7話 遅れてきたスタートダッシュ
「終わったじゃないよ! さっさっと逃げるのさ! 早く!」
メキメキが小さい体で俺の体を引っ張って逃げるように促してくる。
そうは言っても逃げられる気はしない。ここで謝ればあとで使い捨てにされるにしてもそこまでは生きれるかもしれないという後ろ向きな思いはあった。
だが体はその意に反して逃げるべく動き出していた。ルシファーの視線から感じる根源的な恐怖に耐えられなかったのかもしれない。だが動き出したものは止められないし、もう後戻りはできない。
俺はメキメキを乱雑に掴むと自身の胸へと押し込んだ。メキメキは抗議の声を上げるがそれにかまっていられる状況ではない。沼に落ちるようにメキメキは俺の中へ吸い込まれていく。
俺がメキメキを吸収したわけではなく体の中へ待避させただけだ。
別にこいつを見捨てても良かったんだが危険を招いたとはいえ一応俺にルシファーの真意を教えてくれた側面もあるし、ここで置いていったら人道的に反するからな。体は悪魔になっても人の心は捨てたくはない。
俺は具象化魔法により体内の魔力を大量に放出する形で推進力にして一気に空へと飛び上る。
「逃がすな! 奴らを追え!」
ルシファーが仲間の悪魔に命令を出す。
ルシファーが直接追ってかなかったのは幸運だった。油断して幻術にかけられたことで俺たちを警戒している。俺たちがまた幻覚で見せられた囮か何かの可能性を考えて下手に動くのを躊躇したのかもしれない。
仲間の悪魔たちは俺より魔力量が低いとはいえルシファーが選んだ強者たちだ。技術面でまだ若輩者の俺では勝てないし大人数で追ってこられたら逃げ切れるわけもない。
だがその悪魔たちは俺ではなくルシファーに向かって襲いかかった。
悪魔たちが友情に目覚めて自己犠牲の精神でも発揮したのかと一瞬思ったが、それは体の中にいるメキメキの声が否定した。
「幻覚が解けたのがルシファーだけだったからルシファーがあたしたちに見えるように幻覚を変えてやったのさ。あいつ怒ってるだろうなぁ~」
楽しそうに笑うメキメキの声が聞こえる。
こいつだけは下手に敵に回したくないな。今回はグッジョブだが。
あとのことは考えないようにしよう。俺たちは地上に逃げるしか手は残されていないのだ。
「テメェら! 今度見つけたらズタズタにしてやるからなぁ!!!! 楽しみにしてろよぉ!」
襲い来る仲間の悪魔たちを引き裂きながら俺たちに向けて叫ぶルシファーの声が耳に残る。
俺はもう二度と会いたくないです。
ルシファーからしてみれば俺という魔力を温存して地上に戻る手段と仲間にした悪魔たちを自分で皆殺しにしてしまうことで全てが白紙に戻された状態だ。
そりゃあ、怒り心頭だろう。
やつが怒りに身を任せたり計画をあきらめて俺たちをただ殺すために追って来なかったのも俺たちにとって幸運だった。
一から魔界で仲間集めを始めることになるだろうから地上にさえ逃げればしばらくはルシファーからの報復を恐れる心配もなさそうだ。
だが今の問題は地上に辿り着くことだ。
どれだけ飛んでも地上に辿り着かねぇ!
本当にこれ大丈夫なのか!?
「大丈夫、大丈夫! ほら、頑張って! もう少しだから!」
ホントかよぉ……?
メキメキの言葉は全然当てにならない。こいつは俺の中にいるだけで今は何もしていないし。
すでに俺の魔力は半分以上消費している。
体を維持するのにも魔力がいるのだ。魔力を失いすぎたら地上に出られたとしても体を維持できず消滅するなんてこともあり得そうだ。
そうなったらお前も爆弾で道連れなんだけど分かってるんだろうな?
「あんたは心配しすぎさ」
お前が脳天気なだけだと思うが。
何か先の方が明るく感じる。
そこでメキメキが声を大きく張り上げた。
「気をつけて! 地上に近いから神気が満ちてるのさ! 魔法で打ち消しながら進まないと私たち浄化されちゃうよ!」
神気? 浄化?
そんな話聞いてねぇぞ! 何を言ってるのかよく分かんねぇし!
「とにかく神気は魔力とは真逆に位置する天使の力さ! それが地上には溢れてるの! 悪魔は魔法で神気を汚染して身を守らないと存在さえ許されないよ!」
そんな話ならもっと早く言っておけよ!
「あたしもあんたが知ってるかと思ってたし、ルシファーもまだ教えてなかったのね。地上で生かす気がなかったから教えなかったのかもしれないけどさ!」
ぶっつけ本番だがやるしかねぇ!
今までだって全部ぶっつけ本番だったんだ。
やってやる。やりゃあ、良いんだろぅ!
「その意気さ! これさえ抜ければ何とかなるから頑張って!」
俺は半ば捨て鉢になりながら残る魔力を振り絞って神気とやらを打ち消すべく魔力を前方に展開する。
神気がどういったものか分からないが神々しい光を打ち消すイメージで変質魔法を発動させた。
やり方はこれで合っているか俺にも分からんが、できなければ死ぬのだ。やるしかない。
悪魔にとって灼熱に感じるような中へと俺たちは身を投じた。