15話 黒幕っぽいやつらは暗い部屋で会議好きよね
私の名前はレティア・ミーシェ。
天使様及び、教団の主要人物の護衛を職とする一族に産まれた。
エクタクト様、いえ、スリーマン様の遊び相手を務める合間に、父から護衛術や神気を操る術を学び、大人になってからはその護衛を任されることになった。
スリーマン様がどれほどの努力をなされて天使としての勤めを果たし、どれだけの苦しみを抱えて生きてきたか、私が一番よく知っている。
だからこそ彼には幸せになってもらいたいし、それを邪魔する者がいれば全力で排除し、お守りすることが私の役目だ。
そこに私情が絡んではいけない。
一つの判断ミスが大きな失敗に繋がるという教えを父から叩き込まれた。
私情を隠し、私はスリーマン様の影になるという覚悟を示すために私は仮面を付けることに決めた。この仮面は何があっても、スリーマン様に表情や気持ちを悟らせぬためのもの。決して外すわけにはいかない。
今日も人々の平和のためにスリーマン様がベルメール枢機卿たちと打ち合わせを行っている。
スリーマン様の席はベルメール枢機卿のいる上座と向かい合う形だ。
そのベルメール枢機卿のすぐ後ろには、その護衛を務める私の父であるクレアーゴ・ミーシェの姿もあった。
父は私たちが入ってきたときに一瞥しただけで、ここに来てからも一度も言葉を交わしていない。素顔を晒したまま表情を一切変えないで護衛に専念する父の姿を見ていると、仮面をしている自分が少し情けなく思う。
私たちから見て左側の席には聖騎士団長カーイルの姿があった。
打ち合わせだというのに兜以外の白銀の甲冑を全身にまとい、重く動きにくそうな姿だ。整ってはいるが精悍な顔つきで、濃い金色の髪が風もないのに炎のように揺らめいて見える。妙に威圧感のある男だ。
その斜め後ろには団長補佐の女性が、比較的軽装ではあるが同様に鎧を着けて立っている。長く黒いストレートヘアで眼鏡でその眼光が隠れており、こちらも話しかけづらい雰囲気だ。
それにしてもここにいるのは錚錚たるメンツだ。
ノアズアーク法聖国の最高権力者はエリストア教団の教皇様であるが、政治に助言して実質の決定を下しているのはここにいるベルメール枢機卿である。
また三十代という若さで聖騎士団を束ねあげて、天使様たちに継ぐ実力を持つ団長のカーイル・ファンタクス。
そして私が護衛する天使であるスリーマン様だ。
我が国に天使様はもう一人いらっしゃるが、彼女はそもそも議会や打ち合わせなどには参加しない。
「それでは報告を聞こうか。エクタクト君」
ベルメール枢機卿がスリーマン様に本題に入ることを促す。それに対してスリーマン様は落ち着いた口調で報告を開始する。
「節制の天使を核に用いる大規模結界についてですが、僕の特殊能力『借価献物』によって魔界全土を覆い切るには、数時間から半日以上の時間を要することは避けられないですね。彼女の協力次第による部分が大きいのでやはり正確な時間を提示することは難しく、明日の早朝から開始して悪魔の活動が高くなる夜間に入っても結界が張りきれない場合、状況によっては作戦の中断を視野に入れることをお勧めします」
節制の天使とはもう一人の天使であるルリータ・アスクト様のことだ。私は難しい話は得意ではないが要するにルリータ様を使って結界を魔界に張り、夜までに間に合わなければ一度やめようという提案のようだ。
悪魔は夜に地上に上がってきやすい。悪魔の攻撃を受けると計画が失敗するどころか、結界を張る作業で無防備になっているスリーマン様たちに危険が及んでしまうからだろう。
ベルメール枢機卿がフムフムと頷き、顎髭を触って考える仕草をする。
「その状況での中断は悪魔や他国の注意を我々に集めてしまう危険があるが、それはどのように考えているのかね?」
「結界を中断すれば節制の天使は解放されて元の状態へと即座に回復します。最悪の場合は彼女に集まった悪魔を駆除してもらえば問題ありません。その様子を他国も覗っているはずなので、その惨状を見れば当国へ攻撃しようと考える国はまずないのではないかと」
「なるほど、失敗しても大量の悪魔を駆除でき、他国へ我が国の力をアピールできるということか。さすがは天使様と言ったところですかな」
スリーマン様の説明に納得して気をよくした様子だ。私も鼻が高いがそんな気持ちを悟られたくなくて仮面の位置を少し整え直す。
「それでファンタクス団長殿の方はどういった状況ですかな?」
ベルメール枢機卿から話を振られた聖騎士団長は眉をぴくっと動かし、話を聞くのに集中するかのように閉じていた目を静かに開く。
「傲慢の悪魔討伐作戦後から周辺の調査を継続しておりますが、ルシファーの再度の現出の予兆は見られません。一つ懸念事項としてあげるとすればコルメスの村周辺の東の山林にて悪魔とみられるB級危険対象を確認したとの報告ですが、グライム・アスクト率いる分隊九名が交戦し八名が軽傷、グライム分隊長が意識不明の重傷を負い逃走を許しました。B級危険対象はさらに東へと逃走し、ガランディア帝国方面へ向かったために追跡を断念しております」
ベルメール枢機卿は少し眉をひそめたが、聖騎士団長は少しも動じず問題はないといった様子だ。
「グライム・アスクトと言えば節制の天使の家系の者ではございませぬか。そのような優秀な血筋の者が明日の作戦に欠けるのは少々残念ではありますが、それらの懸念事項を鑑みても明日の作戦には差し障りはないとみてよろしいですかな?」
「左様でございます。どのような事態になりましても明日の作戦の間は、天使様二名を悪魔の魔の手から必ず守り抜いて御覧に入れます」
聖騎士団長の言葉にベルメール枢機卿は安堵した表情を見せる。
明日の作戦は簡単に言うと天使様二名による国外での結界張り作業だ。その作業中はどちらも無防備な状態になる。
膨大な神気を発するこの作業は必ず周囲の悪魔の目を引く。だからこそ事前に周辺地域にいたルシファーを筆頭とする悪魔たちの排除が必要とされた。
聖騎士団の明日の任務は天使二名の護衛となる。
我が国が誇る聖騎士団といえど世界の災厄であるルシファーなどの七凶悪魔が相手では分が悪い。
そういった危険性を可能な限り排除した上で、明日の作戦を確実なものにベルメール枢機卿はしたいのだろう。
もしかしたら本当はこの作戦の成否に関心はなく、責任問題を確認するための発言であったのかもしれないが。彼はこの作戦に実際に参加するわけではないし、戦えるような力もないただこの国の権力を持つだけの人間だ。
自分が安全に利益を得られるなら誰が犠牲になったところで、悲しむパフォーマンスをしても本当のところは気にはしないと思う。スリーマン様もそれが分かっているから内心では嫌っていらっしゃるのだろう。そんな相手でもこちらの考えに賛同を貰えれば聖騎士団を動かす後ろ盾にはなる。
今回の作戦はスリーマン様が考え、ベルメール枢機卿がそれに乗っかり聖騎士団との連携を図った形だ。今回の作戦にて国に不利益が生じればベルメール枢機卿に責任の追及がなされることだろう。
しかしベルメール枢機卿が責任をとるとは考えがたい。何かあったときの尻尾切りとして、他の者から責任の所在となる言質を取っているように私には思えるのだ。
打ち合わせが終わりへと近づいた頃、膨大な神気の発生を私は関知した。
それは他の皆も同様のようでベルメール枢機卿でも気がつくレベルだ。思いつく原因はひとつしかない。
「何事ですかな?」
「どうやらまた天使様が館を出られたようですね」
ベルメール枢機卿の問いに聖騎士団長が溜息交じりに答えた。
ルリータ様が結界を破るのはよくあることではあるが間が悪い。
「なるほど。そうなると団員の方たちだけでは荷が重きことでないですかな? 今日の打ち合わせはこれで終いということで早く向かって差し上げなさい」
「お気遣い感謝します。それでは失礼します」
そう告げて聖騎士団長は部屋をあとにした。
国の治安維持は基本的に聖騎士団の仕事だ。原因が天使であろうともそれは変わりない。
スリーマン様も天使ではあるが聖騎士団の所属ではなく、教団の象徴的役割としているだけに過ぎない。故に作戦に関すること以外ではルリータ様とはあまり接触をしないようにしている。こういったトラブルの際も聖騎士団から教団を通じて要請がない限りは特に関わらないのだ。
「まったく作戦は明日だというのに、今日くらいは大人しくしていられないのか」
スリーマン様の独り言が私の耳にだけ僅かに聞こえた。




