20話 男だらけの色気のない話し合いはスキップ機能欲しいね
現在、エリストア大教会の聖堂である大広間へ緊急招集がかけられた。
天使である僕、エクタクト・スリーマンや最高指導者であるエリストア教皇アクペス三世など、高位の人間が祭壇前に集結することとなった。
理由はもちろん決まっている。
悪魔によって天使が連れ去られるという前代未聞の事件が起こったからだ。
建前上、天使は人間の味方であり信仰を捧げる対象だ。天使本人の自由意志でここを去ったとしても悪魔が関わっている以上は、騙されて連れ去られたという扱いになる。
今回の招集はその責任の所在と天使奪還作戦の方針、今後の対策についての話し合いとなる。
話し合いとは言ってもこの招集が始まる前からシナリオなどはある程度決まっている。
この招集が始まる前にいかに根回しと謀略を巡らしているかで、どのような方向へ話が持って行かれるかはすでに決定づけられているのだ。
今回の責任は聖騎士団長カーイル・ファンタクスにある。そういう方向性だ。
問題の悪魔が神気を操れるというにわかにも信じがたい話ではあったが、それが逆に僕にとっては助けとなった。この国に結界を張ってからは今まで一度も悪魔の進入を許してこなかったわけだが、それが破られたとなれば僕の責任も疑われる。
だが相手が神気を操る悪魔であるなら、それは今までの常識とは異なる不測の事態であって僕の責任とはならない。
むしろそんな危険な悪魔を発見してみすみす逃してしまったカーイルの罪は重い。
僕は事前に決めてきたとおりにその辺りを重点的に強調し、彼に罪を問う。
悪魔に対して好戦的に出るのではなく友好的に迎え入れた後に浄化する方が確実ではなかったか、などといった追及を行う。実際に可能だったかどうかは問題ではなく、彼の判断ミスであることを周囲に印象づけて今回の主導権を僕が上手く握ることが目的だ。そしてそれは功を奏し順調に話が進んだ。
カーイルはその間もまったく反論することなくこちらの主張をすべて肯定した。
「挽回の機会をいただけましたら必ずご期待に沿ってご覧に入れます」
彼が発した主張はただそれだけだった。
別に僕も彼を退任へ追い込もうなどとは思ってもいないし、彼も退任されるとはまったく考えてもいないだろう。
彼は歴代聖騎士団長の中でもトップクラスの実力を持ち、団員への指揮もよくやっている。
この場に集まる者で彼の今までの功績に対して異を唱える者は誰もいない。彼が退任するとなれば大きな国力の低下に繋がりかねないからだ。
だからといってお咎めなしとはならず責任は何らかの形でとらねばならない。
その責任の取り方として聖騎士団が僕の指揮下に入ることを僕は提案した。
天使と聖騎士団は教団の傘下ではあるが部署としてはまったく異なる。天使や聖騎士団の出動要請は教団を介して個別に行われるものであり、教団を介さずにそのどちらかがもう一方を動かすことはできなかった。
聖騎士団長の失敗は教団側の不備であり、天使と直接の連携をとれないことが今回の事態に繋がったと僕は主張する。
僕が聖騎士団を指揮し、悪魔へと対処すればこのような問題は起きなかったと。
だが教団側はこの主張を良しとはしない。
天使と聖騎士団が教団の仲介なしに自由に動けるようになっては、共謀しての教団への反逆や教団の形骸化による権力の失墜を恐れているのだ。
天使と聖騎士団以外の教団関係者も一枚岩ではないが、やつらが最も恐れているのは強力な神気を持つ者が強い権力を持ってしまうことである。戦力においても権力においても勝ち目がなくなれば、神気が脆弱な人間には入る余地のない恐怖政治へと変わるからである。
僕は今回の件が天使を一人失いかねない危機であることと、さらった悪魔がガランディア帝国に高速で移動を開始したことを報告する。事は緊急を要する事態であると強調してさらに圧力をかけた。
教団側も大きな戦力を担う天使を失う事態は絶対に避けたい。
妥協案ということで一時的な緊急処置として天使奪還作戦の間のみ、僕が聖騎士団の指揮を執ることで決定し、教団側はあくまで限定的なものであることを僕に強調してきた。
すべては僕の予想した通りの結果だ。
節制の天使が悪魔に拉致されたと聞いたときは信じられなかったし、明日の計画が水泡に帰した落胆から怒りに震えていた。
だがある意味ではこれはチャンスなのではないかと考え直した。
今回の件を聖騎士団と教団の責任にし、僕が聖騎士団を自由に動かせる良い機会ではないかと。
必要なのは僕が聖騎士団を指揮して天使を奪還したという事実だ。
天使を奪還した後に再び魔界全土の大規模結界計画を立ち上げて悪魔のいない世界を作り、民衆の支持を完全に僕が奪う。
別に僕が国を支配したいわけではないが、悪魔を排除したその後の世界でも他人にいいように使われたくはない。権力だけ得て実際の政治などは別の者に任せれば良いのだ。
先のことはともかく今は天使奪還作戦の成功が急務だ。
そのためにはもう一つの要求を教団に承認して貰わなければいけない。
それは我が国と友好国であるビクトア王国への天使の救援要請だ。
もっと具体的に言えばビクトア王国が有する二人の天使のうちの一人である勇気の天使の援護である。
これにも教団は良い顔はしない。
友好国ではあるとはいえ、天使による救援要請は相手の国へ大きな借りを作ることになる上にこちらの内情を教えるに等しいのだ。互いに表向きは友好関係を築いていても大きな隙や大義名分があればいつそれが崩れても不思議ではない。
そういった問題を教団は危惧しているのだ。天使の救援を要請するにはそれらのリスクを上回るような理由がなければ承認されることはない。
ここで僕はこれまで話題に上げなかった最後のカードを切る。
聖騎士団からの情報は本来教団が握っており、選別されたものしか僕に流れてくることはない。だが今回はベルメール枢機卿の協力により僕は聖騎士団の情報を概ね得ていた。
問題の悪魔がB級から聖騎士団長との交戦によりD級まで下がっていたにも関わらず、A級の危険対象へと変化したという聖騎士団の監視者からの情報を開示する。
僕の言ったことに周囲はよどめいた。
それは当然だ。魔力を大幅に回復できる悪魔など七凶悪魔以外に確認されていない。七凶悪魔にしてはA級は魔力として低くはあるが、神気を操れるという例外的な能力も相成ってその疑いは強まる。
七凶悪魔を討伐する際には明確なルールがある。
七凶悪魔一体につき、七聖天使一人以上の戦力の投入である。
節制の天使がこちらに対して敵対的に動く可能性を考えると、相手の戦力は七凶悪魔二体の討伐に等しい難易度だ。これではこちらの国内の戦力だけでは不安が残るというものである。
当該A級危険対象を今回は例外的に七凶悪魔、もしくはそれに準ずる最大級危険対象に認定し、ビクトア王国への天使の救援要請を求めた僕の訴えは教皇により承認された。
他の代替案を提案できなかった教団が仕方なく受け入れた形だ。
しかしそれ故に僕の責任は重くなる。大きな代償を払う今回の作戦に失敗は許されないのだ。
その他の最低限必要なことも決まり、時間も限られていたので招集は足早に解散となった。
遠距離通信用の神気機巧によりビクトア王国への要請が行われ、相手からの承認を得られたことが僕のところへも通達される。
通常であれば直接会談によって打ち合わせを行わなければならないのだが、今回は緊急を要するということで省力され、神気機巧による通信での打ち合わせのみで合流地点を定めて作戦を決行する形となった。
天使奪還作戦に参加するのは僕と護衛のレティア、聖騎士団から団長と選りすぐりの団員二十名と救援として勇気の天使が来る手筈となっている。
目標の移動速度が速いのでそれに追いつくには、僕の運搬用の移動結界と“あれ”を使うのが最適だ。
だがこの方法で追いつく速度を出すと搭乗者に大きな負荷がかかるので、並の人間では耐えられない。それ故に選りすぐられた人員だ。
勇気の天使はこちらが送った地点での合流となる。あちらの方が合流地点に近い上に別の移動手段があるので、こちらが関知することではない。
敵戦力に対して十分な人員が用意できた。あとは時間との勝負だ。
もしやつらがガランディア帝国領へ入ってしまえば、こちらが手出しできなくなる。




