49話 名を与えられていないキャラでも、その死は変わらない
国の外の結界が崩壊を始めると、外へ出れる場所を俺は探した。
比較的崩壊が激しい場所を見つけて、その隙間に体を変形させながらくぐっていく。崩壊しかけているとは言っても、侵食する神気に接触するのは危険であることに変わりはない。
細心の注意をしながら外への脱出を終えた俺は、神気の気配を探る。
広範囲の気配を探ったがルリを見つけられない。
死んだなどというのは考えたくない。
きっと俺の探知できる範囲の外にいるだけに違いない。そう考えた。
侵食する神気と同質の神気の気配だけは見つけていたので、俺はそこに注目した。
これは天使の爺さんか?
その神気に少し違和感を覚えるが、やつならルリがどこにいるかを知っている可能性がある。
俺はそいつに勝てるかどうかなど忘れて、そこへ全速力で向かった。
しかしそこにいたのは意外な者だった。
ルリの様な者。姿は似ているが以前より見た目が幼く、その体は神気でできているらしく幽霊のように透けている。
その下に同様の神気でできた風船があって、その中にはカーイルが閉じ込められているようだった。
そのあとはいろいろあってルリであることを確認して、カーイルを無力化した。
やつは敵対的な意思を示してはいるが、こちらの忠告に従ってその場から動く気配はない。
ルリが下の風船を取り込んで形状を変える。
変化したその姿は大人の女性といった見た目だった。
その姿は美しく神々しく。まるで女神のような印象だ。
「どうどう? デシオン。私、大人っぽいかな~?」
そうやってモデルポーズをしてアピールするルリを見て、中身は変わっていないことが分かって何だか安心した。
「ああ、そうだな。素敵だぞ」
「むぅ~。何だか馬鹿にしてない?」
「してないしてない」
ルリは何故か俺の反応が不満だったらしいが、俺は適当に誤魔化してカーイルに声をかける。
「え~と、何だか締まらない状況だが、俺たちはエクタクトを探す。たぶんもう近くにはいなさそうだけど、念のためにな。お前もついてきてもらうぞ」
「ついていくことに不満はありませんが、私など人質にもなりませんよ。彼なら必要とあれば私の命など見捨てるでしょう」
「まあ……そうだろうな。それでも一応、お前は捕虜だ。離れた隙に何をするかは分からないからな」
俺たちはルリの案内で、エクタクトがいたという方向へ歩き出す。
そして見つけたのは聖騎士団員たちの死体だった。
俺はルリに問いかける。
「これは誰がやったんだ?」
「私じゃないよ! 私はエクタクトと戦ってないもん!」
ルリが必死な様子で俺の問いを否定した。
まあ、嘘をついている感じではない。それにこの死体は……。
死体を見たときに表情を固まらせていたカーイルが、団員たちの死体に近づいてその場に膝をつく。
「抵抗する間もなく背後から鋭利な刃物で、鎧の隙間を狙っての一突き。心臓と神核を的確に貫いている。凶器のこともありますが、彼女ではこんな器用なことはできないでしょう。一体誰がこんなことを……!」
カーイルは死体を抱き上げながら、怒りに肩を震わせているようだ。
俺はそんな彼に問いかける。
「何か心当たりはないのか?」
「分かりません。この手の武器であれば、エクタクトの護衛の者ならば使っていてもおかしくはありませんが、その者が一人で……いえ、エクタクトの協力を得て行ったとしても、このような状況になるとは思えない。そもそもエクタクトならば刃物など使わずに結界で片を付けるはずです」
怒りを隠せていないが冷静で的確な分析だと俺は思う。その怒りが演技には見えないし、嘘はついてないと思いたい。
「じゃあ、お前たちや俺たちも知らない別のやつがここにいて、こいつらを殺したってことか。エクタクトのやつやその船がないから逃げたか、連れて行かれたか、ついて行ったのかのいずれかって感じだな」
「そうなりますね。しかし誰が殺したのであれ、私はそいつを許さない。悪しき行いをした者には天罰を下さねばならない」
カーイルの言うそれには俺も含まれているのだろうか。グランクスを殺した俺のことも。
しかしあれは正当防衛だ。だがそれを言ったところでこいつは納得しないだろう。
言葉だけで解決するほど単純な話ではないのだ。
「俺もこいつらを殺したやつのことは気になる。何だかこそこそ裏で動かれてて嫌な感じだ。俺たちについてくるならこいつらの敵討ちくらいの機会もあるかもな?」
「それにはあなたを討つ機会も?」
「それは勘弁願いたいね」
俺は自嘲気味に笑って返す。
強い仲間は多い方が良いが……。
保険をかけているとはいえ、こいつは俺の命を狙っている。間接的に俺に害をなす可能性はある。
甘いのは分かっているが、俺はこいつを殺さずにことを納めたい。
それが俺なりの天使の爺さん……グランクスへの償いだ。
「あなたへのことはともかく。彼らの敵討ちへと繋がるなら、悪事以外のことに限り、手を貸しましょう。しかしそれには一つ条件があります」
そう言いながらカーイルは立ち上がって俺へと対峙する。
「その条件とは何だ?」
俺が死ぬこととか言い出さないだろうな?
「彼らの遺体をこの地に埋葬したい。捕虜の身の私では彼らを国に帰すことは許されないでしょう。ですがせめて彼らの遺体を私に埋葬する時間をください。このまま彼らが動物に食べられたり悪魔の玩具となるのは我慢なりません」
俺は彼の発言に内心ほっとした。その人間らしさに俺は警戒を緩めてしまっているのかもしれない。
「いいよ。埋葬しよう。俺も手伝うよ」
「いえ、あなたの手は借りません。私の手だけで彼らを見送りたい」
「そうかい」
そう言うなら俺もこれ以上は何も言うまい。
カーイルは剣に神気を込めると、それをスコップ代わりに穴を掘り始めた。
俺とルリはただそれを見守るだけだ。
ガランディア帝国の兵たちが駆けつけてきたが、俺がカーイルの邪魔をしないように話をつけた。
彼はこちらが騒がしくしていても黙々と穴を掘って埋葬を続けていた。
兵たちは残存している敵がいないか、警戒に当たっている。
俺はカーイルの監視があるのでその場を離れることはできないが、知る限りの情報を兵たちに伝えた。そして「少し戻るのが遅れる」とイグスへの言伝も頼んだ。
十人分の埋葬を終えたカーイルは、鎧を脱ぐとそれを墓前に置いた。
そして俺たちにではなく彼らに語りかける。
「この鎧はノアズアーク法聖国に忠誠を誓う証です。最後まで国のためになると信じて戦ったあなたたちを私は誇りに思います。私はこれ以降、私怨により悪魔に手を貸します。国に反する行いをする可能性がある以上、この鎧は纏えません。これはあなたたちに預けます。私が生きて国へと戻れることがあれば必ずあなたたちを国へと連れ帰りに来るとここに約束しましょう」
そう告げるとカーイルは鎧に侵食する神気を宿させた。
それは何もしない限り害はないが、盗み去ろうと触れた者を侵食する効果を有していた。
俺はカーイルの気持ちを汲んで撤去しようなどとは考えないが、イグスにはこれを伝えてこの墓の辺りを立ち入り禁止区域にしてもらおうと思った。
彼が俺たちに敵対しないまま、生きて国へ帰れるかどうかは俺にも分からない。
だがその気持ちだけは否定してはいけないと、俺の心が訴えかけていたのだ。




