34話 ゲームじゃカットされるけどマップ移動は時間がかかる
「おめでとうございます。皇帝陛下から謁見の許可が急遽出されました。これから皇帝陛下が居られる煉獄閻魔城へ魔獣車で向かいます。ついてきてください」
テーベがドアの前に集まった俺たちに向けてそう告げた。
またゴツい名前の城だな。正確にはこの世界の言葉は俺のイメージで言語化されているだけで、正式な発音や意味などは異なるけれども。
「はい、光栄であります!」
俺は少し大げさに敬礼のポーズをとる。ルリやメキメキもそれを真似て追従する。
「皇帝陛下万歳! 皇帝陛下万歳!」
「皇帝陛下様に会えるなんて、超嬉しくて死んじゃいそうさ~!」
こいつらも過剰すぎる気がするが、俺も演技が得意とは言えないので黙っておく。テーベがいる前でそんなことを言えば演技だとバレてしまうし。
俺たちはテーベが手配した魔獣車とやらに載せられた。たぶん神獣の魔力バージョンみたいな生物を魔獣と言うのだろう。
引いている車は馬車と変わらないがそれに繋がれているのは、大ガエルといった風貌だ。毒のありそうな紫の肌に黄色い斑点が浮かんでいる。
そいつのことも気になったが、今は洗脳されているふりをするために詳しく聞くのは我慢した。
手綱を握った兵士風の悪魔が魔獣車を運転して、俺たちはテーベと車内で向き合う形で座った。
妙な緊張感を覚えつつ無言のまま魔獣車に揺られる。
しばらくして目的地の煉獄閻魔城に着いたらしく魔獣車が停車する。
「少々こちらでお待ちいただけますか」
テーベが車を降りて城の門番らしき者へと話をした後、こちらへ戻ってきた。
「お待たせしました。これから城内を移動しますので、もう少しこのままでお願いします」
城門が開いて車は敷地内を移動する。今俺たちがいるのは城の庭と思われる場所だが、車で移動しないといけないほどの広さとはな。
この国は洋風というよりは和風に近い。瓦屋根だし、石垣のようなものが多数見受けられる。それは城も同様だった。
この城は予想以上に広くてでかいので、俺でもその大きさを測りかねる。
そのあと停車した先で俺たちは車を降りたわけだが、すぐに皇帝の元へ連れて行かれる訳はなく、城の中にある賓客用の衣装室へと連れてこられていた。
「よくお似合いですよ」
テーベが俺に全身鏡を手の平で示しながらそう告げた。
その言葉は本当だろうか?
「そうかな……?」
つい疑問が口に出てしまう。
鏡に映っている俺の姿は羽織袴に似た服装をした狼男もどきだ。
皇帝と謁見するためにはそれなりの衣装が必要であると促されて、ここで着替えることになったわけだが、下手なコスプレみたいな姿になってしまった。
というか俺の体格でも合う衣装があったことも驚きだったが、考えてみればいろんな姿の悪魔がいるのだ。各種サイズの衣装はそれなりに揃えているのだろう。
ルリとメキメキも着替え終えている。
どちらも衣装は成人式の振袖みたいな感じだが、どちらも等身が低いので七五三のようにしか見えない。しかしそれは言わぬが花だ。
可愛いことは可愛いしな。
「ホントに凄くお似合いさ……、プププップ……」
「絶対、馬鹿にしてるだろ、お前」
メキメキが俺の姿を見て笑いを堪えきれていない。
「え~~、似合ってるよ! すっごく可愛いよ!」
ルリが俺にそう言ってくれたが、可愛いのは悪魔の威厳的に駄目だと思う。
着替え終えた俺たちは控え室へと連れて行かれる。控え室といってもかなり広い空間で、まるで高級ホテルのロビーのような場所だった。
様々な用件で謁見待ちをしている者たちがここで待たされているようだった。
まあ、皇帝ともなればいろいろと忙しいのだろう。
俺たちも係の者が声をかけるまでは、そこでテーベと一緒に待つことになった。
「借りている衣装なんだから汚すなよ」
控え室で提供されている飲み物に興味を示しているルリやメキメキに俺はそう声をかけた。
飲み物もいろんなものが用意されているが、そのいくつかからは魔力を感じる。
別にこの魔力は何か小細工されたものではなく、単に悪魔などが栄養補給としての魔力摂取としてのもののようだ。とは言ってもこの国は空気中の魔力濃度が高いので、わざわざ飲んでとる必要はないことを考えるとただの嗜好品なのだろう。
俺は空いていたソファーに腰をかける。そしてルリとメキメキがおかしなことをしないか監視しつつ、テーベの様子を密かに窺う。
すでに俺たちに洗脳が効いていないことに気づいているかもしれない。油断しないようにしなければ。
それからしばらく時間が経ってテーベに係の者から声がかかった。俺たちの番がついに回ってきたらしい。窓から見える空はすでに夕焼けへと変わろうとしていた。
俺たちはテーベに声をかけられて集められる。
「くれぐれも失礼のないようにお願いします」
「はーい!」
「任せてさ!」
「了解しました……」
心配しかない。
まあ、話をするとしても俺だけだろうから問題はないのだけど。何もなければな。
俺たちはテーベと係の者が連れてきた兵士風の悪魔に着いていく形で廊下を歩く。
その廊下は今まで通ってきた以上に豪華で調度品が飾られてるのが目立つ。
そしてその先には巨大な両開きの扉が待ち受けていた。
扉の両端には同様の兵士が立っており、こちらの悪魔と確認をとる。
兵士たちは確認を終えると、壁に吊してある紐を引いて大きな鐘を鳴らしてから大きな声で叫ぶ。
「次の謁見の者が参っております。開帳の許可を賜りたく存じます!」
そしてしばらくしてから扉の中から力強い男の声がかかる。
「良かろう。入るが良い」
「皇位の間、御開帳なり~!」
兵士たちが大きく声を上げながらそれぞれ左右の扉に手をかけて開け放つ。
一際広いその部屋の中央には祭壇があり、その中心の玉座に座る男の姿がまず視界に入った。
ルシファーとはまた違う威圧感。
左右の脇には兵士や上位者らしき者たちが並んでいる。
ここに並ぶ悪魔一体一体が今の俺より強い魔力を持っている。ルリはともかく今の状態の俺では絶対に勝ち目のない相手たちだ。
いや、それを抜きにしても玉座にいる男が相当にヤバいのは肌で感じる。
「苦しゅうない、もっと近う寄れ」
俺たちはその男の指示に従って祭壇の前まで来る。
そして俺たちは跪くことを余儀なくされた。少し周りから後れをとったが空気を察してルリやメキメキもその男に向かって跪いて頭を下げる。
まず口を開いたのはテーベだった。
「この度は謁見の機会をいただき、 身にあまる光栄です。この者たちが件の神気の岩を持ち込んだ悪魔たちでございます」
「ほう。こやつらがそうか。面を上げて顔を見せよ」
俺たちはその声に従って顔を上げる。
この国の皇帝である男と目が合った。
見た目は金の刺繍をあしらった黒い着物を着た格好である。短い黒い髪にはところどころ赤いスリットのようなものが入っている。その男の黒い眼が俺たちを見据えている。
「我が輩はイグス・ガランディア。このガランディア帝国を支配する唯一無二の皇帝だ。貴様らの名は何という?」
サタナエルと名乗っているわけではないのか。俺は唾を呑んで気圧されぬように必死に声を絞り出す。
「……デシオンと申します。こちらの小さいのがメキメキで、こちらの娘がルリと申します」
「ほう? して、あの岩を用意したのはどの者だ?」
「あれは俺が道で拾いました。どのような経緯のものであるかは分かりません」
「それは偽りだな。あれはただ神気を留める以外の何の効果もない代物であった。まるで我が輩に献上するために作られたかのようにな」
俺は焦りの色を隠せない。どう答えて良いか分からず言葉にならない。イグスは俺の返答を待たずに言葉を続ける。
「我が輩に献上するために神気を持つ者に貢ぎ物を作らせる悪魔はいくらでもいるが、あの岩は別格であった。あれほどの濃度の神気を込めてくるなど普通ではあり得ぬ」
より良い貢ぎ物を用意しようとしたのが裏目に出たか。そこまで深く考えていなかったので、まったく弁解の余地がない。
そしてイグスはルリを指さした。
「およそ、そこにいる天使にでも作らせたのであろう」
「!!!」
ルリの正体がバレている……!
イグスの発言で周囲の悪魔たちにもどよめきが起こった。
ルリも慌てて周りをきょろきょろ見回す。
「皇帝陛下万歳! 皇帝陛下万歳!」
ルリは何を思ったのか、両手を上げ下げして万歳しながらそう声高に叫んだ。
いや、今言ってももう遅いから!




