36話 技がたくさんあっても相性悪いと役に立たない
俺はルリの頭の下にクッションを作って、そっと寝かせる。
そして立ち上がるとイグスへ向かって歩き、対峙する。
「貴様程度の悪魔が我が輩にかなうと思っているのか? 大人しく震えていた方が楽に死ねたというのに」
「それはやってみないと分からないだろ。油断してすぐに殺さなかったことを後悔するかもしれないぜ?」
「ほう。そこまで言うのならば見せて貰おう。貴様がどれ程の力を持っているかを」
俺は跳躍して、イグスからもルリたちからも距離をとる。下手をしたら巻き込みかねないからな。
冷静に考えてみれば再臨ができない原因は、この国を丸ごと覆う炎のような結界だろう。
こいつをぶち破りさえすればルリも再臨できるはず!
どれ程の威力を出せば結界を壊せるかは、俺にも分からない。
だから全力を賭ける。
狙うのは上空の炎だ。
先ほど、やつはそこから炎の雨を降らせているから、その辺りが少しは魔力も薄くなっているはず。
全身全霊の魔力を上空に向かって打ち上げる。
イグスがその隙に攻撃するなり妨害するなりしていれば、何もできすに失敗していただろうが、やつはただ俺を見ているだけだった。俺を試しているのか、侮っているのかは知らない。
そちらを気にする余裕は俺にはない。
辛うじて天井の炎に穴が空く。
「天使を回復させる気か? だがその程度の穴ではすぐに塞がるぞ? 一度回復できたとて先ほどの二の舞になるであろう。そして貴様は魔力を使い切って朽ちるのみ」
イグスが失望の目で俺を見ている。
「それはどうだろうな?」
魔力を使い切った俺は意識が暗転する。頼むからまたあの場所へ俺を行かせてくれ。
俺の試みは成功した。
いつもの謎の空間に俺はまた転がっている。
今回も時間がないので、すぐに立ち上がって白い玉座へと向かう。
そのときに玉座の違和感に気がついた。
白い玉座の下の端が僅かにひび割れている。
それは気にはなったが今は構っている時間はない。現実の世界で炎の穴が塞がってしまえば、玉座に座っても戻れないかもしれないからな。
俺は白い玉座へと腰をかけて意識を暗転させた。
俺は再び銀色のオオカミへと変わっていた。今回は元から人型へと進化している。ベースがこの姿へとすでに固定されたのだろう。
膨大な神気を体に持ち、前回同様に戦えそうだ。何も問題はない。
ルリたちの様子を確認する。ルリは少しだけ再臨できたようだが、完全回復へは至っていない。もしかしたら俺の再臨がルリの方の邪魔をしてしまったのかもしれない。
「ほう。確かにこれは異な姿だ。虚偽の報告かと疑っておったが、天使以上の神気を所有する悪魔というのは事実であるようだな」
イグスは少しだけ驚きはしていても、まるで知っていたかのような反応だ。
やはり底が見えない相手だ。
ここは余裕を与えずに速攻で決着を付けるべきだ。
「余裕ぶってるのもここまでだぜ?」
俺はイグスに向かって殴りかかる。
イグスも流石にこの姿の俺のスピードに反応できなかったのか、パンチを腹部に攻撃を受けてそのまま後方へ飛んだ。
俺は追撃を加えようと思ったが、違和感を右手に覚えてそこを見た。
やつを殴った箇所に黒い炎が着いている。その炎は俺の神気を溶かし、魔力へと変換していた。
それでイグスの能力が分かった。
こいつの能力はその炎で魔力を神気へと変える。
この国が魔力で満たされていたのは、地上の神気を燃やして魔力へと変換していたからだ。
この能力は天使の爺さんが持っていたものとは少し違う。
あれは持ち主と同一の神気へと変えてしまう力だったが、イグスの能力はフラットな誰のものでもない魔力へと変えている。
これならば俺の能力も干渉が可能だ。魔力の姿のときは力不足で弾かれたが今は強力な神気がある。
手についたイグスの炎を無効化して消す。
そのとき、意識の中に俺の能力についての詳細が浮かんできた。
『通常能力:天下夢想。神気や魔力などを解析・構成する能力。能力の使用範囲や性能は所有神気量に比例する』
なんだ、これは?
確か、ルリやメキメキが特殊能力を得た者はその能力をすべて理解するみたいに言っていたが、こういうことだったのか?
だが通常能力だと? 聞いたこともないぞ?
何が違うんだ?
分からないことだらけだが、どうやら俺の能力が完全に覚醒したと思ってもいいのだろう。
しかしそれにばかり構ってもいられない。
俺はイグスがどうなったのか、その姿を探す。
イグスは空中に浮かんでいた。
だがその口からは血をこぼし、腹部には大きなダメージを負っているようだ。
しかしそれも一瞬で回復した。
再臨か。
七凶悪魔なんだからできて当然だろう。
仕留めるなら再臨の余裕を与えずに殺すしかない。
「これで俺との力の差は分かっただろう。この炎も俺には効かない。俺たちに協力すると言うなら殺しはしない」
甘いのは分かっているが、仲間にできるならそれに越したことはない。イグスを殺したとしてこの国をどうするかという問題もある。
安住の地を失い、統率と失った悪魔たちは好き勝手に人を襲うかもしれない。悪魔とはいえ、できるならば無駄に殺したくはない。そんなことをすればノアズアーク法聖国のやつらと同じだ。
イグスを殺すなら俺がここの支配をするか、悪魔たちを皆殺しにするしか選択肢がない。選ぶなら前者だが、俺に向いているとも思えない。
「少し力があるばかりに勘違いしておるな。力を試しておるのは、この我が輩だ。“煉獄・全機集中状態で起動”」
国の周囲の炎から複数の魔核の強い反応を感じる。一つ一つが七凶悪魔に匹敵するレベルの魔力を発している。
これはまずいと思ったときには、もう手遅れだった。
国中に漂っていた魔力が集約されてイグスの体に宿った。
「マジかよ……」
イグスの体は膨張し、俺と変わらぬ大きさへと変わっていた。
魔力の強さも俺と同等。
勝てるかどうか、もはや分からなくなった。
「さあ、どちらが強いか試してみようではないか。万に一つでも貴様が我が輩を倒せたなら貴様に従ってやろう。しかし我が輩が勝ったときは貴様は我が輩の僕となれ」
「それは俺の価値を認めたってことか?」
「好きなようにとるが良い。貴様が今心配すべきことは死なないように気をつけることだ。流石の我が輩もこの姿では手加減できぬからな」
イグスが俺へと殴りかかり、俺はそれをギリギリで避ける。
だがやつの体から炎が周囲に向けて爆発的に広がり、俺は避けきれずに一瞬だけその身を焼かれた。
体に残った炎を消すことはできても、やつが直接放った炎を完全に無効化するまでには至らない。
俺は多少のダメージを受けたが、すぐに神気で傷を回復させる。
全身に炎を纏っているやつを殴れば、俺までダメージを受けそうだ。
このままでは俺の方が分が悪い。
神気と魔力の削り合いとなれば、俺の方が先に尽きるのは明らかだ。現状では上空に開けた穴は塞がり再臨することもできないからな。
先にやつが煉獄と呼んでいる炎の結界をまず潰すべきか?
煉獄の内部にある複数の魔核を潰せば壊すこともできそうだが。しかしそれをするのをやつが許すとは思えない。それをするにしてもルリたちをここに置き去りにすることになるしな。
能力には能力で対向するか。
天下夢想を発動。解析対象は俺自身だ。
逆に今の俺に何ができるか知りたい。
『解析結果:解析可能範囲十二パーセント。解析情報により対抗しうる能力として再産再死、千罪一偶、借価献物、天涯蠱毒、鬼炎万丈を候補としてピックアップ。限定的に再現可能』
ちょっと待て。知らない能力が混ざってるぞ。
というか、これら全部を俺が使えるのか?
再産再死はルリ。千罪一偶はグランクスっていう天使の爺さん。借価献物は眼鏡のエクタクトってやつ。鬼炎万丈は今戦っているイグスのものだろう。
天涯蠱毒は誰の能力だ? もしかしてルシファーの能力か?
『天涯蠱毒の解析結果。魔核の分離と、分離体との統合と精神干渉』
よく分からんが今使える能力ではないようだ。そもそも今は魔力を持っていないので、魔力系の特殊能力は使用できない。
それならば天使の爺さんの能力を使えるか試してみるか。
俺は考えながらもイグスとの殴り合いを続けていた。
格闘術は相手が上で、辛うじて反射神経だけが相手を上回っているので何とか戦えている。
だがやつの炎で神気を削られるので、少しずつ俺が不利になっている。
「千罪一偶を再現して使用!」
侵食する神気はやつの炎とぶつかり合ったが、少し炎の勢いを下げただけで押し負けた。
相性が悪いのか、それとも俺の再現が不完全だったからなのかは分からない。発動に消費する神気を考えると、使うだけ消耗が早くなるだけで役に立たないことは確かだ。
「貴様、他の天使の能力を使ったな? やはり貴様はノアなのか?」
「ノア……?」
イグスに俺は知らない名前を言われた。いや、人間だった頃にはいろんなところで聞いたことがある単語ではあるが、この世界で聞くのは初めてだ。
ノアズアーク法聖国と何か関係があるのか?




