27話 気軽にキル数稼ぎできるのはゲームだけ
まったく訳が分からないのさ。
あたしを逃がしてくれたデシオンの頭が崩れて消えて悲しみに暮れてたら、神気を帯びた爆風に巻き込まれて素っ飛ばされるしさ。
その爆風のおかげで結界は消えたみたいだけど、巨大な神気がいきなり現れてて状況がつかめないのさ。
とりあえず生い茂る雑草に隠れながら逃げるしかないよ。
死んだデシオンの分もあたしは生きなきゃさ。
あたしがそう覚悟して新しい悪魔生活の第一歩を踏み出そうとしたまさにそのとき、とんでもない神気を放つ何かが近づいて来るのに気がついた。
え? 何このあり得ない量の神気!?
敵の天使が殺しに来た?
あー、これあたし死んだわ。
その何かがあたしの前に降り立った。
大きな砂煙が立ったせいで姿はよく見えないけど、シルエットからして二メートルくらいある大男らしい。
「あ、あたしは別に何も悪いことしてないさ! これからも良い子でいるからお願い見逃して!」
あたしは必死に命乞いを言う。相手に人の心があるなら少しは躊躇うってものでしょ。
「お前、何言ってんだ? 俺だぞ、デシオンだぞ」
「へ? デシオン?」
そう言われてよく見てみると見知った狼の顔とよく似た顔がそこにあった。
黒じゃなくて銀色だし角とか羽とかがないけど、口調は本物っぽい。
「本当にデシオン? どっかの天使が化けた偽物とかじゃないよね?」
あたしは信じられなくて疑いの眼差しを送る。さっき悲しみの別れをしたばっかりだし、相手からはまったく魔力を感じない。神気で覆ってるとかそういうレベルの神気の量じゃないし。
「本物だよ~!」
背中からルリちゃんが顔を出した。そしてすぐさま顔を引っ込めて地面に降り立つと前へ出てきた。
「え~、ホントに~? あんたもあたしを騙してるとかないよね~?」
「お前は疑い深いな。なんならルシファーと俺たちの出会いの話のくだりから言っていこうか?」
「あっ! そのこと知ってるのは、あたしとデシオンだけだから本物だわ! いや~、生きてたんだね。ホントに良かったさ~」
あたしはそれでやっと納得して、デシオンが生きていたことに嬉しさがこみ上げてきて笑顔がこぼれる。
「えっ! ルシファーと会ったことあるの? ルリはその話知らないよ! 聞きた~い!」
「あたしはデシオンがどうしてそんなことになってるかを知りたいさ~!」
あたしとルリに迫られてデシオンは困った様子を見せる。
「分かった分かった! あとでどっちも話すから今はとりあえずこの場を離れよう。まだ近くに敵がいるんだ」
「「約束よ!」」
あたしとルリの言葉がシンクロしてお互いつい笑い合う。
そしてデシオンが何やら作り出した。それは近くの葉っぱで作った籠のような物だった。不慣れな即興の手作り感満載の代物で不格好だ。
「とりあえず今は俺がこんな状態だから、お前を運ぶのにこの葉っぱの中に入ってもらって良いか? この中には神気を入らないように操るから、少しこれで我慢してくれ」
「仕方ないわねぇ~。あとで何とかしてよね!」
デシオンなりにあたしのことを考えてくれてるのだろう。あたしはつい強い口調で答えてしまったが本当は感謝してる。
「すまんな」
あたしの態度に嫌な顔せずに笑うデシオンが何だか憎らしい。
そんなやりとりをしている一瞬の隙にそれは起こったさ。
神気の気配を消して近づいていた天使の爺が背後からデシオンに襲いかかる。
突然のことにルリちゃんもあたしもそれを伝える余裕もない。
天使の爺はデシオンに正拳突きを一撃叩き込む。デシオンは接近の瞬間に振り返ったために脇腹にその攻撃を受けた。
それでもデシオンは大してダメージを受けた様子はなく、天使の爺にカウンターの一撃を入れてみせた。しかしそれは相手の心臓の辺りを突く一撃となってしまった。
デシオンもそれは本意ではなかったのか、焦った表情を浮かべる。
「くそ! しつこいやつだな。今の攻撃は俺もあんまり手加減できなかったじゃねぇか! 死んでもしらねぇぞ!」
天使の爺は地面に転がって動かない。
「は、早く行くぞ! 他の追っ手が来るかもしれない!」
誤魔化すようにデシオンはあたしたちを急かすと、ルリちゃんをここに来たときのように背中に乗せて、あたしの入った草の籠を大事に抱えて移動を開始した。
あたしはその間、デシオンに何と声をかけて良いか分からなかった。
あたしは人の生き死になんてどうでも良いけど、デシオンにとっては何か重大なことらしい。
何だかんだ言っても彼は今まで人を殺したことはなかったのだから。
さっきの場所からある程度離れたところで、デシオンが一旦移動するのをやめる。
「えっと、そうだ。ルリの神気を見てたら、今の俺ならその気配を消すのも何とかできそうな気がするんだ」
気丈に振る舞っているようだけど、無理してるのは見え見えさ。でもあたしが何か言えるわけでもない。それに今話しかけてる相手はルリちゃんだ。
「ホント~? どうするの?」
ルリちゃんが背中から降りてデシオンの前に向かい合う形へ移動する。
「ちょっと我慢してくれよ」
デシオンが左手だけで草の籠を持ち、空いた方の右手でルリちゃんの頭の上に手を置く。
何やら神気を操っているようだけど、あたしには詳しいことは分からない。
だけど不思議なことにルリちゃんから発せられる神気がまったくなくなっていた。
「あれ? ルリの神気なくなっちゃった?」
「いや、意識すれば出せるはずだぞ。ルリの特殊能力『再産再死』だっけ? 強制的に天界から神気を吸うのをやめさせて、外にも出さないように内部で神気を循環させる形で再臨状態を維持できるように変えた。それでも神気が少しずつ減るから、減ってきたり戦うときは天界から吸う状態に切り替えた方が良いけどね」
「ほえ~。ホントだ。自由に能力を使えるようになったよ! でちおん、ありがとう!」
ルリちゃんが神気を出したり消したりして、凄く喜んで跳ね回っている。確かにこれでルリちゃんの神気を隠せるようになって便利になったのかもしれない。
でもちょっと待って。今凄いことしなかった?
「デシオン、今どうやったの? そんな能力あったっけ?」
デシオンはどう答えるか悩むような様子で口を開く。
「いや、俺にもよく分からないんだけど外の神気を操れる延長線上みたいな感じで、他人の神気や神核を少し操れる感じがして今やってみたらできたんだよね」
「それってヤバくない? 神気が相手だったら能力とか奪えるんじゃないのさ?」
「う~ん。そこまでは無理かな。最低でも数秒くらいは触れておかないといけないし、俺自身の核を操れるわけじゃないからな」
それにしても破格の能力だと思うさ。
デシオンは一体何者なんだろう?
そうやって考えていたときにあたしは草の籠ごと地面に叩きつけられて外へ転び出る。
「痛ったいわね~! 何するのよ、デシオ……」
あたしが籠から飛び出して文句を言おうとデシオンを見ると、彼は脇腹を右手で押さえて突っ伏していた。
「ちょっと、あんたどうしたのさ?!」
「でちおん、どうしたの? 痛いの?」
あたしとルリちゃんに心配されてデシオンが声を絞り出すように答える。
「ぐぅ……! どうやらあの爺さんに何かされたみたいだな……」
デシオンは苦悶の声を上げてその表情には焦りの色が見えた。




