30話 ライバルキャラって自分の組織をよく離反したりするよね
※残酷な描写を含む可能性があります。それをご理解の上でお読みください。
私がガナート師匠から天使の力を譲り受け終えた頃には、聖騎士団の仲間たち全員がこちらへと集っていた。
譲渡後の初めての再臨にて私は神気を大きく回復し、それによりルリータに負わされた腹部の怪我も一瞬で完治した。
再臨の発動には数秒の集中を要するために隙がない戦闘中では使いにくくはあるだろうが、便利な力であることを身をもって実感する。
ガナート師匠の忘れ形見のようなものであるレッドタイガーが「グルル……」と悲しげに唸って私に近寄ってくる。私は抱えていたガナート師匠の亡骸をそっとその背中へと預けた。
レッドタイガーが彼の遺体を持ち帰ると主張しているように私には思えたからだ。レッドタイガーも私の行為に対して感謝を述べるような視線を送ると「ガルル……」と小さく鳴いて私たちに背を向けた。
そしてレッドタイガーはそのままビクトア王国の方角へと走り出した。
しかしそれをエクタクトが手をかざして球状の結界を発動し、レッドタイガーを包み込んで拘束した。
「このまま逃がすわけないでしょ」
私はレッドタイガーの元へ駆け寄ると、剣に神気を込めてその結界を破壊した。以前ならこの結界に傷を付けることすら困難であっただろうが、勇気の天使の力を得てこの程度の出力の結界であれば容易に切れるようになった。
拘束を逃れたレッドタイガーは足早にその場を去って行き、見えなくなる。
「カーイル・ファンタクス、何のつもりだ?」
「それはこちらの台詞です。何故、あの虎を殺そうと?」
先ほどエクタクトが発動した結界は圧縮結界だった。
その名の通りこの結界は徐々に縮んでいくことで中に入ったものを圧殺する。
レッドタイガーもあのまま結界の中で放置すれば死んでいた。
「あれはここであったことを見ている。ビクトア王国にいる知恵の天使ならばその記憶を読んで、ことの詳細を知るだろう。そうなればここで僕たちが全滅したと思わせることもできなくなるだろう?」
「私たちが全滅? もしや私たちの死を偽装して離反するおつもりだったのですか?」
「それ以外に何があると言うんだ? 君たちが僕の指示に従わなかったせいで、国へ帰ることすら難しくなったのが分からないのか? あの虎がもたらすのは視覚的な情報程度だろう。ビクトア王国はノアズアーク法聖国に天使を奪われたと考えるかもしれない。いや、そう考えなくても奪われたことを大義名分にして攻め入ってくる可能性すらある」
「流石にそこまで大それたことはしないのでは? それに我々が説明を行えば済む話ではないでしょうか」
「説明だと? それをどの国に言いに行くんだ? ビクトアに行けばノアズアークの差し金として捕らえられるのが関の山だ。だからといってノアズアークに戻れば、僕ら天使は戦争のための兵器としてビクトアを滅ぼす手伝いをさせられるだけだぞ?」
「それはまだ分からないのでは?」
「その考えが甘いと言っているんだ。あとから駄目でしたでは遅いんだよ。それに君たちにそれをさせる気は毛頭ない」
「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。力尽くでも僕の意志に君たちは従って貰うということだよ」
エクタクトがニヤリと笑うと自信を中心として大規模結界を展開した。半径数百キロに及ぶ巨大な結界が我々を包み込んだ。
私たち聖騎士団を誰一人と逃がさないためだろう。
私はいつでも戦えるように剣を構える。
「舐めないでいただきたい。成り立てとはいえ、私も天使の力を得た者。あなたの攻撃でも防ぎきって見せますよ」
「何を勘違いしているんだ? 僕は君と戦うつもりはない」
「何を……?」
エクタクトが大きく広げるように手をかざすと聖騎士団員二十名を対象にそれぞれに一つずつの圧縮結界を発動して捕らえた。
「卑怯な!」
「どうする? 僕に忠誠を誓うなら助けてあげるけど? それともすべての結界を破って全員を助けれる? まあ、破っても一瞬で次のものを用意するけどね」
一番近くにいた団員が大きく声を上げる。
「団長! 構いません! 我々のことは気にせずやつを切ってください!」
「うるさいよ」
その団員に向けてエクタクトが右手をかざすと、その手の平を閉じて握りしめた。
それに連動するようにその団員の圧縮結界は光り輝くと一瞬で人の頭ほどの大きさに縮んで、圧縮された真っ赤な血の玉となった。
「貴様! 何ということを!」
私は激高して斬りかかるが、エクタクトは転移結界を自身に発動して空中へとその身を移動させて逃れた。
転移結界は効果範囲が数メートルと短いが一瞬で移動することを可能とする優れた奇跡だ。移動と共に転移結界を浮遊結界に切り替えて私が接近できないように空中で距離をとっている。
腹立たしいがやつの神気の使い方は恐ろしく効率的で無駄がなく、予備動作を必要とせずに神気を操る。手をかざして見せているのはただの演出に過ぎないのだろう。
「言い忘れたけど、僕らの交渉を邪魔したやつだけじゃなく、君が僕に攻撃するたびに団員を一人ずつ殺していくからね。天使の代わりはいなくても団員の代わりはいくらでも替えが効くからね。え~と、次は誰にしようかな~?」
「やめろ! 分かった! 忠誠でも何でも誓う! だからもうやめてくれ!」
ガナート師匠が戦って死ねと言ってはいたが、それは仲間を巻き添えにしてという意味ではないはずだ。
彼なら仲間の犠牲をいとわずにエクタクトへと攻撃を仕掛けるだろうが、それは彼にとって仲間がそれほど重要ではないからだ。私にとっては共に研鑽を積んできた大事な仲間たちだ。
彼らも戦場で死ぬ覚悟はしてきてはいるだろうが、だからといってその命を無意味に散らして良いはずはない。
この場は怒りと屈辱を呑み込んで、逆転の機会を待つしかあるまい。
「そういう風に最初から僕の言うことを聞いておけば良いものをね」
エクラクトが指をパチンと鳴らすと血の玉となった結界以外が解除される。
その残った血の玉の結界だけは膨張すると白く光り輝いて割れた。
中からは無残な遺体などではなく、無傷の団員が姿を現した。
「これは一体どういう……?」
「トリックの種を言うとね、転移結界で地中に用意した虚像結界と入れ替えただけだよ。別に最初から殺す気なんてないよ。僕が本気だってことが伝わればそれで良かったからね。でも次はそんなトリックは使わないからね」
エクタクトは手の平の上に小さな結界を浮かべてみせるとそれを赤や緑など様々な色に変化させて見せた。
虚像結界か。本来は結界内部の者に幻覚を見せて同士討ちを誘発させるものであるが、そういう使い方もあるのか。
エクタクトの結界は偽装されていなければ、私でも見るだけでその性質を判断可能ではあるが、意図的に別の性質があるように偽装されると見分けがつかない。
結界は神気の消費が大きく一般的に複数の術者によって発動を可能とする奇跡である。しかし天使であるエクタクトにはその問題は当てはまらない。限りのない神気による自由な試行錯誤と複数の結界による連携を可能とし、この世で最も結界の扱いに長けていると言っても過言ではないだろう。
だがその反面、肉体を強化したり攻撃に神気を乗せて威力を増大させる近接型の奇跡は不得手としている。もしエクタクトに接近できれば私にも勝機はあるだろう。だがそれをエクタクトが許すかどうかは別の話だが。
「不意打ちの機会を覗っているならやめた方が良いよ。両国が開戦する可能性についてはもう述べただろう? 現状でノアズアーク法聖国の守りの要となっているのは僕が張った結界だ。国民の神気を元に維持されているとはいえ、その本質は僕の天使の能力を土台としている。僕が死ねばあの結界も消える。僕一人にすら勝てない君たちでビクトア王国を相手に防衛できるというのならやればいいけどね」
こちらの行動の意図も織り込み済みか。
ビクトア王国の強さは知恵の天使の単独の戦闘能力ではなく、その下に強化された軍隊の戦闘能力の高さにある。
その軍隊の強さは一人一人が天使になる以前の私に近い技量で、特殊能力を持つ者が複数いるという話だ。
それらに拮抗する戦力がノアズアーク法聖国にあったのは、攻撃と防衛にそれぞれ優れた二人の天使がいたからに過ぎない。それらを完全に失えばビクトア王国と戦うことにならなくても、ガランディア帝国などの他国にその隙を突かれる危険があるのは私でも分かる。
聖騎士団員たちは私の指示があれば、交戦に移れるように皆構えている。だが私は手によるサインで交戦の必要はないと指示を出す。
「あなたと対立する意味はないと理解しました。その上で私があなたに従うには一つ条件があります」
「条件? それはなんだ?」
「今この場にいる団員の中には、国に家族や恋人などを残している者が何名かいます。その者たちだけでも帰してやることはできませんか? 我々が国を裏切ったと知れば裏切った人間の大切な者たちに良ろしくない事態が起こりえるかもしれません。それを考えるとこの場で無理やり従えようとしたところで、自分の命を捨てでもあなたへ反逆する者も出るかもしれません。それはあなたも本意ではないのでは?」
「なるほど。それは一理あるな。いいだろう。半数までなら帰すことを認めよう。だがそれ以上は許可しない。それを認められない場合は帰りたがる者を土に返すことになると思え。話し合って誰が僕と共に行動するか帰るか決めるんだな。もちろんカーイルだけは帰ることを許さないけどね」
「心得ております」
話し合いの末、帰る団員が十名決まり我々を後にした。
行きは船で来たが彼らは徒歩での帰路となる。一応、それぞれ携帯食料やサバイバルキットを常備しており、それなりの訓練を積んでいるエリートだ。数日はかかるだろうが無事に国へ帰れることだろう。
彼らには言付けを言い渡してある。
ガナート師匠から天使の力を受け取った経緯と、それに伴ってビクトア王国や他国との開戦の危険にあり、守りを固めるべき事態であることを言い伝えた。
そして私もある目的を果たしたら必ず国へ戻り、今までの責任について問われる覚悟があることも。
それにしても未だにエクタクトの目的が見えない。
残ったのは私と団員十名とやつの護衛であるレティア・ミーシェ。
このメンバーで何をするという気なのか。
その疑問に答えるように我々を集めるとエクタクトは口を開いた。
「僕の目的は一つだ。デシオンと名乗る悪魔の力……その核を手に入れること。やつは明らかに異常な力を持っている。その力の秘密を暴き、奪うことができれば我々の失敗も帳消しにできるほどの力を得て世界を平和に導く助けとなるだろう」
エクタクトはそう私たちに宣言した。




