64話 勝ち宣言は負けフラグ
俺は巨人族のアメット。
巨人と言っても少しだけ体がでかいだけで、見た目は人間と変わりゃしない。
針の山のようにトゲトゲの黒髪が目立つ、高い魔力による腕っ節が自慢の男だ。
そしてランビリティ周辺警備隊の第十七部隊の隊長をやっている。
昔からの相棒で口数の少ない人間のバジック。
お調子者の悪魔のラッテ。
頭は良いくせに臆病者の魔術師のミルド。
俺ら四人で第十七部隊のメンバー全員だ。
ランビリティ周辺警備隊は、隊長が認めた者だけをメンバーに加える。
だから部隊ごとに人数はバラバラで何十人もいるところもありゃ、一人で部隊を名乗っているやつもいるくれぇだ。
ランビリティ共和国に、ちゃんとした法律はありゃしねぇ。
ルールはシンプル。
強ぇやつの言うことに従う。
ただそれだけだ。
難しいことを考えるのが苦手な俺たちには、おあつらえ向きなルールだ。
今日もラストラルの“頼み”で、俺たちの担当の縄張りを守ってやってる。
何も難しいことじゃねぇ。
知らねぇやつを見つけたらボコボコにする。ただそれだけだ。
ラストラルの許可を得て来ているやつは、ちゃんと目印の旗を付けてるから一目見りゃぁわ分かるしな。
知らねぇやつが弱ぇやつだったら、ぶっ殺して終わりだ。
もしそいつが金目の物を持ってたら、俺たちの手柄だ。
強ぇやつだったらルール通りにそいつの言うことに従う。
流石にこの世で一番強ぇラストラルを裏切るような話は聞けねぇがな。
「アメット、何か来る。北東の方角。移動する数は一つ。そこに複数の気配」
四人でテントの中でカード遊びをしながら談笑していたら、今日まともに話していなかったバジックが独特のしゃべりで口を開いた。バサバサの長い金髪で眼が隠れているので、相変わらず表情が分かんねぇ。
こいつは特殊能力『音振譜通』ってのを持っている。
音を操って聞き分けていろんなことが分かるっつう力だ。かなり遠くまで聞き取れるから普段、俺たちがテントの中でサボっててもネズミ一匹見逃さねぇっていう寸法だ。
ガキの頃はこいつと組んで、見張りをさせて体力担当の俺が盗みをよくしたもんだ。
こいつの言うことは誰よりも信用できる確かな情報だ。
「あっちもサンドリザードに乗ってんのか?」
俺は遊んでたカードの手を止めてバジックに聞く。
「この足音は違う。おそらく悪魔。人型の者が二人と荷物が載ってる。何かを頭の上に掲げているけど旗ではない」
「要するに久しぶりの獲物ってことだな!」
俺はバジックの答えに満足して、カードの手札をその場に捨てると立ち上がる。
「おめぇら! 仕事だ」
「今のゲーム、俺っちが勝ちそうだったのに、そりゃあないっすよ!」
ラッテが文句を言うが無視だ、無視。
こいつは見た目こそ、短く刈り込んだ金髪のイケメン面した人間に見えるが、生粋の悪魔だ。情けない表情をしているせいで、どこか三枚目な感じで損をしてやがる。魔法を飛ばすのが苦手で、俺と同じ武闘派だ。
「ラッテさん、今の手はバジックさんに読まれてましたよ?」
そうツッコミを入れたのはミルドのやつだ。男のくせにポニーテールにしている黒髪の眼鏡野郎だ。
「ミルドはいつもうるせぇんだよ。ちょっとは空気読みやがれ!」
「やめてくださいよ。僕が悪かったですって!」
余計なことを言ったせいで、ラッテに片腕でミルドは首を絞められている。
「遊んでねぇで行くぞ!」
俺が叱りつけてやっと、やつらは渋々準備を始める。
バジックのやつはそれらのやりとりの間に準備を整えて、サンドリザードに跨がって待機していた。
☆★☆
「アメット、もうすぐ見える」
各自のサンドリザードに乗った俺たちは、バジックの声で一層警戒を強めた。
「おい、ミルド! お前が一発かましてやれ」
「アメットさん、僕がやって良いんですか?」
俺の指示にミルドが戸惑った様子を見せた。
「ああ、かまわねぇ。だが当てるなよ? ちょっと脅しをかけて、どれくれぇのやつか見てやる。不意打ちで殺してもつまらねぇからな」
「ああ、なるほど。そういうことですね! 分っかりました!」
ミルドが片手でサンドリザードの手綱を握ったまま、もう一方の手で胸に固定していたバンドを外して魔導書を開く。
「魔導書ゲートノヴァよ。我が呼びかけに答えよ。契約に従い朱き雨をその地へ降らせ。オミットメテオ!」
ミルドの詠唱に反応して魔導書から魔力が放出されて、十個ほどの火球を作り出す。
肌身離さずに身に付けておくことで、少しずつ魔力を魔導書の中に蓄えておくことができる。
それを詠唱などの一定の段取りを踏むことで、決められた強力な魔法を使えるんだとか。
火球は獲物の方に向かって飛んでいく。
「おい、あれ当たりそうじゃね?」
ラッテの言った通り、火球の軌道はどう見ても獲物に直撃するコースだった。
「すいません! 思ったより相手の移動速度が速くて!」
「馬鹿野郎! 当たったらどうするんだ! 金目の物があったら溶けちまうだろ!」
謝るミルドに俺は叱りつけた。
だがミルドにやるように言ったのは俺だが、思った以上に危険な魔法を使ったのは予想外だった。脅しの効果を高めようっていう、こいつなりの考えだろう。
今度からは具体的な指示を出した方が良いなと、俺は記憶に刻みつける。
だが幸運にも相手は火球の攻撃を避けてくれた。
「なかなか動きは良いみてぇだな。幸運に感謝しろよ、ミルド」
俺はやりがいのありそうな相手に気分を高めた。
「はい! そ、それでこのあとはどうしましょう……?」
ミルドが俺の顔色を窺いながらおどおどと聞いてくる。
「やつらが逃げるようならお前が魔法で追撃しろ。ただし今度は荷物を駄目にするようなものはなしだ。逆にこっちへ向かってくるなら、俺とラッテで相手をしてやる。もし相手が魔法か何かを飛ばしてきたらバジックの指示で避けつつ、ミルドが魔法で応戦しろ。できれば俺とラッテで距離を詰める」
「はい!」
「了解」
「任せてくれや!」
俺の指示にそれぞれが返事をした。
だが相手の攻撃は少し予想外のものだった。
バジックが真っ先に反応して口を開く。
「敵から飛翔物あり。複数に分裂して接近中。その魔力振動から幻覚系の力を伴っている。魔力すべて合わせて七凶悪魔級」
「はぁ? 七凶悪魔級だとぉ? それも幻覚系かよ! ミルド、対幻覚の魔法保護を俺らにかけろ! 今すぐだ!」
慌ててミルドがページをめくる。
「わ、わかりました! 魔導書ゲートノヴァよ。我が呼びかけに答えよ。契約に従い幻惑の光を遮る天の橋を架けよ。レインボーベール!」
相手の魔力が届くギリギリのところで、俺たちに魔法保護がかかる。
「ひやひやさせやがるぜ!」
ラッテが汗をぬぐいながら軽口を叩く。
「油断してんじゃねぇぞ! 相手は七凶悪魔級だ! 幻覚を止めてそれで終わりってことはねぇだろよ!」
俺が一喝して場の空気が再び引き締まる。
「その通りさ! あんたら意外とやるわね?」
そう言ってきたのは猫耳で黒髪のツインテールに、際どい黒の水着を着たこびとの様に小さい娘だった。
コウモリのような羽で飛びながらしっぽを揺らして、余裕を見せながらこっちを挑発している。
そんな姿のやつが何匹も飛んで、俺たちを囲い込んでいる。
「ふざけたやつだな? てめぇ、何者だ!?」
俺は挑発に乗ったふりをして声を荒らげて問いかける。
今は少しでも時間を稼ぎたい。
「あたしはメキメキ。これからあんたらが負ける相手さ」
「そいつはやってみなけりゃ分からねぇな~?」
さっきからバジックがこっそり魔力を高めているのに、俺は気づいている。
こいつは予想外の事態が起こったときの、いつもの奥の手だ。
「壊滅的破曲」
バジックがぼそりとつぶやいた。
その技は音振譜通を使った音による集中攻撃だ。
強力な振動波を狙った相手にだけに絞って発生させて、相手の感覚にダメージを与える。
「ぎゃああああああああああ!!!」
メキメキと名乗ったやつらが悲鳴を上げて、ぽとぽと地面に墜落していく。
人間であれば平衡器官が麻痺してしばらく立てなくなる。たとえ悪魔でも音を聞くために似たような器官を体に作っているだろうし、知らずにくらえば結果は同じだ。
「こいつを俺も始めてくらったときは、死ぬかと思ったっすよ」
ラッテが嫌な記憶を思い出したのか、苦い顔を浮かべている。
「無駄口叩いてる暇はねぇ! 回復される前にここから距離をとってこいつらを丸ごと、ミルドの魔法で一気に焼き払うぞ!」
俺はサンドリザードの手綱を引っ張りながら、全員にそう指示を出す。
だがまさにそこから移動しようとしたときに、恐ろしい殺気を感じてその場を振り返った。
頭に傘のようなものをつけた黒い体毛の悪魔が怒りの形相で、こっちに向かってあり得ないほどの速度で突撃してくるのが視界に入った。




