5話 バッドヒロイン
あたしの名前はメキメキ!
世界一可愛い悪魔さ!
あたしは妖精のお姫様になりたい。
昔、人間の少女だったときに絵本で読んだ。
お花畑だけの世界で動物たちと楽しく暮らす妖精のお姫様。
とてもキラキラしてて綺麗で幸せそうであたしはそれに憧れた。
あたしはただ夢見ていただけなのに誰かがお家に火を付けて絵本と一緒に燃えちゃった。
ああ、こんな死に方綺麗じゃない。
苦しい、熱い、どうしてなの?
あたしは妖精のお姫様になりたいんだ。
こんなの嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!
悪魔になった今でもその気持ちは変わらない。
夢を叶えるためだったらどんなことでもするさ。
本当は綺麗な妖精の姿になりたいけど、その姿では悪魔はやっていけない。
ただでさえ弱いんだから少しでも舐められない姿にしないと。
せめて可愛い猫のような悪魔っぽい可愛さを持った体を作って気持ちを誤魔化した。
今はまだ弱いけれど火を付けたりするような邪魔者が誰も入れない結界を作る力をどうにか手に入れてあたしだけの楽園を作るんだ。
そうしたらあたしはそこで永遠を生きる妖精のお姫様になれるんだ。
まずはどうにか魔界から出ないといけない。
ここにはあたしの望む場所はない。
魔界は魔力だけの吹き溜まりで何もないし、ここではあたしは弱者。可愛い動物たちもいない。
強い力を得られないし、花畑なんてありはしない。
ルシファーは駄目。
あの傲慢悪魔は他の悪魔を使い捨ての駒にしか思ってない。
ついて行けば魔界からは出れるかもしれないけど離れることが難しくなる。
それじゃあ、夢は叶えられない。
だからこそデシオンという悪魔にあたしは目を付けた。
こいつはあたしと同じ元人間の悪魔だから人間味がある分、話を聞いてくれるかもしれない。
ちょっと記憶がおかしな悪魔だけど魔力はルシファーを除けばこの辺りじゃ一番強い。
こいつの力なら魔界の引力を突破して地上に出れるかもしれない。
ルシファーに上手く取り入って仲間にして貰ってデシオンへと近づく。
それがあたしの夢への第一歩さ。
☆★☆
夜が近づいていた。
夜と言っても魔界の夜は別に見た目に変化があるわけではない。
魔力は光に弱く、日光が射す昼間は魔力が地上を避けて地下深くにある魔界に流れ込みやすい。それ故に魔界は昼間は魔力が濃く、夜は魔力が薄くなる。
別に魔力が薄くなっても活動できないほどではないが外をうろつく悪魔も減るので勧誘のための探索には向かない時間帯なのだ。
ルシファーから休憩の許しが出て俺たち仲間(仮)の悪魔は自由行動を許される。
自由行動と言ってもルシファーからそれほど遠くへ離れることは許されない。
こっそり抜け出そうとしても声をかけられるし、それを振り切って逃げることはまず不可能だからだ。
たとえ飛んで逃げてもルシファーの移動速度は風の如く速く、一瞬で捕まることに疑いようがなかった。
全員で同時に逃げれば何匹かの悪魔を犠牲にして逃げれる可能性はある。しかしそんな賭けをして自分がその犠牲になるような覚悟を持ち合わせているやつはここにはいなかった。
「デシオンさ~ん、ちょっとお話良いかにゃぁ?」
メキメキが笑顔に猫なで声でしっぽを左右に波打たせながら近寄ってきた。明らかに何か裏がありそうな雰囲気だ。
俺はちらりとルシファーを横目で見る。
ルシファーはこちらを見てはいないが自由行動の範囲は基本的にやつが話し声を聞き取れる範囲なので変なことは言えない。まさに地獄耳ってやつだ。少しでも裏切りを匂わせる言葉や行動と判断されれば何をされるか分からない。
「何だ? 俺はゆっくりと休みたいんだ。手短に話せよ」
俺がメキメキに下手に出る気はない。
どう見ても弱そうだしこいつに舐められた態度をとられたらルシファーや他の仲間の評価が下がる。それにこの手のタイプは優しいふりをして期待させるだけ期待させて裏切るんだ。そうに違いない。
俺は騙されんぞ! 別に好みでもないしな。
「あたし別に悪いことはしないよ~? むしろ良い話を持ってきたんだにゃぁ」
瞳を潤ませて信じてとばかりに手を合わせて俺を見つめてくる。
こいつは人の心を読んでくるから厄介だ。俺は断じてお前の甘い誘いは受けるつもりはないと心の中で強く決意を固める。どんなに俺に媚び売っても無駄だから早く帰れ。早く帰ってくれ、ホント。俺が負けないうちに。
「デシオンさんは優しいからあたしは好きだにゃぁ♡ 早速、本題に入るんだけど……」
メキメキが蠱惑的な笑みを浮かべると急に俺の顔を覗き込むように顔を近づけてくる。
ドキッとした俺は少し後ろへ身を引いてしまったが何とか逃げずにその場に留まった。
少し間違えばキスしてしまいそうな距離でメキメキの表情が小悪魔的な笑みへと変化していることに気がついた。彼女はそのまま顔を少し左へずらし俺の首元へ顔を近づけると耳元で囁いた。
「あなたが協力してくれるならルシファーから逃げて地上へ行かせてあげるよ?」
俺は少し高揚していた体から一気に血の気が引く。今の話を聞かれたのではないかと恐れてルシファーへと視線を動かした。
俺の発言ではないとはいえ共謀しようとしていたと勘違いされたら俺の命も危ない。すぐに弁明の言葉をどう言うべきか頭をフル回転させる。
しかしルシファーは先ほどから特に変化はない様子だ。
聞こえなかったのか?
いや、そんなことはあり得ない。
やつは地獄耳で小さくつぶやいた小言でさえ聞き逃さないやつだ。聞こえていないこと自体がおかしい。
「安心しなよ。あたしのもう一つの特殊能力であたしたち二人の会話や行動は聞こえてないし見えてないからさ」
メキメキがけらけらとこっちの焦り様を見て笑っている。
俺は即座に右手を伸ばすと手首から先を魔法で巨大化させてメキメキの体を鷲づかみにした。
「ちょっとちょっと! 何すんのさ!」
メキメキの表情に初めて焦りの色が見える。
思った通りこいつは心を読めるがその能力にもタイムラグがある。俺の動きがそれより早ければ捕まえるくらいは造作もない。
メキメキを掴んだ腕に少しずつ力を込める。
「なるほど、握りつぶそうとするとメキメキと音が鳴るからメキメキという名前なんだな」
「違うわよ! 痛い! 痛い! あたしが悪かったから許してよ!」
メキメキは涙ぐみながら悲鳴を上げているにも関わらず仲間の悪魔は無反応でルシファーも同様である。
こいつの言うもう一つの能力というのは本当らしい。
だがまだどういう能力なのかははっきりとはしていないし、他の能力を隠しているかもしれないので油断はできない。
もう少し締め上げればその辺りも答えるかもしれないな。
「嘘、嘘でしょ! これ以上、力を入れられたら死んじゃうよ! あたしの能力は心を読む力と幻覚を見せて周りを騙す能力の二つだけ! 本当さ!」
苦しそうな姿はかなり必死で、その言葉は本心に思える。
自分でも少し甘いかと思ったが手に込める力を緩めてメキメキを解放した。
悪魔とはいえ女の子をいじめる趣味はないし、地上へ逃げることについての話には俺も興味があるからだ。
ルシファーに幻覚を見せてまでこの話を持ちかけてきたのだ。もし幻覚がバレたらただでは済まないだろう。わざわざそのリスクを冒してただの冗談でしたで済ます訳はないだろうし。
「やっと聞いてくれる気になったのね! 本当にさっきは死ぬかと思ったさ」
「お前が悪ふざけしなければもっと早く話を聞いていたんだがな」
あくまでこいつの話を聞くだけだ。
その提案が納得できるものでなければ俺はメキメキをルシファーに裏切り者として差し出すだけだ。
俺の心が読めるメキメキもそのことは分かっているだろう。
そしてその覚悟を決めたのか、メキメキは冷静な表情で語り始めた。
「確かにあたしは今はあんたに命を握られてる状況だけど、ルシファーはそれと関係なくあんたを殺す気さ」
メキメキはにやりと笑っているがその言葉は真剣そのものだった。