33話 洗脳系の能力ってゲームに落とし込まれにくい
入国管理局は見たところ堅牢そうな石造りの建物だった。建物そのものが魔力で構成されており見た目以上に頑丈だろう。
この建物は見たところ五階建てで、テーベの話では一階に待合室があるようだ。
帝国の町並みは絢爛豪華という有様で派手な装飾の目立つ高い建物が目立ち、ノアズアーク法聖国より発展しているように感じる。このようなことを可能にしているのは潤沢な魔力による具象化魔法を用いた建築技術の成せる技だろう。
世界平和という目的がなければ、正直ここに居着きたいくらいだ。
待合室の中へ案内されて、俺たちは部屋の様子を伺う。配置的には教会のように長椅子がいくつも並べられた部屋だ。その椅子に座った者たちの視線が集まる先には二メートルほどの銅像がどっしりと鎮座している。
その像は禍々しい複数の尖った角や重なり合ったコウモリの羽を生やした男の姿であり、一見しただけでも威厳ある悪魔であることを印象づける。腕を組んで胸を張っているポーズでいかにも偉そうだし。
長椅子にはすでに先客の悪魔が数体いて、ふてぶてしい態度をとる者や祈るようなポーズをしている者など様々である。
「そちらの椅子に座ってお待ちいただけますか。こちらの準備が整いましたらお声がけします。もし何かありましたら入り口に待機している者へ声をかけてくださいませ。何か質問はありますか?」
「じゃあ、一つだけ。あの像って、もしかして皇帝陛下のですか?」
「ええ、その通りです。実際のお姿というわけではありませんが、皇帝陛下のイメージを元に作られた物でございます」
「なるほど。ありがとうございます」
「いえ。それでは失礼します。皆様に幸運があらんことを」
テーベは礼をしてその場を去った。俺たちの担当と言っていたので、またすぐに会うことになるだろうが。
俺たちは他の悪魔から少し距離をとれそうな左後ろの辺りの椅子に腰を下ろした。
ルリには俺の体の一部を切り離した毛玉を少し平たくしてクッションとして与えて、それを敷いて椅子に座らせた。
「ありがとう! これふわふわで気持ちいいよ!」
ルリが喜んでくれてるようで良かった。俺は平気だがルリに固そうな椅子へ座らせるのは気が引けるからな。しかし作ったクッションを使って貰って始めて気がついたが、ルリのお尻の感触が俺にまで伝わってくるのは黙っておこう。
メキメキがじと~っとした半眼で俺を見ている。
今は神気の膜がないから同化していなくても、こいつの能力で心を読まれてしまうんだった。
「思ってたより良さそうなところだよな。この国」
誤魔化すようにメキメキに話題を振る。
「そうね。あんたも何だか幸せそうだしさ」
「いやいや、そんなことないって。緊張してるって! それにここの皇帝陛下様にも、もしかしたらすぐ会えるかもしれないしな」
皇帝陛下に会って……会って……。
あれ、何だっけ?
そうだ。この国に住むのも悪くないかもしれない。
ここを拠点として皇帝陛下を手伝いながらの平和実現だってありだろう。
そうだよ。“皇帝陛下のお役に立たなければ。”
「あんた、大丈夫? 洗脳されてるよ?」
メキメキがおかしなことを言う。
「俺が洗脳されるわけがないだろ。ただ皇帝陛下のお役に立ちたいだけだ」
「まったくあんたはそういうところが抜けてるのさ」
メキメキはそう言って俺の体の中に入る。その瞬間、俺の思考がクリアになった。
「ん? 俺、今おかしなことを言ってたよな? 皇帝がどうのこうの? 何だったんだ?」
(あんた、魔法で洗脳されそうになってたのさ。あたしと同じ精神干渉系の特殊能力だね。あたしは同系統の力を持ってるから平気だけど、あんたは強い力を持ってるくせに防げなかったみたいだね。今はあたしがあんたに入って守ってるけど)
誰だ? そんな能力を使ってきたやつは? いや、言わなくても分かった。お前のおかげで意識がはっきりしたからだな。
今まで気づかなかった魔力の存在を、俺ははっきりと自覚する。
目の前の銅像から俺と同程度の魔力を感じる。おそらく銅像に擬態した悪魔だろう。
特殊能力の影響のせいでまったく気がつかなかった。
というか珍しくメキメキが役に立ったな。
(珍しくは余計さ! 感謝しなさいよね!)
ああ、感謝してる。
しかしどうしたものだろう。
あの銅像の悪魔を倒す意味はない。
向かい入れた悪魔を支配するためにこんなことをしているんだろうが、この能力に抵抗できるか試していることも考えられる。
かかったままのふりをするべきか、それとも効かなかったことをアピールすべきか悩みどころだ。
しかし対等な話し合いに持って行くにはアピールすべきだろう。その場合、相手の出方次第では争いになるかもしれない。争いになった場合、勝てるのか? 勝たないにしても逃げることは可能だろうか?
現状では敵の戦力はかなり高そうだ。俺も例の姿に変われるなら勝ち目もあるだろう。
だが確証はないし予想外のことだってあるかもしれない。相手の出方を窺いながらとりあえずはかかったふりをして、必要とあれば効いてないことをアピールするか。
「ルリ、ちょっと良いか?」
俺はルリの小声で話しかける。
「な~に?」
「声を抑えながらで頼む。ルリなら気づいているだろうが、あの銅像が悪魔だっていうのは分かるよね?」
「うん。知ってるけどそれがどうしたの?」
やっぱりルリには洗脳の効果がないらしい。魔力による能力だから効果がないというのもあるのだろうが、ここに天使が来ることなど想定されていないだろうしな。
「それでだがやつは悪魔に対してこの国の皇帝を崇めるように操るような能力がある。俺たちにその能力が効かないことがバレると、何かトラブルが起こるかもしれない。そういうわけで俺たちは操られているふりをする。ここまでいいか?」
「う~ん。騙されてるふりをすれば良いってこと?」
「そういうことだ。とりあえず何かあれば『皇帝陛下万歳!』とか言っておけば大丈夫だ」
「わかった。皇帝陛下万歳ね!」
少し心配ではあるがこれでいいか。
メキメキも分かったな?
(もちろんよ。任せとくさ!)
何もなければ良いが。
とりあえずメキメキもいないと怪しまれるから俺の外に出ておいてくれ。
(でもあたしが出たらあんた洗脳されるんじゃないの?)
お前のおかげで何となく精神を操るタイプの魔力を遮断する感覚はつかめた。
もし駄目だったらまた助けて欲しいが。
(仕方ないわね~)
「ひょいっと!」
メキメキが俺の背中から飛び出てくる。
俺の方も無事に洗脳を防げてる様子だ。
「よし、いけた。問題ないぞ」
「ホントに~? 皇帝陛下万歳とか言わない?」
「いや、それは状況によっては言うけどな」
メキメキが疑ってきたのはただの冗談か? それとも……。
もしかして遮断している状態だとメキメキに心を読まれないんじゃね?
メキメキは猫耳であざとい格好してるくせにいつも態度が悪いぞ~!
ご主人様とか言ってみろ~!
「どうかしたのさ?」
メキメキは俺の視線に怪訝そうな反応しか見せていない。どうやら本当に心を読めていないようだ。
これは使えると思ったが、間違えて遮断してないときにやらかしかねないから、いざというとき以外は自重しておこう。
「いや、何でもない。それよりもそろそろ俺たちの出番が来そうだぞ」
待合室の悪魔も声がかかって退室したり連れてこられたりで出入りが行われ、最初に入ってきたときに見た顔はもういなくなっていた。
「デシオン様、メキメキ様、ルリ様、お待たせしました。こちらへどうぞ」
俺の予想したとおり、テーベがドアから顔を見せて俺たちに声をかけた。
「はい!」
俺たちは返事を返して腰を上げると出口へ向かった。
果たしてこのあとに何が待ち受けるのか出たとこ勝負だ。




