46話 設定ミスによる想定外の挙動
エクタクト・スリーマンが考えた作戦は順調に進んでいる。
聖騎士団長であるとはいえ、武闘派である私では思いつきもしない作戦だ。
確かにこの作戦でデシオンという特殊な悪魔を討伐すると同時にガランディア帝国を滅ぼせば、その功績は国も認められざる得ないだろう。
これまでの失態に対してそれなりの厳罰は課されるかも知れないが、それを差し引いても余りある歴史的快挙だ。ガランディア帝国はそれだけ危険視されていたのだから。
ビクトア王国との不和は免れないだろう。だがこの戦果によりこちらの戦力を大きく評価すれば攻勢に出てくる可能性は低くなる。両国間の交流は悪くなるだろうが、開戦という最悪の事態は避けられるかも知れない。
それは作戦を決行してからしばらく経ったときだった。
「未確認の膨大な神気反応あり! 結界上を移動してこちらへ進行してきます!」
周囲を警戒していた団員の一人が大きく声を上げて知らせた。
「馬鹿な?! 結界の上だと?」
再臨に集中していたために気がつかなかったが、私もそれの気配を確認して声を上げる。
神気や魔力をすべて侵食する結界の上を移動できる者など、ありはしないはずだ。
どうするべきかと考えてエクタクトへ視線を送る。
「あのレベルの神気を団員では対処できないでしょう。カーイル・ファンタクス、あなたが行ってください」
冷静な口調でエクタクトは私に告げた。
「しかし私がここを離れては結界が……」
「構わないよ。短時間であれば僕だけでも結界の維持はできる。しかしあくまで維持だけだ。あれが何かは分からないが、早急に処理をして戻ってきてくれないと困るけどね」
「了解しました」
私はそう答えると跳躍して船から飛び降りる。
そして天を駆けて前へ出る。そこで迫り来る未知の神気の塊を目視で確認した。
角を生やした馬のような神気の塊が、結界の上を走っている。いや、正確には結界に半身が埋もれるようにして移動していた。
「ユニコーン? 神獣の類いか?」
それは団員たちを無視して私に向かって走ってくるようだ。こちらは神気の結界で作った足場を固めて、空中で構えをとる。
そしてそのユニコーンのような何かは結界から離脱し、こちらへと飛びかかってきた。
私は浄化する神気を剣へと集中してその対象を切り裂く。
「やったか?」
しかし二つに切れたように見えたそれは、空中で集約すると人の形へと変化したながら声を発する。
「カーイルが何故、この力を持っているの? グランクスは死んだの?」
この声は聞き覚えがある。
ルリータ・アスクト?
いや、それにしては神気の質と量が違う。まるで私自身の神気を相手にしているような。それにこの見た目は……。
ユニコーンから人の姿へ変わったそれは、成人に近い年齢に見える女だった。
白く大きなドレスを身に纏い、金色の長い髪が風に揺れている。
やはりどこかルリータの面影がある。
「ルリータ・アスクトなのか? その姿と力は一体……?」
「それをあなたに話している時間はないの。邪魔するなら死んで」
彼女はそう告げると、その体が空中に拡散して消えた。
消滅したわけではない。
何か分からないが攻撃がくるとみて間違いない。私の勘が全力での回避を推奨していた。
私は全身から侵食する神気を出して守りの構えをとった。どこから攻撃してくるのか分からない以上、回避しようとしても無駄だ。
「その力は私にはもう効かないよ?」
彼女の頭だけが私の耳元にいつの間にかいて、そうつぶやいた。
対処する間もなく私の体は切り刻まれ、その体は地面へと落下していく。
「化け物め……」
「失礼だなぁ……。あなたと同じ天使なのに」
ルリータと思わしきその女の笑顔を最後に、私は意識を失った。
☆★☆
本当に死ぬかと思った。
もしこの侵食する神気が私の核をも侵食するように設定されていたら、私『ルリータ・アスクト』は死んでいただろう。
だが愚かにもエクタクトたちはそうならないように設定していたようだ。
だから私は侵食する神気を受け入れた。
侵食する神気の結界を“私の新たな体”と定義し、再産再死による再生を発動する。
流石に結界全体の神気量は私の許容値を超えるので、取り込めたのはほんの一部だ。
それでも同じ神気でできている私の体を結界は侵食しようとなどしないので、結界の上を自由に移動できる。
本来ならこんなことはできなかったはずだが、デシオンが再産再死を自由に私の意思でコントロールできるようにしてくれた恩恵だ。能力の出力も対象も変化させることができるようになってしまったのだ。
今の肉体には借価献物の能力も千罪一偶の能力も一時的に宿っている。
エクタクトの遠隔操作に優れた力を使えば、体を形作る神気を好きな形にすることができた。
それこそ体をバラバラにして空気中に溶け込ませることも可能だ。
移動には馬の姿の方が早そうだと思って、私と連携している服からユニコーンの形状を引き出してそれを模して結界上を走る。
エクタクトがいる方向に向かっていたらカーイルがいて邪魔だったので、私は体当たりで弾き飛ばそうとした。
けれど予想以上に早く動かれたせいで体を切られてしまった。カーイルの神気の質が上がっている?
それに剣に帯びていた神気は侵食する神気だったのだ。
それはグランクスが持っていたはずの力で私は一瞬驚いてしまった。
けれど私の体も同じ侵食する神気でできているし、切られたところで神気の集まりでしかない体にダメージなどはない。神核さえ切られなければ平気だ。
私だけが驚かされるのは嫌だったので、こちらも人の姿をして見せる。
いつものルリでは変化がないので大人っぽくしたルリの姿だ。
明らかにカーイルは動揺している。
しかし遊んでいる時間はないのでさっさと終わらせるべく、神核を上手く虚像結界で隠しながら空中に体を拡散して攻撃態勢へ移る。
顔だけ背後に出して注意を引きつつ、刃物のように鋭利で断片的な結界を作ってカーイルを引き裂いた。この程度では死んでいないかも知れないが、しばらく動けなければそれで十分だ。
あとはこの結界を使っているエクタクトを倒せばいい。周囲にいる弱そうなのは気にしなくてもいいし。
そうは言ってもエクタクトに勝てるだろうか?
体を拡散する前にお得意の結界で捕らえられては私が不利だ。
今のエクタクトは侵食する神気を借り受けているはずだから、それで捕らえられたら逃げられない。
拡散してこっそり近づいた方が良い?
けれど拡散状態は神核が無防備になりやすくて、拡散範囲も百メートル程度が限界だ。危険が大きい。
相手を動揺させつつ、隠した神核から気を逸らしながらでないと使えない技なのだ。
注意深く神気の気配を探れば見つけられそうな程度の隠蔽にすぎないし。
そういえばさっきのカーイルが侵食する神気のメインの供給源だったから、今の結界は弱っているはず。
エクタクトを攻撃しなくても供給源を失ってる結界ならば、私でも壊せるのでは?
私はそう答えを出した。
エクタクトはデシオンやイグスなどと協力して確実に倒せばいい。
私の役目はあくまで結界の解除だ。
私は結界の上に無数の刃を突き立てて走り回る。
この結界も自己修復をしようとするだろうけど、損傷が大きければそのうち形を保てなくなって崩壊するはず。
侵食する結界には誰も近づけないから、私を止めるものはもう誰もいない。




