55話 誰かのメインヒロインでなくても幸せを望んでもいい
あたしは嫉妬の悪魔に取り込まれてすべてを理解したさ。
メキメキという名の悪魔なんていなかった。
嫉妬の悪魔の天涯蠱毒は自身の魔核を分割した666枚の鱗から、分身体を作り出すことができる。
また分身体を中心として周囲の心を読み、精神支配により幻覚を見せる力を持っている。
そして精神を完全に支配すれば自分の下僕として操ることができた。
魔核を分割できるということは、特殊能力を分割することもできる。
分身体を遠距離で単独行動させる場合は、本体からの魔力による補助が難しくなる。
だから能力を密日展下と横道楽土の二つに分割して、弱い能力に変えて少ない魔力でも扱いやすくした。
あたしたち分身体は記憶も自我も持たず、幻覚で姿を隠しながら周囲の記憶を読んで情報を集めるのが、嫉妬の悪魔から課された役目だった。
でもあたしは魔界で人間の強い想いの記憶を読み込んで、自分がその生まれ変わりだと勘違いした。
だから姿を隠さず元人間の悪魔として行動していたのだ。
自分が悪魔だと勘違いしていても、その行動は嫉妬の悪魔の影響を常に受けていた。
魔界から地上に戻って、セフィロトの森に近いガランディア帝国に来たことで、その影響は色濃くなった。
あたしは無意識に操られて幻覚を使い、周囲の者たちに嫉妬の悪魔に都合の良いように嘘の情報を与えて、この森へ来るように誘導した。
あたしは嫉妬の悪魔の魔核の一部にすぎず、デシオンたちの敵だったのさ。
嫉妬の悪魔はあたしから得た情報からデシオンの能力に目をつけており、自分の都合の良いように利用する気さ。
あたしの記憶を利用してデシオンを追い詰めて、彼の精神を能力で支配するつもりみたい。
デシオンがあたしのことで動揺するなら嬉しいような悲しいような複雑な気持ちさ。
気持ち? あたしにも気持ちはあるのかな?
それなら最後にデシオンに一度で良いから会いたいさ。
今まで心から謝ったことなんてなかったから「ごめん」ってちゃんと伝えたい。
でもそれは許されない。
嫉妬の悪魔を殺せば、その一部であるあたしも死ぬ。
こいつの目論見を止めるのならあたしごと殺すしかない。
精神支配に特化した嫉妬の悪魔の能力は、デシオンの能力に干渉する力とは相性が悪い。
デシオンが都合の良いように能力を書き換えるよりも早く、嫉妬の悪魔の精神支配の方が勝ってしまう。
だからデシオンがあたしだけを分離させるなんて都合の良いことはできない。
あたしは救われない。
デシオンが支配されれば、ある意味ではあたしの近くにずっといてくれているようなものなのかな?
そんな幻想を夢見たいけど、きっと嫉妬の悪魔はデシオンの命など考えずに使い潰す。
あたしのせいで彼が死ぬなんて、そんなの嫌だ。
だからデシオンはあたしのことなんか気にせず、こいつを殺して欲しい。
「人のことを気にするなんてお前にしては珍しいな」
あたしの目の前に知らない人間の男がいた。
見慣れない服を着ている。
どことなく声がデシオンに似ているが気のせいだろうか?
というかここはあたしの魔核の中で、嫉妬の悪魔以外は何者も入ってこれないはず。
あたしが作り出した幻想だろうか?
「人のことを幻想とか言うなよ。わざわざ会いに来てやったのに」
あんたは誰? もしかしてデシオンとか言う気じゃないでしょうね?
「この姿なのによく分かったじゃねぇか。そうだよ。デシオンだよ。まあ、今の見た目は生まれ変わる前の人間の姿だけどな。精神だけになるとこれに戻るらしい」
ホントにデシオンなの? どうしてここにいるのさ!
「いや、それがな。この女っていうか蛇女の悪魔? こいつと戦いながらお前に呼びかけてたんだけど、埒が明かなくてな。こうなったらいっそ、蛇どもを体に受けて俺を精神支配させて、そこから逆に侵入して俺の精神だけでもお前のところに来れないかなってやってみたんだよ」
あんたさ……。
ホントに馬鹿でしょ!
「馬鹿とは何だ。馬鹿とは。せっかく助けに来たのによ」
あんたどうやって戻る気よ? 精神支配されたらあんたの体はもう乗っ取られてて戻れないし、ここにあるのは精神だけで能力も使えないのよ?
「精神支配はギリギリかな。取り付かれる蛇の数を抑えてはいるんだけど意識を失っているから、体はルリが担いで攻撃から逃げてくれているはず! まあ、どれくらい持つかは分からないけど、これ以上蛇がついたら完全に支配されそうだな」
それでもあたしを連れて行くことはできないよ。
ここに来たのは無駄足だったね。
「そんな口きいて……お前、何か俺に謝るとか言ってなかったか?」
あんたどこから聞いてたのよ!? 来てるんだったら早く現れなさいよ!
「細かいことにうるさいやつだな。いつも素直じゃないし」
あんたが馬鹿正直なだけでしょ!
聞いてたのなら分かってるでしょ。
体に戻れるならさっさと戻ってこいつを殺しなよ。
多くの力を皇帝様に抑えられている今なら、ルリちゃんとあんたでも殺せないはずはないよ。
「いや、お前を見殺しにはできないって!」
どうしてよ!
あんたはルリちゃんが好きなんでしょ!
だったらあたしなんか構わずにそっちを優先しなさいよ!
「まあ、ルリは一番大事だけどさ。お前とはここに来てからの付き合いが一番長いし、何だかんだ言っても一緒にいて楽しかったんだよ。お前がいない生活なんて今更考えられねぇよ」
何でよ……。
どうしてよ……。
そんなこと言われたら戻りたくなるじゃない。
もう戻れないってあきらめてたのに。
「なんであきらめるんだよ。細かく考えるのはメキメキらしくないだろ。いつもどうにかしろって俺に無茶ぶりばっかり言ってきたじゃねぇか。たまにはお前がやれよ。こいつの能力はお前の方が詳しいんだろ? 俺にはお前に声をかけることしかできない。だがそれはお前がいつも俺が折れそうになったときにやってくれたことだ。だから今回は今までのお返しなんだよ。これでもお前には感謝してるんだぜ?」
まったくあんたってば酷いやつね。
あたしにそんなことできると思ってるの?
「ああ、思ってる。だから命を賭けてでもここに来た。今まで俺に無茶させた分、返して貰わないと俺が許さないからな」
はいはい、分かりましたよ。
やれば良いんでしょ?
やりますよ~だ!
「それを聞けて安心したぜ。時間もないし、俺は戻る。じゃあな、外で待ってるからな。遅刻したら許さないからな……」
そう言ってデシオンは目の前から消えた。
本当に外で私を信じて待ってくれているのだろう。
難しく考えるのはもうやめる。
あたしはメキメキだ。
あたしの心はレヴィアタンなんかじゃないさ。
でも体はレヴィアタンの能力の天涯蠱毒でできている。
あたしが能力そのものであるなら、あたしにだってその能力は操れるはずさ。
あたしの記憶を利用するために、その心をここに残したことをこいつに後悔させてやる。




