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悪魔に転生したけど可愛い天使ちゃんを幸せにしたい  作者: 亜辺霊児
第一章 ノアズアーク法聖国編
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29話 この師匠にてこの弟子ありとはよく言ったもの

 僕はやっと結界の制御を完全に取り戻して、箱船を大地に着陸させる。

 この箱船は僕の国が作ったものではない。

 建国者であるノアという男がこの船で暮らしていたという話だが、それを建造したのは古代文明だという。

 古代文明の技術は謎が多く、この船も何でできているかすら現在の技術でも分かっていない。

 不思議なことにこの船はまったく劣化せず、一切の傷を与えることができない。

 この船は建国の象徴ではあったが、天使である僕の進言により軍事的利用が許されているだけに過ぎない。


 理由はよく分からないが壊れることのない船であるために敵からの攻撃に対しても強く、僕の結界なら空を運ぶことができたので相性が良かったのだ。

 絶対に破壊されない無敵の空飛ぶ船。これを使った戦いで負けたことはなかった。

 そう、今までは。


 人員や規模が小さかったとはいえ、天使を二人も動員して聖騎士団のトップクラスが集った状態で相手の逃走を許したのだ。

 これを敗北と言わずして何と言う?


 そして被害はそれだけに及ばなかった。


 僕は一人用の結界で体を覆い、それによって空を飛んで目的地へと急いだ。船を離れるときにレティアが「お一人で行かれては危険です」と言ってきたが、その制止を振り切るだけの理由があった。


 目的地の数メートル地点で地面へと着地して結界を解き、歩いてその場所へ近づいた。


 分厚い鎧を着た姿で(ひざまず)いている男の背中が見える。

 その鎧から彼は聖騎士団長カーイル・ファンタクスで間違いない。

 鎧の前方が完全に破壊されており酷い負傷をしているようだが、そんなことを気にしている様子はなかった。

 彼は大柄な誰かを優しく抱えている。


 その誰かとは信じられないことにグランクスだった。だがそれはここに来る前に分かっていたことだ。

 急速なグランクスの神気の低下を察知して、僕は急いでここまでやってきたのだ。


「よお……、この強い神気はエクなんとかかのう? もうよく見えないが死ぬ前に会えて嬉しいのう」


 グランクスが弱々しい声で僕へと話しかけてくる。


「何故、あんな無茶をされたのですか? 危険対象がS級を超える神気を持つ姿に変貌した時点で我々の作戦は失敗でした。早急に撤退して各国へこの情報を流し、可能な限りの天使を集めてから事に当たるべき案件だったはず」


「馬鹿を言うんじゃない。そんなことしたらじゃ。あやつと二度と二人(サシ)で勝負できないじゃろうが。ワシは一度で良いから、自分より強い相手と戦いたかったんじゃよ」


「まったくあなたという人は……」


「追求はそこまでにしていただけますか」


 今まで静かにしていたカーイルが話を切るように口を開く。


「エクタクト・スリーマン様。何とかあなた様の結界のご加護でグランクス様を助けることはできないのでしょうか?」


「無理だね。確かに僕の結界で傷を癒やすことはできるが、天使はそもそも自分で治せるからそんな必要はない。治せない状態になっているときに考えられる原因は神核の破損だ。そんなことは僕が言わなくても君も分かっているだろう?」


「ですが……」


 カーイルが珍しく感情を抑えきれぬ様子で小さくつぶやく。

 僕も治してやりたいのは一緒だがそれは無理である。

 神核が大きく傷ついた場合、それを治癒する方法は現在見つかっていない。

 僅かな傷程度なら自然治癒することもあるが大きな破損は、緩やかな神核の崩壊を招く。

 このままグランクスは間違いなく死ぬ。


 天使であるグランクスが死んだとき、神核の中にある勇気の天使(カマエル)は天界へと帰り、また無作為にどこかの人間の神核の中に宿るのだ。しかしそれはこちらとしても避けたい事態だ。

 その新たに天使となる者が僕らには予想がつかない。

 天使となった者が正直に名乗り出るかも分からないし、どこの味方をするのかも分からないのだ。


「カーイルよぉ。おぬしに頼みたいことがあるんじゃ」


「何でしょうか?」


「こいつを受けとってくれんかのう?」


 グランクスが右手で取り出したのは自身の神核だった。

 それが意味することは一つだ。

 天使の力の譲渡。


 天使の力は神核へと宿り、一度そうなると完全に溶け合って二度と分離することはできない。このときに人間の意識や記憶は脳から神核へと移る。天使が神核以外ならいくら破壊されても死なないのはそのためだ。


 そしてその神核を他者の神核へと溶け合わせることで、天使の力を譲り渡すこともできる。

 もちろん神核を譲ればそこには心のない体が残り、ただ朽ちるのを待つだけとなる。

 また天使の力を譲って貰った者に、その前の天使の心が宿るわけでもない。記憶を知ることはできるが体を失った意識は天使の力に呑まれて消失すると言われている。

 力の譲渡は実質的な死だ。


「そんなことは許されない。カーイル・ファンタクスへ、僕が命令する。今同行している聖騎士団の人間から最も劣る者を選出し、勇気の天使の力を受け取らせろ」


「我が聖騎士団に劣る者など……」


「そんな言い訳を聞く気はない。勇気の天使はビクトア王国から借り受けた力に過ぎない。こちらがあちらの国へと返還できる人員にその力を宿らせなければどうなるか分かるだろう? 国際問題になるぞ! それとも君があちらへの犠牲となってことを済ませようとするつもりか?」


 戦闘技能も高くあちらでは英雄であるグランクスを失わせただけでも、すでに大問題であるのだ。天使の力を失ったり、返還できない事態となれば最悪の場合、戦争へと発展しかねない。

 ノアズアーク法聖国は勇気の天使を返還する道をまず間違いなく選ぶだろう。


 そしてカーイルが勇気の天使を宿したなら彼がビクトア王国へ引き渡されることとなる。

 カーイルがいかに有能ではあるとはいえ、ビクトア王国にとっては他国の人間であり信用されることはない。

 天使の力を返還するとなれば、両国の監視の下でカーイルからビクトア王国の天使候補への譲渡が行われることだろう。つまるところ天使の力をここで受け取る者は離反しない限り死が確定するのだ。


「このような事態になったのも元を辿れば私の責任です。ですから私が……」


 カーイルのその否定的な態度に僕は少し声を荒らげて詰め寄る。


「自己犠牲の精神とその責任感は結構なことだが、ノアズアーク法聖国にとって天使が一人減った現状で君までも失うのがどれほどの痛手か分かるか? その選択は無責任すぎると理解しろ。まったく君はいつだって……」


「もうそこまでで良いじゃろう」


 グランクスの言葉が僕の言葉を遮った。


「ワシは前々から言っとるじゃろう。国同士のことなんてどうでもいいんじゃ。ワシの唯一の心残りはやつを倒せたかどうか確認できなかったことじゃ。ワシの技で倒せた自信はある。じゃが、もしやつが生きておったら……カーイル、この力をもってお前の手でやつを倒して欲しい。ワシに師事したというのなら簡単な死へ逃げようとするんじゃない。戦士が死ぬときはいつも戦って死ぬもんじゃ」


「了解致しました。ガナート師匠」


「勝手に結論付けしようとしないでもらえますか? そんなことは僕が許さないと言ってるでしょう」


 何も分かっていない二人の会話に僕はイライラさせられる。

 そしてそこへグランクスが神核を掲げて追い打ちをかける言葉を告げる。


「エクなんとかよ。こいつをカーイル以外のやつへ渡せって言うんならワシはここでこいつを砕くぞ?」


「なっ……!」


 僕は絶句する。この人がここまで愚かだとは。


「どうするんじゃ? 早く答えないとワシが死ぬのが先かもしれんぞ。そうなればこいつはこの世界のどこか知らんやつのものになるのう」


 そう言ってへらへら笑うグランクスが憎たらしい。


「もう、勝手にしてください。僕は散々警告はしました。知りませんからね」


 僕はそう言い残してその場から距離をとった。もはやこの馬鹿に何を言っても無駄であろう。



 そういったやりとりを経て、勇気の天使(カマエル)を持つカーイル・ファンタクスが誕生した。


 カーイルがグランクスの(かたき)を討つ意思を突き通すなら、譲渡に大人しく従うわけはなく両国間のトラブルは避けられない。

 僕だって今回の作戦の失敗と招いた事態に対する責任からは逃れられないだろう。

 流石に僕の天使の力を強制譲渡までとはならないだろうが、戦争になった際にこき使われるのは目に見えている。

 その先には僕が望む自由などありはしないだろう。

 僕の身の振り方を考え直すときかもしれない。

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