59話 敵か味方か分からないやつが一番厄介
俺たちは生命の樹を持ち帰ることにした。
俺は持ち帰るのには否定的だったが、多数決の結果そう決まったのだ。
持ち帰る方法は単純だ。
メキメキが地面を液状化させて、ルリが木に縛り付けた縄を引っ張る。この木がどれだけ頑丈とはいえ、根を張っている地面を動かせるようにすれば何も問題はない。
俺は何をしているかというと、投影人形を背負って運んでいた。
マルドルが「帰り道は案内とか必要ないっすよね? 投影人形はデシオン殿にお持ち帰りお願いするっす。ぼくはこれでも忙しいもので……」と言ってコントロールを放棄したからだ。
正直、投げ捨てて帰りたかったがイグスにとっては大事なものだろうし、そういうわけにもいかなかった。
投影人形は自我がない悪魔らしく、ぶよぶよしたスライム状の人型で運びにくい。
そんなこんなで俺たちは、日が暮れた頃にガランディア帝国へと帰り着いた。
道中に天使とかの襲撃がないかと警戒してはいたが、別にそんなことはなかった。
考えてみたら七聖天使と七凶悪魔を一人ずつ連れた者たちを襲撃するとなると、相当な準備が必要だろうし考えすぎだったようだ。
俺たちは門番の者たちに声をかけて、門の中へと入れてもらう。
滑車のついた巨大な植木鉢が用意されており、そこへと生命の樹を移した。
どうやらマルドルが手配してくれていたようだ。
「お帰りなさいっす」
そしてマルドル本人も登場した。研究員らしく白衣に身を包んでいる。
俺はとりあえず軽く蹴りを入れておいた。
「痛いっす! 突然、何っすか!?」
「お前がこいつを俺に押しつけたからだろ」
俺はそう言って投影人形を押しつけて返す。
「いや~、これ結構ホントに歩いているような感じで疲れるんっすよ。持ち帰ってくれて助かったっす! 流石デシオン殿! かっこいいっす!」
「お前に褒められても別に嬉しくないがな」
「そんな……。乙女心が傷つくっす」
「乙女心って……。お前、男だよな?」
「何言ってるんっすか? ぼくは女っすよ? 冗談きついっす」
そう言われて俺はマルドルを改めて見る。
ボサボサ髪で太っているせいで男だと勝手に思っていたが、言われてみると女に見えなくもない。
「お前、女だったのか……」
「本気で勘違いしてたんっすか? 酷いっす!」
まあ、女だったところでこいつへの評価は別に変わらないんだが。
そのあとテーベが俺たちを迎えに来て、宿へと帰ることになった。
テーベに確認したところ、今回の件についてのイグスとの謁見はまた明日になるという話だった。
すでに夜になろうとしている時間帯だしな。
魔獣車に乗って宿へと帰ってきた俺たちはテーベへと礼を言って見送ると、長い廊下を歩いていつもの部屋へと向かう。
「もう何だかここが実家って感じだな」
「何だか、デシオン親父臭いさ」
「そうか……?」
内心ちょっとショックを受けつつ、俺は自分たちの部屋の戸に手をかけて開けた。
見慣れた大部屋が視界に入る。
そしてそこには知らない顔の少年が一人座布団に座ってくつろいでいた。
「お帰りなさい。遅かったね」
誰だこいつは?
少しだけ伸ばした金色の髪に青い瞳。貴族などが着そうな気品溢れる服を身に纏っている。
こんな子供に俺は知り合いはいない。
それにこいつはまったく気配が分からなかった。
天使なのか、悪魔なのか、ただの人間なのか、何の気配も読み取れない。
それ故に恐怖を感じる。ただ者ではないのは確かだ。
「何者だ? 招待した覚えはないが……」
俺はそう問いかけながら警戒を強くする。
こいつ一人とは限らない。どこかにこいつの仲間が隠れている可能性を疑った。
「安心しなよ。僕一人だけさ」
心を読まれている?
いや、偶然か?
「それはどうだろうね?」
やはり心を読まれているようだ。
こいつ、一体何者なんだ?
「そういえば僕が誰かって聞いてたね。そうだなぁ……とりあえず呼ぶときは、リモって呼んで。僕はね、ただ君たちに警告しに来たんだ」
リモ?
聞いたことのない名前だ。話の流れ的に偽名だろう。
「警告? 何の警告だ」
「生命の樹を持って帰ったでしょう? あれはノアに関わる物だ。ノアについて調べたり古代遺跡を使用してはいけない」
何故、そのことを知っているのか? こいつはノアの関係者なのか?
「それはどうしてだ?」
「藪をつついて蛇を出すことになりかねないからさ」
「蛇ならもう会ったけどな。蛇女の方だけど」
俺の皮肉にリモは小さく笑う。
「確かにそうだね。でも僕が言っているのは嫉妬の悪魔のような小者よりももっと危険な者さ」
「詳しくは教えてくれないのか?」
「そういうわけにはいかないね。君らが役に立ちそうだったら考えないでもないけど、今はまだその時期じゃない」
「そういうまどろっこしいのは苦手なんだ。教える気になってくれると有り難いんだが」
俺は右手の包帯を解く。
この状況では能力を使わないと何の情報も得られそうにない。
天下夢想を発動!
リモと名乗る者を解析しろ!
「無駄なことはやめた方が良いよ。通常能力『天下夢想』を使用。デシオンの天下夢想を防げ」
リモは俺の能力発動に合わせてそう告げた。
そして俺の能力は相殺される。
『他者の天下夢想により解析が遮断されました。得られた情報はありません』
俺と同じ能力だと……?!
「お前は一体……?」
メキメキとルリが俺の背後から飛び出す。
「こいつは何かヤバいさ!」
「私もそう思う!」
俺が止める間もなく、二人はリモへの攻撃へと移る。
「節制の天使と新しい嫉妬の悪魔はせっかちだね」
先に飛び出したメキメキが複数の分身を放って、リモに取り付こうとする。
「千罪一偶を使用。レヴィアタンの分身体のみを消し去れ」
リモがそう告げた瞬間、メキメキの分身は侵食する神気に犯されて消滅する。
続いてルリが神気を込めた拳で殴りかかった。
「鬼炎万丈を使用。攻撃に使用される神気のみを燃やせ」
リモの手から炎が発せられて、ルリを包み込む。
ルリ自身にはダメージはないようだが神気による強化が打ち消されたらしく、リモに攻撃を片手で受け止められてしまう。
「まだ続けるかい?」
そう言いながらルリから手を離すと、リモは後ろへと跳んで距離をとった。
「今回はやめておこう」
俺はそう答えた。
今何をやっても無駄だろうと思ったからだ。
こいつの正体が分からない上に様々な能力を使えるのなら勝ち目はない。
俺の能力を使えるから他の能力も使えるのだろうか?
いずれにせよどうしようもない相手だ。
「賢明な判断だね。忠告はしたよ。それでも君たちがノアに関わろうとするならまた会うこともあるかもね」
そう言い残すとリモは窓を開けて、そこから空へと飛んでいった。
こちらに攻撃しようという意思がなかったのが幸いだ。
やつがその気なら俺たちは殺されていただろう。
リモって名前と俺と同じ能力を使える以外、何も分からなかった。
「ホントに何なんだよ……」
俺は力が抜けて腰を床に下ろす。
ルリもメキメキも呆然としたまま、すぐには動き出せなかった。




