が相手にバレやすいことと、神気を満たす術者は結界が張り終える前に結界の範囲中に飛び込まなければならないことだ。
しかし相手は未熟な悪魔だ。こちらの存在に気づいたところで対処することは不可能だろう。
浄化結界の準備が整い私は円の中に飛び込んだ。結界が張られるまでは私の存在は気づかれてはいけない。体外に漏れる神気の気配を消しつつも体内の神気を一気の放出するために準備を整える。
そして結界が張られるのとタイミングを同じくして一気に神気の光を放ち、結界の中を我が奇跡にて浄化した。
「フフフフ……やったぞ! 私は上級の悪魔を浄化したのだ!」
放った神気を自らの中へ戻していく。全てを回収できるわけではないが結界によって外へ流出せずに済ますことができるので消耗は少なくて済む。この技の大きな利点である。
こちらが神気の回収を終えたのを察して、味方による結界も解除がなされた。
私は悪魔の残骸を探すべく歩を進める。
悪魔は魔力でできているがその中心には魔力の塊でできた魔核がある。
これは下級の悪魔であれば跡形もなく浄化し、消し飛ばすことが容易である。
しかし中級以上となるとそれが残ることがある。魔力の密度が高いものは浄化も難しいのだ。
そういった魔核は放置すれば悪魔が再生する可能性もあるので神気の結界で魔力の吸収を遮断して運び、天使様の手で完全な浄化をしてもらう必要がある。
上級の悪魔であれば魔核が残っているだろうと考え周囲を見渡す。
だがそれらしきものは見当たらない。それに受肉していれば魔力そのものではない肉体もその場に残るはずだ。これは明らかに異常だ。
警戒命令を出そうと考えたときには仲間の悲鳴が夜空にこだましていた。