39話 謎の光で見えなくなるシーン
俺たちはテーベに案内されて宿へとやって来ていた。
魔獣車に乗ってここまで来たわけだが、今度の魔獣は金色のトカゲの魔獣だった。
基本的に魔獣はそれぞれ姿が個性的で、出せる速度も乗り心地も異なるらしい。今回の魔獣はキラキラと輝きながら夜道を照らして、ゆったりと移動するやつだった。
宿は高級旅館といった感じだった。
丸石の敷き詰められた無駄に広い庭に鯉のような何かが泳ぐ大きな池など、趣のある一階建ての広い建物だ。
テーベは宿の女将や女中に俺たちを紹介したあと、魔獣車に乗って帰って行った。
俺たちは女中に部屋へと案内されて一通りの説明を受けた。
離れにある庭付きの部屋で、大部屋と寝室とトイレと露天風呂などの部屋で構成されている。
母屋に大浴場があるらしいが、あまり離れて行動するのはいろんな意味で俺としては心配なので、風呂付きなのは有り難い。トイレも水洗トイレでありこの国の文明の高さをうかがい知れる。
トイレが悪魔に必要かと言われると微妙なところではあるが、魔族も多少はいるらしいし、まだ会ってはないが亜人族と呼ばれる者たちもいるので用意されているのだろう。
「露天風呂か……。俺は悪魔だし別に良いかな」
いざとなれば魔法で除菌できるし、菌などにやられるような柔な体ではない。
「え~! でちおんも一緒に入ろうよ~!」
「そうよ! あんた最近臭いわよ。入って綺麗にしておいた方がいいさ」
「え? マジで? 匂うか?」
自分で体をくんくん嗅いでみる。オオカミが元になっているので嗅覚は良いはずなのに、慣れてしまったせいかよく分からない。
でもメキメキにそう言われると正直気にする。
しかし入りたくない本当の理由は、ルリたちとお風呂に入るのはいろいろと不味いのではと思ったからだ。
こいつらは俺の見た目がオオカミなせいか、マスコットみたいな感覚でしか見ていない。
でも俺は元々人間の男だったし、悪魔になったとはいえ躊躇いを感じる。
「背中洗ってあげるから一緒に入ろう」
ルリに腕を捕まれて、ずるずると露天風呂へと引っ張られていく。
今の俺の力では抵抗しきれない。だからこれは仕方ないのだ。俺は一応断った。だから何かを見ることになっても不可抗力なのだ。
ルリは白いドレスとパンツしか着ていないらしく、さっと脱ぐとそれを脱衣所の籠におく。
メキメキは服も魔法で作った物なので、自身の意思で簡単に消せるらしい。服が粒子となって消えてすぐに入る準備を終える。
俺は借りた服は城で返却し、元々服を来ていないので特にすることはないが、目のやり場に困るな。
ルリはすらっと細い体に陶器のように薄く透き通った肌をしている。小さいお尻が可愛い。
メキメキは服を着ていると分からないが意外と胸がある。こいつの場合、体のサイズが小さいだけなので体型だけで言えば十七歳とか辺りの見た目だ。
心を読まれないようにできるようになって良かった。俺は上手く切り替えているので、メキメキは心を読めなくできていることにおそらく気づいていない。
今思っていることを知られたらどんな顔をされることか。
「わーい! おっ風呂~!」
ルリが先行して走って行く。
「先にかけ湯しろよ~」
まあ、ルリの場合は能力で常に綺麗と言えば綺麗なのだが、マナーとして覚えておいた方が良いだろう。
メキメキは風呂は初体験な様子で、石鹸やら何やらを興味深げに見ている。
宙に浮かびながら前屈みになるのは、俺にとっては危険なので気をつけて欲しいがそんなことは口にできない。
「これはどうするの? 食べられるの?」
「そいつは石鹸だ。お湯で濡らしたタオルにつけて泡立てて洗うんだよ」
俺が脱衣所の備え付けだったタオルを使って実践してみせる。水道もお湯と使い分けができる蛇口でシャワーまであり、木桶もたくさん置かれている。俺のいた世界と技術レベルに大差はない様子だ。
「へ~。あたしが人間だったときは川でこっそり洗うか、汲んできた水をつけた布で拭いたりしてたけど、ここは良い物があるわね~」
地域による格差があるのか、それともメキメキが引き継いでいる記憶が古いのか、生前はあまり良い生活ではなかったらしい。
使い方を一通りメキメキに教えて、あとは自由にさせる。
ルリは俺が教えなくても問題なく使えている様子だ。
二人が慌ただしくてじっくり露天風呂を見れていなかったがかなり広い。離れの個室でこれとなると大浴場はどれだけ広いのか。
タイル張りの床を滑らないように気をつけて歩きながら、辺りをよく確認する。
屋根は木製だが湯船や足場は石やタイルでできている。
吹き抜けになっていて景色がよく見える。近くが崖になっていて滝が見えて風流な眺めだ。
俺が心をクールダウンさせるために風景を眺めていたらルリに捕まった。
どうやら俺を洗うことを思い出したらしい。
「でちおんはちゃんとここに座って、動いちゃ駄目よ?」
俺は椅子に座らされるとルリがシャワーで俺にお湯をかける。そしてシャンプーらしき瓶を持ってきて俺の背中にかけると泡立て始めた。
俺の体は基本毛だらけなので石鹸よりシャンプーなのだろう。犬を洗う飼い主みたいな状態だ。
「はい。じゃあ、あとは流すだけだね」
久しぶりに体を洗っているせいか、気持ちよくてうとうとしていたらいつの間にか洗い終わっていた。
体の疲れは魔力や神気でどうにかなっても精神的な疲れは溜まるので眠気がきてしまったらしい。
「終わったよ! 綺麗になったね」
ルリがニッコリ笑って嬉しそうだ。この笑顔が見れたし風呂に入って良かったな。
「じゃあ、今度は俺が頭を洗ってあげるよ」
「うん!」
ルリが体を洗っている間に俺は彼女の髪を洗う。
きめ細かい柔らかな髪だ。とても普段危険な戦いに身を置いている者の髪とは思えない。
洗い終わってシャワーで流していると、泡の塊が宙を飛んでこちらへやって来た。
「デシオン……助けてさ……」
「何やってんだよ。泡立てすぎだろ」
シャワーをメキメキにかけて、泡の塊を流し落とす。
調子に乗って泡を立てまくったら、泡にまみれて前が見えなくなったのだろう。魔力を頼りにこちらへ飛んで助けを求めてきたといったところだ。
体を洗い終えた俺たちは湯船に浸かった。
小さいメキメキにとって風呂はプールも同然で泳ぎまくっている。
ルリはそれにつられて泳いで追いかけ始めている。
「あんまり風呂の中で暴れて壊すなよ?」
「「はーい!」」
二人とも返事は良いがあまり聞いてなさそうである。
一応は注意したが壊されたら魔法で直そうと思い、元の形をよく見て記憶しておく。ついでに二人の姿が視界に入るのは仕方ないことだ。
流石に壊すとこまでは行かなかったが、メキメキが調子に乗りすぎてのぼせていた。
悪魔のくせにのぼせるとは俺も思わなかったが、こいつは元々貧弱な力しかないからな。
俺たちは風呂を上がり、ルリたちは浴衣を着て大部屋の座敷でくつろいでいた。
俺もサイズの合う浴衣が置かれてあったので身に付けている。
メキメキは俺の頭の上で、俺の耳でぱたぱたと扇がれながら休んでいるところだ。
寝室には布団が二組置かれていた。
メキメキがカウントされていないのか。
確かにこいつに布団はでかすぎるが。
「あたしはあんたの中で寝るからいいさ~」
そう言ってメキメキは頭から俺の中に埋もれて消えていった。
「じゃあ、俺たちも寝るか」
「はーい!」
俺たちはそれぞれ布団へ入る。
しかし何だか、布団で寝るとなると隣にルリがいると緊張する。
いや、外でも一緒に寝たりはしていたのだが、シチュエーションが変わると何だかな。
「やっぱりこっちじゃないと寝れない」
そう言ってルリが俺の布団に入って俺の腕の中へ収まる。
確かに外で寝るときはくっついて寝ていたし、そう言ってくれるのは嬉しい。
しかしあのときは周囲を警戒しながらだから、あまり余裕がなかったからそこまで気にしていなかっただけにすぎない。
今夜、俺は寝れるだろうか。
そんなことを考えながら夜は過ぎて行く。




