25話 おお、主人公よ。死んでしまうとは情けない
目を開けるとそこは知らない場所だった。
確かに俺はグランクスとかっていう爺さんに殺されたはずだ。
今でも浄化されるときの激しい苦痛が記憶に残っている。
どうやら俺は地べたに寝転がってしまっているようだったので、体を起こす。
「あれ……?」
そして俺は体が人間だったときの姿に戻っていることに気がついた。
服装は黒い半袖Tシャツにジーンズのズボンにスポーツシューズといったものである。生前にはよく着ていたというか、おそらく事故に遭って死んだときに格好のままだ。
鏡がないので目で確認できないが手で触ってみた感じ、顔も生きているときのままだろう。
「もしかして本当にあの世に来ちゃったか?」
思ったことを口に出しつつ、状況を確認するために辺りを見渡す。
床はまるでガラスのように透き通っていて、その先の奥底には黒い煙か雲のようなもので暗黒に満たされている。その透明な床もそれほど広いわけではなく、直径十メートルの歪な円形状で宙に浮かんでいた。
床下とは真逆に空の方は、光が眩しく白く輝いていて直視もできない。
そしてこの空間で最も印象的だったのが、向かい合った二つの玉座である。
円形の床の中央付近に位置する二つの玉座は白と黒の二種類があり、どちらも石でできているような見た目だが黒い玉座だけが横倒しになっている。
俺が倒れていた位置は、ちょうどその倒れている黒い玉座の前だった。
また白の玉座からは木の枝のようなものが細く伸びて天まで繋がっている。逆に黒の玉座からは根のようなものが生えて暗雲へと繋がっていた。
よく分からないが異常な空間であることは理解できた。
「どなたかいませんか~?」
一応、声をかけてみたが俺の声が遠く響くだけで誰の応答もない。
こういった場面では神様か何かが現れて「死んでしまうとは情けない」とか言われて復活させてくれる場面であるべきじゃなかろうか。
まあ、そんなことを思っても仕方ないし、ここは自分でなんとかするしかなさそうだ。
もしここがあの世でないなら俺は元の場所へ帰らなければいけない。
「ルリとの約束は果たせてないし、メキメキにも頑張れって言われたしな」
俺は両手で左右の頬を同時に叩いて気合いを入れる。頬に熱が宿ってじんじんと痛い。
痛みがあるからまだ死んではいない。そう考えることにした。
そして周囲をよく観察してここにあるものが何かを考える。
何となくだがこの黒い玉座が俺の魔力を意味しているなら、こいつを起き上がらせれば元の悪魔に戻れるんじゃないか?
素人考えだろうが可能性があるなら試してみるしかない。
だが倒れた玉座は非常に重く、びくともしない。ただ俺が汗だくになって疲れただけだ。
「これ無理。俺の魔力とは関係ないのか? それとも魔力が完全になくなっちまったのか?」
そんなことをぼやいたとき、白の玉座が俺の視界に入った。
そういえば俺は魔力だけじゃなくて神気も操れたな。
黒の玉座が魔力を意味するという俺の仮説が間違っていないなら、白の玉座は神気だろ。そう考えた。
俺が転がっていた位置から考えて、元々は黒い玉座に俺が座っていたんだと思う。
ならば白い玉座に座れば神気を操って復活できるんじゃね? 短絡的だがそう考えるのが自然だろう。
幸いにも白い玉座は倒れていないので、座るのに何の問題もない。
「誰もいませんよね? 勝手に座るけどあとから文句言わないでくれよ」
俺は何者かに怒られないか少しだけ心配してそんなことを言いながら白い玉座に腰を下ろした。
その瞬間、俺の意識が再び暗転した。
☆★☆
僕は箱船の上から戦況を見て作戦の成功を確信した。
概ね計画通りだ。
ルリに僕の結界を破られたことに驚かされはしたが、すでに例の悪魔を浄化したあとなので問題はない。
あとは節制の天使が落ち着くのを待って、再度の説得を試みる手筈だ。
どうしても言うことを聞かない場合は僕とグランクスで封じ込めを行い、船で強制連行するしかない。
もし国へ帰っても反抗をするようであれば神核の強制譲渡を検討する必要もあるだろうが、それは教団が決めることで僕が考えることではない。
そんなことを考えていたとき、それに僕は気づいた。
莫大な神気が上空を満たしている。
僕は船縁に捕まって身を乗り出して空を見上げる。
この現象は再臨の前触れか?!
誰がこんなことを行っている! 節制の天使か? グランクスか? それとも別の天使がどこかに隠れていたのか?
いや、天使にしては規模が異常に大きすぎる。
「一体、何が起きている?」
そして集まった神気が一カ所に向けて落雷のように降り注いだ。
あまりに強力な神気は僕の大規模結界に突き破り大穴を開けて、その余波で残っていた部分の結界もすべて吹き飛ばした。
箱船を浮遊させている結界が壊れなかったことが不幸中の幸いだろう。
だが問題はその強力な神気が落ちた中心となったのが、節制の天使たちがいる付近だったことである。
その神気の爆風が止んだあと、そこには莫大な神気を有する狼の姿をした化け物が立っていた。
「あり得ない!」
僕はつい大声で叫んでいた。
離れていて感じ取れる神気の量だけで、七聖天使でも到達しうるかどうか分からない量だ。
七聖天使や七凶悪魔はそれぞれ魔力や神気の量に個々の違いがある。
例えばルリータが持つ節制の天使は常に現状維持されるために神気の最大値が増えることがなく、瞬間的に使用できる神気量は天使の中で最弱である。その反面、常に神気が回復し続けているので持久戦に優れ、敵から再臨の余裕を奪うほど休みなく戦い続けることができる。
とある特殊能力があるために悪魔の中で最大の魔力量を誇るとされる傲慢の悪魔を、ルリータが追い詰めれたのはこのためである。
そのルシファーの魔力量をも超えるほどの神気を持つ者の存在などあり得ないのだ。そのあり得ないものが目の前に存在している事実を認めたくなかった。
あれは天使なのか? 悪魔が天使になるなど聞いたことがない。
普通は神気と魔力は相容れない。意図的に神核と魔核を合わせて所有しようという研究が他国では存在するらしいが、対消滅するか量の多い方だけしか残らないという話だ。
どこかの国が研究に成功していて、これはそこから脱走した実験体か何かか? 可能性はないとは言えないが、それにしても神気の規模が異常だ。
いくら考えても答えは出ないが、それ以上に今考えなければならないことはこれにどう対処するかだ。




