50話 仲間になりたくなさそうに見ているが仲間にした
「……という訳でこいつをここの仲間に加えてくれ」
皇位の間で俺はイグスにこれまでの経緯を説明し、カーイルの仲間入りを提案した。
カーイルには俺とルリとイグスに対して、能力を無効化してあることなどを強調して説明した。
イグスに効かないということは、この国を囲む炎に対しても力が使えないということだ。すでにカーイルはこの国にとって脅威でないと言ってもいい。
それと本当はメキメキに対しても無効化しているが、それについてはあえて説明していない。
メキメキの魔力に対して無防備になっているということは、彼女の能力でカーイルの心を読めるということだ。こっそりと俺たちの情報を外へ流出させる可能性もあるので、あえて心を読めることを教えずにカーイルを試す意図がある。
俺の提案にイグスは眉間にしわを作る。そして頭が痛そうにそこを右手で押さえていた。
「話は分かった。いつ裏切るかは分からんが、有用だからここで世話しろという話であろう?」
「まあ、そうなるな」
「戦力となるのであれば我が輩とて、相手が天使だろうと仲間にしよう。すでにルリという前例がいるわけであるからな。だが問題はそやつが信用に値するかどうかだ」
イグスはカーイルに視線を向ける。
「名をカーイル・ファンタクスと言ったな? 貴様は此度の襲撃の件の首謀者の一人と見て相違ないな?」
「エクタクト……信仰の天使の主導による作戦ではありましたが、それは私も同意の下のこと。否定はしません」
イグスはあごに手を当てて考える動作をする。
「ふむ。それはノアズアーク法聖国の意思決定によるものか?」
カーイルはその問いに首を横に振る。
「いいえ、私たちの独断による強行にすぎません。むしろノアズアーク法聖国の意思に反する行動ですらあるでしょう」
「ならば此度の件は国同士の戦争ではなく、不法入国者による犯罪行為としての処理が妥当であろう。この国における犯罪行為に関する裁量は、このイグス・ガランディアにすべて一任されておる。エクタクト・スリーマンは指名手配とし、カーイル・ファンタクスにはこの国での無期限の奉仕活動を課すこととしよう」
処刑としなかったということは……。
「つまり仲間にするってことで良いのか?」
俺は思ったことをそのまま口にする。
「仲間にするとは言っておらん。そやつは信用できんからな。我々の監視の下で働いてもらうだけだ。もし反逆するような行動が見られた場合は、改めて重刑を課すことと思え」
イグスにしては甘い裁量をしてくれたと思う。
俺の提案がなければ、きっとカーイルはこの国の研究室でモルモットになっていただろう。
だが奉仕活動の中に研究室での検査も含まれていそうなので、その点はカーイルに我慢してもらうしかないだろう。
もしかしたら研究室で暴れさせないために、俺たちの同行をイグスが言ってくるかもしれない。
それは余り考えたくないが。
「まあ、とりあえずは良かったな。頑張れよ!」
俺はそう言ってカーイルの背中を軽く叩く。
カーイルの視線は冷ややかだ。こいつにとっては敵地で仲間の仇が目の前にいる状況だから、笑えと言う方が無理だろう。
そこで俺はあることを思い出してイグスへと向き直る。
「そういえばいろいろあって忘れてたけど、古代遺跡についてイグスに聞きたいことがあるんだった」
「ここから向える古代遺跡があるかどうかであろう?」
「そう。それ!」
アートルムから古代遺跡についての話はもう伝わっているようだ。
ノアは古代遺跡を扱えるという話だったので、俺がそれを使えるかどうか試したいのだ。
「その話は後日、テーベを通してデシオンへ連絡を入れる。今日はすでに夜遅い。これにて解散としよう。カーイルはこちらで預かるが問題ないな?」
イグスが手を横へ振って話の終了を促してくる。
「ああ、任せるよ。いろいろと無理言って悪かったな」
「ふん。盟友デシオンの頼みであれば多少のことは受け入れよう。気にせずとも良い」
俺たちは別れの挨拶を済ませてその場を後にした。
だが魔獣車に乗り込む前に俺はアートルムに捕まった。
「少しいいかな?」
「な、何だよ……?」
未だにこいつの顔を見るだけで嫌な検査を思い出す。ちょっと引き気味に反応するのも仕方ないだろう。
メキメキも即座に俺の中に隠れる始末だ。
「デシオン君、君のその腕を見せてくれるかい?」
俺は右腕を神気モードにしたままの状態だった。
魔力モードに戻すことはできるが、また神気モードが必要になったときにすぐに切り替えれるわけではないのでそのままだった。
部分的な切り替えには侵食する神気を必要とするが、今はそれをするのにカーイルの協力がいる。
何故ならルリはここへ帰還したときに、元の肉体へと戻ったからだ。
ルリのあの姿は一時的なもので、長時間の使用は精神にかなりの負担をかけるらしい。
限界を感じたルリは普通の肉体を再生させたわけだが、それと同時に奪っていた神気の肉体は霧散して消えてしまったのだ。
千罪一偶や借価献物を含んだ神気はそのときに失われてしまったため、あのときの状態を再現することはもうできなくなっている。
エクタクトが逃亡し、また別の敵の影もある以上、今も油断はできない。
それ故に俺の右手を戻すことにずっと躊躇いがあった。
「やっぱりその手だけ神気モードにしているんだね。あれだけ忠告したというのに使ってしまうとは仕方ない方だ」
「この力は必要なんだよ。それに右手だけだからまだマシだろ?」
「決して片手だけだから大丈夫というわけではないのだがね。しかしどうしてもというならこれを使うといい」
そう言うとアートルムは巻かれた包帯のような物を俺に渡してきた。
「これは?」
「神気封殺帯だよ。完全にとはいかないけど、巻けば神気を押さえ込む効果がある。君のその手に巻いておけば多少は負担を減らせるだろう。力を使うときには外す必要があるがね」
「なるほど。有り難く貰っておくよ」
俺はその包帯を受け取って礼を言った。
「いやいや、礼は無用だよ。まだ君に死んでもらっては困るからね」
そう言ってアートルムは「はっはっは!」と笑う。
俺には笑えない話だが。
アートルムに別れを告げたあと、俺たちは魔獣車へ乗り込んで宿へと向かう。
すっかり外は真っ暗だ。
車の中で珍しくルリは眠ってしまっていた。
よほど今日のことで疲れたのだろう。
俺はルリに膝枕をしてあげながらその頭を撫でる。
すでに先ほど車内で右腕に包帯を巻いてある。
確かにいくらかマシなような気がする。
俺も死にたくはないが、この力が必要とあれば使うことに躊躇いはない。
すべてはルリが望む平和な世界にするためだ。
彼女が幸せは俺にとっての幸せだ。
そういえばルリが何か話したいことがあると言っていたことを思い出した。
ゆっくり休ませて明日の朝にでもその話を聞こう。
宿へ着いた俺はルリを背負って移動する。メキメキは俺の中ですでに寝ているようだった。
ルリを布団に移したあと、俺も布団に横になる。
それにしても忙しい一日だった。




