3話 選べない選択肢
「お前の名前を聞いていなかったな?」
ルシファーから俺を値踏みするような視線を感じる。
「自分は『 』と言います! よろしくお願いします!」
俺は立ち上がって頭に右手を斜めにかざして敬礼のポーズを示す。
「急に態度が変わりやがったな……。まあいい。それよりもその名前は呼びにくいな。そうだ。お前は悪魔に生まれ変わったんだし、この俺様が新しい名前をくれてやろう」
「光栄です!」
とりあえずは喜んだふりをしたが内心はひやひやである。センスの悪い名前を付けられたりしたら一生その名前を名乗らないといけなくなるかもしれないのだ。
ルシファーがどんな名前を付けようか考えている尻目に俺は「変な名前じゃありませんよう」にと祈るしかなかった。
ルシファーが何か思いついたらしく両手をパンと音を立てて打つ。
「“デシオン”とかどうだ? 古代語で知恵のある者を意味する言葉だ。響きも良いしこれで決まりだな!」
「そうですね。ありがとうございます!」
デシオンか……。
まあ、そこまで響きは悪くないし意味のある言葉なら良しとしておくか。
そんな軽い感じで俺の名前は決められた。
そこで俺の脳裏にふと疑問が浮かんだ。
「名前を付けていただいたのは有り難いんですけど、ルシファーさんは私にどういった用がお有りだったんですかね? もしかしてうるさかったから声をかけただけとか?」
ルシファーには助けて貰って感謝はしているがその目的が分からない以上、信用はできない。
今は体ができて何を考えても心の声が漏れないようだし少し慎重になるべきだろう。
それにルシファーからは妙な威圧感を覚えるし、警戒した方が良いと俺の直感が告げている。
「そうだった。忘れておったわ。俺様はな、人間界を支配しようと思ってな」
「はぁ……。人間界を? それが俺とどう繋がるんです?」
今のところ聞いた話では魔界の他にやっぱり人間界っていうのがあるらしい。まあ、人間の声のようなものが俺の中にも流れ込んできているし予測はしていた。
それにしても支配するか……尊大な雰囲気通りの悪魔だな。
ルシファーが良いやつなら世界の天下をとっても良いと思うけど、本人は悪魔を名乗ってるわけだし良い予感はしない。
「それでだ。悪魔で一番強い俺様とはいえど多数の人間や天使を相手にするとなると分が悪い」
「やっぱり天使もいるんですね。天使ってそんなに強いんですか?」
天使がいるのは例の声のせいで知ってた。
話の流れ的にも悪魔と敵対してるのは予想していたし。
問題は俺たちが退治される側の存在になるんじゃないかってことだ。
別に俺は自分が悪魔でも何でも良いんだけど、悪魔というだけ殺されるのは避けたい。
「認めたくはねぇが俺らと同等ってくらいの力はありやがる。だからこそ俺様にも仲間ってやつが必要だ」
「あ~~っ、それで俺に声かけたんですね! でも俺、悪魔なりたてですよ! ルシファーさんと同じくらい強そうなやつと戦える自信ないんですが」
他人の戦いに巻き込まれたくないという思いもあるが、俺が弱いという主張は別に謙遜しているわけじゃない。
さっき魔力の使い方を少し教えて貰って体を作ってから、聞こえてくる負の声の正体に薄々気がついていた。体を作る時、その声が集まっていって体を形作った。
負の声が聞こえる力の流れこそが魔力と言われるものの正体なのではないだろうか。
よく耳を澄ますと魔界という場所はこの負の声に満ちている。それはすなわち魔力で溢れかえっている場所ということだ。
おそらく俺たち悪魔はこの魔力を息をするように吸って栄養にして生きているのではないか?
目の前にいるルシファーの中から聞こえる声の量は俺とは比べほどになく多いらしく、ものすごい圧を感じる。
悪魔としての経験など関係ない、絶対的な力の総量でも勝ち目などない相手なのだ。
「まあ、そんなに悩む必要はねぇさ。俺様がちょっと強すぎるだけでデシオンも悪魔の中じゃ強い方だから安心しろ。それに急いでるわけじゃねぇから時間はたっぷりあるしよ。魔力の使い方についても教えてやるよ」
「ありがとうございます! 頑張ります!」
俺は仲間になることに了解した記憶はないのだがルシファーの中ではもうすでに決定事項らしい。
とりあえずは適当に合わせておいた方がいい気がする。他にここで頼れる当てもないわけだし。
正直なところ恩はあるがそのために命を賭けて戦うほどの意義を俺は見出せていない。俺の質問には答えてくれるがルシファーは自己中心的なところが多々見られ、反対意見は聞いてくれなさそうだ。
必要なことを教えて貰ったら隙を見てこっそり逃げ出せないかな。
悪魔になったとはいえ自分の意思とは無関係に勇者に退治されそうな悪人ポジションにはなりたくない。