51話 辛い過去を背負ってる少女ってよく登場しませんか?
「げふっ!」
朝、俺は腹に踵落としを喰らって目が覚めた。
ルリは寝相が悪いらしく俺の横まで転がってきていて、偶然にもその足が俺にクリーンヒットしたらしい。
俺は何とかその場を逃れて、大部屋へと一旦避難する。
そこから庭へと出ると腰をかけれる長椅子があったので、そこに座って休憩する。
風が心地よくてそのまま寝そうになっていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「おはようございます。デシオン様。朝食の準備が整いましたが起きておいででしょうか?」
この宿の女中が朝食を知らせに来たようだ。
俺は急いで大部屋へと戻ると、戸を少し開けて顔を出してそれに返事をする。
「ああ、おはよう。起きてるよ。準備をお願いする」
「承りました。それではお持ち致しますのでしばらくお待ちください」
俺は女中が去ったのを確認してから戸を閉める。
昨日もそうだったが朝は、宿に朝食を用意して貰っている。
イグスの賓客扱いなので料金がかからないのが有り難い。
そういえば俺って客人扱いだから、イグスから金を貰ったりはしていないので実は一文無しである。この国で暮らす分はイグスが手配してくれるので困ることはないのだが、国外へ出て何かするとなるとその辺りを考えておかないといけないか。
それはともかく朝食が運び込まれる前に、ルリたちを起こしておかないといけない。
俺は自分の頭をバシバシ叩いてメキメキに呼びかける。
「お~い、メキメキ。朝飯が来るぞ。起きろ~」
(朝ご飯……!?)
メキメキが反応して俺の体から外へと飛び出してくる。
こいつはこの国での食事をかなり気に入っているらしく、食べ物と聞けばすぐに飛びつくようになっていた。
「何さ! まだご飯ないじゃないのさ!」
見回しても食事がないことに対して、メキメキが勝手に怒り出して腕をぶんぶん振り回している。
「いや、これから持ってきてくれるんだよ。こっちはしてもらっている手前、行儀良く待つくらいはしろよ」
「そんなの関係ないさ。デシオンが皇帝様の友達なんだから、それくらいの待遇当たり前じゃんよ」
そう言ってメキメキが胸を張って威張る。
「何でそこでお前が偉そうなんだよ」
俺はうるさく言うメキメキを適当にあしらいつつ、寝室に戻ってルリを起こしに行く。
部屋の中を覗くとルリはまた別の場所に転がって寝ていた。
「お~い。起きてくれルリ。朝だぞ~」
俺はルリの肩を優しく揺さぶる。
「なんかあたしのときより起こし方が優しくない?」
メキメキが横目で睨んでくるが「気のせいだろ」と適当に返して流しておく。
「もう、朝? ルリ、まだ寝てたい……」
俺の揺さぶりに対して、ルリが目を開けようとせずに首を左右に揺らしながらそうつぶやく。
「おはよう。宿の人が朝ご飯を持ってくるから、どうしても寝たいならその後にしような」
「でちおん、おはよう。う~。眠い。でも朝ご飯は食べる」
寝ぼけ眼のままのルリの手を引いて大部屋へと戻る。
そのまま露天風呂の脱衣所にある洗面台まで誘導して、ルリに顔を洗わせる。
彼女の能力的に洗わせる必要はなかった気はしたが、少しは目が覚めるかなと思ったのだ。特に効果はなかったらしく、首を揺らしたまままだ眠そうだ。
大部屋と寝室は畳になっているので、大部屋に座布団を敷いてそこに座って俺たちは待つ。
俺は正座で、ルリはアヒル座り、メキメキは座布団の上で横になっていた。
「お前なぁ……」
「何よ? どう座ろうとあたしの勝手でしょ?」
「それは座ってるんじゃなくて寝てるんだが……」
何を言っても無駄そうなので、俺は溜息をついてそれ以上言うのをあきらめた。
しばらくすると女中の人たちが部屋へとやってきて声をかけてきたので、俺が部屋へと向かい入れた。
女中が配膳する中、メキメキが飛び回って「早く早く」と急かし始めたので俺が捕まえて準備が終わるまで大人しくさせた。
料理が用意されると、ルリもその匂いでばっちり目が覚めて食事に夢中になっていた。
料理も膳と呼ばれるお盆が付いたような小さな台に載っていて、どこまでも和風っぽい感じだ。
汁物や魚料理に加えて米っぽい物もある。
そういえばここでは肉料理より魚料理を見かけることが多いが、近くに海でもあるのだろうか?
地下でアートルム辺りが養殖してても驚かないが、食欲が失せそうになるイメージなのでこれ以上考えるのはやめておこう。
食材がどうやって用意されているかを考えなければ、美味しい食事だった。
食事を終えて片付けして貰ったあとに、俺たちはそれぞれ好きに休憩する。
とは言ってもルリは座布団に座っている俺に抱きつく形で、二度寝をしようとしていたので自由はなかったが。
一方、メキメキは膨らませたお腹を上にして座布団で寝ている。
今日も何かあればテーベが魔獣車で向えに来て、俺の古代遺跡へ行くという要望の話か、もしくは何か必要な用事があれば俺に要請してくることになるだろう。
何にしてもそれが来るとしてもまだ時間があるはずだ。
俺は昨日のことを思い出してルリに問いかける。
「そういえば昨日言っていた帰ってきたら言いたいことって、何だったんだ?」
「昨日の……? 何だっけ?」
ルリは微睡んでいた目をこすって思い出そうとしているようだ。
「あの煉獄砲とかいう砲台の中で話したことだけど、覚えてるか?」
「あ……。あ……。私ったら、こんな……!」
何故か、ルリが顔を赤らめて悶えている。
「どうした? 大丈夫か?」
「え、ええ。“私”は……大丈夫よ。ちょっと出てくるタイミングが良くなかっただけ」
ルリは「おっほん」と一度咳をして深呼吸してから、座布団を用意して俺の対面に座る。
俺はこのルリを知っている。いつもは無邪気な子供だがときどき別人のように変わる。
そんなときのルリだ。
「じゃあ、話すね。私……ルリが二人いるのはデシオンは気づいてる?」
「まあ、何となくは……」
「そ、そう。気づいてたんだ……」
ルリはちょっと恥ずかしそうにそう答えつつ、口元がにやけていて何だか嬉しそうだ。
「実はね。私は辺境の村の生まれでね。子供の頃に天使の力を手に入れてから不老不死になってしまったの」
話し始めたところでだんだんルリの表情が曇り始める。
「そのせいでね……歳をとらない私を誰もが化け物を見るかのように見ていたの。あとでノアズアーク法聖国に天使として迎え入れられることになるんだけど、それまでは私も周りも私が何者か分からない人たちしかいなかったの」
「そうか……」
俺はそれ以上の言葉を出せない。
想像していた以上に重い話のようだ。俺ができるのはただ話を続きを聞くことだけだった。
「家族は私を地下に閉じ込めたの。何十年経っても姿の変わらない私を不気味に思い怖がる村人たちからの要望だったの。家族もそれを受け入れなければ村にいられないし、心の底では私を恐れていたんだと思う」
ルリは話しながら座布団の端をそれぞれの手で掴んで強く握りしめている。必死に言葉を絞り出しているかのようだ。
「私は耐えられなかった。地下暮らしがじゃない。家族ですら村人と同じ怯える目をしていたことに。だから私は無邪気なルリを演じて自分を騙すようになった。そして私は……気がついたら……ルリは私とは別になっていたの」
ルリがそう言いながら震えている。昔のことを思い出して怯えているのか。
俺はそこでルリをぎゅっと抱き寄せた。
「もういい! 無理に話さなくていい。嫌なことを無理に思い出さなくて良いんだ」
ルリは静かに首を横に振る。
「最後まで話させて……。デシオンには知っておいて欲しいの」
「分かった。このまま聞くから怯えなくても大丈夫だ。俺は悪魔だからな。ルリを怖がったりしないさ」
「ありがとう。デシオン」
ルリが俺を抱きしめ返してくる。いつになく優しい力加減だ。
「私は……私の中に引きこもった。普段は何も知らないルリに任せて。どうしてもルリが対処できない状況だけ私が出た。私が出てるときの記憶はルリにとっては都合の良いように変えて記憶しているみたい。私はいつもルリの様子を見てるけど、ルリに大きな変化があったのがあなたと会ったときだった。私はルリを通してあなたを見て、あなたについて行こうと思ったの」
ルリの抱きしめてくる力が少し強くなる。
「私はあなたが好き。デシオンはどう? 私は好き? いつものルリじゃないと駄目?」
俺はルリをお互いの顔が見える距離まで引き離す。
「俺はルリが好きだ。それはどっちもだよ。すべて含めたルリが好きだ。ずっとその気持ちは変わらないよ」
「デシオン……」
俺とルリはお互い見つめ合う。
そしてそれを横から見ているメキメキがいた。
「あんたたちあたしがいること忘れてない?」
何だか急に恥ずかしくなって俺とルリは手を離して距離をとる。
「な、何だよ。居たなら居たって言えよ」
「初めからずっと居たじゃないさ!」
それもそうだったな。
俺はメキメキのツッコミに納得する。
そして俺は何か惜しいことをした気がしたまま、テーベが来るまで居づらい時間を過ごすこととなった。




