69話 説明書を読まずにゲームを始めることはよくある
俺の修行場所となったのは、最初の大広間だった。
「先にこっちの二人を紹介しておこうか」
ラストラルがそう言って手の平で指し示した先には、最初にこの部屋で見かけた二人の女性だった。
双方共に似たようなエキゾチックな衣装を着ており、こちらへ頭を下げて俺たちに挨拶をしてくる。
「彼女らはここでオレの身の回りの世話をしてくれている。こっちがミラージュ。そっちがラドリーね」
ミラージュは最初にラストラルの隣にいた方で、ラドリーが扇子を持っていた方だ。
「よろしくお願いしますね。ここでの皆様の身の回りのお世話もさせていただきます」
「何か、用があれば私たちにお申し付けください」
ミラージュとラドリーがそれぞれそう言って、俺たちに笑顔を向ける。
「ど、どうも。デシオンです。よろしくお願いします」
「ルリだよ。よろしくね!」
「あたしはご飯が食べたいわ」
俺たちもそれぞれ名乗って挨拶するが、最後のは違うだろ。
ちなみにマルドルはまだ戻ってきていない。しばらくはここを移動しないし放置で良いだろう。
「こいつの名前はメキメキ。こんな感じで無礼なことを言うかもしれないが、無視してもらっておいていいから」
「無視って何よ! あたしは真剣にご飯が食べたいのさ!」
俺のフォローが気に入らなかったのかメキメキが両手を挙げて怒っているが、適当に流す。
自己紹介を終えたところで、ラストラルが再び前へと出る。
「さて、それじゃあ早速本題に入ろうか。これからデシオンちゃんに修行を受けてもらう。そこで提案なんだけど、ルリちゃんとメキメキちゃんも修行に参加しないか?」
「それはどういう……?」
「キミらの神気や魔力の操作はまだまだ成長の余地がある。デシオンちゃんの修行には少なくとも数日はかかるだろう。その間、ただ待っているだけじゃ暇だろ? 折角だから修行に一緒に参加して、力を高めていっても良いんじゃないかな?」
確かに悪くない提案だ。
俺がパワーアップして二人よりも安定した強さを得たいという思いはあるが、だからといって彼女らの成長を妨げるつもりはない。二人が強い方が助かるし、身の安全も確保しやすいからな。
だが一つの疑念は拭えない。
「それでラストラルの本音は……?」
「可愛い美少女とたくさん戯れたい」
「その提案はお断りするということで……」
俺の回答に焦りの色を浮かべたラストラルは、必死に弁明を始める。
「いやいや、今のは冗談だって~。ちゃんとした修行だから安心してよ」
「ホントかよ~?」
ラストラルに疑いの目線を送るが、相変わらずへらへらと笑っている。
俺はそっちはあきらめてルリとメキメキの反応をうかがう。
「やりたくなかったら参加しなくても良いけど、二人はどうする?」
「ルリはやっても良いよ!」
ルリはすぐに即答したが、メキメキは興味なさげにゆっくりと告げる。
「あたしは面倒だからパスかな~」
そしてラストラルがそれを聞いて口を開く。
「残念だな~。修行の成績が良いほど美味しいご飯を用意させようと思っていたんだけどね~」
「やるさ! やるに決まってるじゃない!」
結局、何だかんだ言って二人とも参加することになってしまった。
そしてラストラルによる修行の説明が始まる。
「デシオンちゃんの能力はその性質からみるに、魔力や少ない神気でも使えないはずはない。きっと能力任せで力を使っているから、大量の神気を必要とする状態になっているとオレは予想するね」
「つまり能力任せじゃなければ、今の俺でも能力を自由に使えるようになるのか?」
「そこはデシオンちゃん次第だけど、それに合った修行は考えてあるから安心してね。簡単に言うとこれからやるのは追いかけっこさ。オレはキミたちを捕まえようとする。キミたちはそれから逃げるっていうね」
「それって修行になるのか? 流石に逃げるだけなら難しくなさそうだが」
「ただし条件がある。神気や魔力の使用は禁止。この部屋から外へ出るのも禁止。デシオンちゃんとオレは目隠しした状態でやること。ルリちゃんとメキメキちゃんは目隠しなしね。ただしメキメキちゃんは移動に浮遊魔法を使っても良いけど、二メートル以上の高さに飛ばないことが条件って感じかな?」
ラストラルの説明を俺は頭の中で整理する。
目隠ししての鬼ごっこみたいなものか?
というかこいつは目隠しした状態で、俺たちを捕まえれる自信があるのか。
「神気の気配を探るのはありなんだよな?」
「もちろん。むしろそこがこの修行の目的だね。キミの能力は解析系の能力だ。その解析部分をキミが気配を探る力を高めて補えば、能力を魔力モードだっけ? その状態でも使えるようになると思うよ」
「ルリやメキメキの方は?」
「ルリちゃんは神気による肉体強化で、動きが力任せになってる印象を受けるね。だから神気を使わないで、体の扱い方を覚えればもっと伸びるはず。メキメキちゃんは防御が弱そうだから、それを補うための感知能力と回避能力の向上だね」
なるほど。
適当に見えてもしっかり考えているようだ。
ラストラルの見る目とやらは確かなようだ。
「目的は分かったが詳細なルールは? 捕まったら何度でも逃げれば良いのか?」
「いや、そこはちゃんと回数制のルールをつけるよ。これから大体三時間、キミたちはオレから逃げ続ける。捕まった回数が少ない者ほど、次の食事で良い物を食べられる。今回は今日の晩ご飯だね。逆に一番捕まった回数の多い者は、あまり良い食事を食べられない。これを一日三回やる。だから今日は食後にも明日の朝ご飯を賭けて、もう一回やるというのを忘れないでね」
一日三回か。
合わせると九時間だな。結構な時間を俺たちに割いてくれている。
食事や寝場所まで用意してくれてるし、下心がなければ素直に感謝できるんだがな。
ラストラルの説明は続く。
「捕まった回数はミラージュとラドリーに交代でカウントしてもらう。また彼女らに接触してカウントの妨害行為をしたり、周囲の物や建物を破壊するなどの反則行為はその被害に応じて、ペナルティとして捕まった回数に加算するから気をつけてね。それと捕まった者は十分間のクールタイムを与えるよ。その間は捕まった回数が増えないから、好きに休むことができる。時間はちょうど十分計れる砂時計を、個別に計れるように三つの用意してあるからね。これも彼女らにカウントを頼むからその指示を仰いでくれ」
ラストラルが指し示した場所である部屋の隅に中央に向けて置かれた椅子と、その脇に机が置かれている。
机の上にはチョークのような物と、文字を書き込むための板らしき物と、三つの砂時計が置かれていた。
そこでミラージュとラドリーが審判的な役割を果たすようだ。
「捕まった判定はどうする? ラストラルに触れたらアウトか?」
俺は話の中で気になったところを聞く。
曖昧だとどこまで気をつけなきゃいけないか分からないからな。そこはちゃんと確認しとかないといけない。
「流石にそれだと厳しすぎるから~、オレの両手が同時に触れたらってことにしておこうかな。難しい判定はオレの判断で決めるからそのつもりでね。ただしオレへの攻撃も反則行為と見なすから気をつけてね」
捕まったときに反射で殴ったりなんてしたら、回数カウントを増やされるのか……。
「まあ~、やってみて何か問題があったらその都度修正するし、実際に一度やってみようか!」
ラストラルが準備運動をしながらそう促してくる。
確かにルリやメキメキも今の説明だけではあまり理解していなさそうだ。
やってみないと分からないことも多いだろう。
「分かった。とりあえずやってみるか。よろしく……」
お願いしますという言葉はラストラルの能力に引っかかりそうなので、俺はそこで言葉を止める。
「あたしはいつでもいいよ!」
「ルリも~」
メキメキとルリもそう答えて修行が開始となった。
「じゃあ、デシオンちゃんは目隠しをつけよっか。自分でつけれないなら俺がつけてあげるよ?」
目隠しを持ってニヤニヤしながら、俺に近づくのはやめろ。
「自分でつけれるからいいよ」
俺はそう言ってラストラルの手から目隠しをもぎとる。
俺の修行のはずなのに、開始直前からモチベーションが上がらないのは何故だろうか。




