63話 世紀末なお国柄
今、俺たちは砂漠のまっただ中を歩いていた。
俺とルリとメキメキとマルドル以外は何もない。
遠くを見ても砂しか見えない。
日差しが刺すように暑い。
体を変形させて頭の上に大きな日傘を差してあげてはいるが、それだけで防げるような熱気ではない。
「ふふふん、ふふっーふ~♪」
ルリは能力で体温を平温に維持しているらしく、鼻歌を歌うくらいに元気だ。
メキメキは一人だけ黒い下着のような水着姿へと変化している。それでも干からびそうになって俺の頭の上で転がっている。
マルドルは何故か固まった表情でほとんど動かない。
「あ~もう! いつになったら着くのさ! 暑いったらないよ!」
メキメキが今日何度目かになる不平不満を言っている。
ガランディア帝国から移動を始めて、すでに四日ほど経っている。こんなに遠いとは俺も思っていなかった。
今朝方に砂漠地帯に突入することになって、昼になってさらに暑さを増していた。
「おい、マルドル。こっちで本当に合ってるのか? 何も見えないぞ」
マルドルがそれにぴくりと反応する。
「えっと、何っすか? 道が合ってるかって話しっすか?」
「ああ、そうだよ。というかなんか今日はお前の挙動おかしくないか? いや、前からおかしくはあるんだけど」
「人が挙動不審みたいな言い方はよして欲しいっす。あまりに熱いんで体温伝達を遮断する処理を加えたっすけど、ちょっとこれタイムラグが出ることがあって今も調節中っす。あ、それと進行方向はさっき方位磁石で確認したんで問題ないっす」
「なんかずるいことしてない? あたしとデシオンだけが暑さで苦しんでる気がするんだけど」
メキメキがそう言って、俺の頭の上で手足をばたつかせて暴れている。
「俺は魔法で内部冷却してるから割と平気だぞ?」
「え! どうりであんたの体が冷たいと思った! あたしにもその魔法使いなさいよ!」
俺の頭の毛を両手で引っ張りながら、メキメキが勝手な要求を言ってくる。
「自分でやれば良いだろ。魔法使うのが面倒なら俺の中に入ってろよ」
「そうさせてもらうさ」
メキメキが俺の中へと消えて、辺りにはルリの鼻歌だけが聞こえる。
そして俺はさっき聞いていた話を思い出した。
「話は戻るんだけど、方向は合ってるのは分かったが、あとどれくらいで着きそうだ?」
「今の速度だとあと二日くらいっすね」
俺はマルドルのその言葉を聞いて、遠方を眺めるが何も見えはしない。
「まだ結構あるな。しかしそれってもしかして砂漠の中に国があるのか?」
「ランビリティ共和国は砂漠の中っすけど、ちゃんと水源があって緑も豊かなオアシスっすよ。その先はホントに何もない死の砂漠が続いてるっすけど」
そういえばランビリティ共和国やラストラルについて、俺が知る情報はそれほど多くない。
特にラストラルについて、イグスはほとんど何も教えてくれなかった。
少しでも何か知っておきたいところではある。
「マルドルはラストラルについて何か知らないのか?」
「まあ、会ったことはないっすね。でも強いっていうのはよく聞くっすね。何でも天使で一番強いんじゃないかって言われてるっす」
「そんなにかよ?」
まあ、修行をつけてもらうなら強いに超したことはないが、それはあくまで相手が友好的だったらの話だ。イグスの話だとそこがどうにもあやふやだった。
最悪、交戦する可能性も視野に入れておいた方が良い。
「何でもうちの皇帝陛下殿と天使になる前に戦って、互角だったらしいっす」
「は? 今、天使になる前って言わなかったか? 聞き間違えか?」
「いやいや、聞き間違えじゃないっす。ラストラル殿は“先代の正義の天使”を一人で叩き伏せて、その能力を譲渡させて奪ったんだとか。とても人間の所行とは思えないっすよね~」
「いや、思えないっすよね~とか言われても、ホントにそいつは人間だったのか?」
にわかには信じられない。
聖騎士団長カーイルも天使になる前から強かったが、天使や悪魔と同等に戦えるかというと怪しいところだ。
何か策などが運良くハマって神核を破壊できる可能性くらいならあるだろうが、イグスと互角に戦ったり、天使を殺さずに叩き伏せて神核を渡させるなど別次元の話だ。
「詳しいことは分かんないっす! ぼくも噂で聞いただけで、何せ皇帝陛下殿が国を作る何年も前の話らしいっすから」
「それほど有名なら、能力はどんなものだとか伝わってないのか?」
マルドルが頭をかいて「う~ん」と唸って考える。
「やっぱり聞いたことないっすね。というか能力を使わなくても強いから、滅多に使わないんじゃないっすか?」
その可能性は俺も思った。
だがイグスの「やつには願いをこうな」という言葉がどうにも引っかかる。
きっとそれが能力と関係ある気がするのだ。何故、イグスが具体的に俺に教えてくれなかったのか、その理由も分からないが。
「何か来るよ」
ルリが俺の肩の上で立ち上がって、遠くを見ながらそう告げた。
いや、そこで立ち上がられるとドレスの中のパンツが見えてしまうぞ。
しかしそんなことを考えている場合じゃなかった。
俺はルリと同様に、進行方向の前方へと視線を移して注視する。
確かに何かが見える。羽のない二足歩行の恐竜のようなものに乗った何者かが、こちらに向かって走ってきているようだった。
「どんなのが来てるっす?」
俺たちほど視力が良くはないだろうマルドルが、そう質問してくる。
「よく分からんが、なんかドラゴン? ……みたいなのに乗ってる人間たちみたいに見えるな」
「たぶんサンドリザードに乗ったランビリティ共和国の警備隊っすね。あっちの警戒網に引っかかったならかなり近い証っす。ただの商人とかなら馬車か何かを牽引しているはずっすから」
サンドリザード? ドラゴンみたいなものか?
それよりも……。
「警備隊って、それ大丈夫なのか? 俺ら不法入国者として攻撃されたりしない?」
マルドルが自身のほっぺたに人差し指をつーんと当てて考える。見た目のせいでちょっと可愛く見えるのがむかつく。
「んー。大丈夫じゃないっすか? デシオン殿たちなら余裕で倒せるっすよ!」
「攻撃される前提かよ?!」
俺は後ろのリュックの上にいるマルドルの頭に向けて、器用に手をひねって軽くチョップを叩き込む。
「痛いっす! 体温は遮断しても触覚や痛覚は残ってるんっすから!」
「知っててやってるんだよ! あいつらと戦って穏便に国の中へ入れるのか?」
「ランビリティ共和国の人間は荒くれ者しかいなくて、弱い者の入国を認めないっす。警備隊を打ちのめせば快く案内してくれるって話しっす」
「それを先に言え! というかとんでもない国だな!」
遠方から火の玉が降り注いでくる。
「うお! 早速、魔法を撃ってきたぞ!」
俺はとりあえずそれらを避けて、ことなきを得る。
しかし火の玉が接触した地面の砂は融解してドロドロに溶けている。
「完全に殺す気だろ、これ!」
遠方からは人間に見えたが悪魔か魔術師があちらにはいるのだろう。
こちらから魔法を撃つこともできるが、それだと手加減をどの程度して良いのかが分からない。
だからといってこのまま遠距離戦を続ければ、こちらが一方的な的にされる。
「近づいて力尽くでも大人しくさせるぞ! メキメキも出てこい!」
俺の呼び声に反応して、メキメキが俺の頭の上から顔を出す。
「何さ?」
「敵襲だ。とりあえずできるだけ傷つけないように動きを封じてくれ。こういうときほどお前の能力が役に立つだろ?」
「もちろん任せておきなさ。余裕で力の差を見せつけてやるさ~」
そう言うと俺から離れてメキメキは宙へと舞う。
「魔法使ってくるから油断するなよ?」
「あんたよりは大丈夫さ」
そう言ってメキメキは百体くらいに分身して飛んでいく。
「「「「ちょっ! めっちゃ熱いさ!」」」」
俺の日傘から出たあとに日差しの暑さが直撃したらしいメキメキたちが宙でもがきながら、声を揃えて文句を言った。
こんな調子で大丈夫か?
正直、かなり不安だ。




