13話 ヒロインは皆トラブルメーカー
「悪魔を全滅させる作戦ってどういうことだ?」
ルリのように強い神気を持つ天使?と呼ばれる者がルシファーなどの強力な悪魔と戦える力があるのは俺にも分かるが、全滅となると流石に現実味を感じない。
だからと言って本当にそれが可能であるなら聞き流せる話ではない。俺だって悪魔なのだ。悪魔が全滅するなら俺も死ぬということだ。
「難しい話はよくわかんないんだけど、エクタクトの力でルリが生贄になれば、魔界に結界を作って悪魔を閉じ込めれるんだって。魔界から出れなくなれば悪魔は退治すればするだけ地上から悪魔が減って、世界は平和になるってエクタクトが言ってたの」
エクタクトって人か? そいつが魔界に結界を……。
どれだけの規模の結界なのか予想もつかない。しかしもしこの国に張っているような浄化結界を張れるなら魔界は地上からの魔力が絶たれることになる。
そして魔界から出ることもできないなら魔力で生きている悪魔は全滅する。地上にいた悪魔も魔界という逃げ場がないわけだから、いずれは人間たちに追い詰められて絶滅するっていうことだろう。
それに聞き逃せない言葉があった。
「生贄になるってどういうことだ? 死ぬってことか?」
「えっとね、エクタクトは死なずにただずっと長い眠りにつくだけって言ってた。ルリがそうするだけで皆が幸せになるから、ルリが我慢すれば良いだけだし……」
ルリはドレスの裾を掴んだままその声は少し寂しげだった。
エクタクトってやつのいう生贄というのがルリの命に関わるかどうかはこの話だけではよく分からない。だが碌なことじゃないのは確かだろう。そんなことは俺は望まない。
「ルリが皆の幸せのために頑張ろうとしているのはよく分かった。それとそのエクタクトってどういうやつか、俺に教えてくれるか?」
「エクタクトは私と同じ天使だよ。眼鏡をかけた男の人。結界をたくさん張って皆を守ってくれてる良い人だよ」
やっぱりこの国の結界を張っているやつか。
結界だけでもルシファーと対等な力を持っているとなると相当な化け物だ。悪魔である俺が言うのもなんだが。
残念ながら人の言葉に騙されやすそうなルリの言う良い人というのは、あまり信用できない気がする。いや、俺は騙してないし、良い人というか、良い悪魔だけどね!
そもそも天使とはいえ、こんな純真無垢な子供を生贄にしようと考えている時点で、エクタクトは俺の中で外道決定である。
「その、今更だが天使っていうのは何なんだ? 神気が強い人を天使っていうのか? 見た目だけなら天使の翼も輪っかもないただの人間に見えるんだが……」
ルリの姿をまじまじと見て再確認する。確かに天使みたいな神々しさとずば抜けた神気を持っているが、俺にはそれ以上の違いが分からない。
「ん~とねぇ、簡単に言うと七聖天使って呼ばれてる七人がルリたち天使なの。特別な神核を持っててすっごい特殊能力を使えてとっても偉いのよ」
「ほう。それは凄いな」
鼻息を「ふんす!」と出しながらルリが胸を張って自慢げである。正直、俺にその凄さがいまいち分からないが。
神核は初めて聞く単語だが心当たりはある。生物の中に入ったときに必ず心臓の辺りに神気の塊があったあれのことを言っているんだと思う。
悪魔にも魔核という弱点があるから同様のものだろう。
七聖天使というのは初めて聞いたが、こんなに強い天使が他にもいると考えると厄介だなというのが正直な感想だ。七聖だから合わせて七人いるのか?
やたら知らない単語が増えたので話を元に戻さないと、このまま脱線してしまいそうだ。
時間も無限にあるわけではない。
もしこの場に他の人間が来たら事態が大きく変わる恐れもあるので、手短に結論を出さねばならない。
「この国に天使は他にもいるのか?」
「ノアズアークの天使はルリたち二人だけだよ。他の国にいる天使なら何人か見たことあるけどね」
「そうなのか」
とりあえずここにはこれ以上の天使がいないことを知って少し安堵する。このあとはどんな選択をしたところで命賭けになるからな。注意する対象が少ない方が俺としても助かる。
俺はここからの動きを考えながらルリに問いかける。
「正直なところ俺は悪魔だから、悪魔を全滅させる作戦はやめて欲しい。それに何より友達であるルリを犠牲にするようなやり方には賛同できない。ルリはどうしたいんだい?」
「う~と、平和にしたいけど良い悪魔がいるなら結界を張ると困るし、ルリにはどうしたら良いか分からないよ~」
やはり俺という良い悪魔の存在を知ったことで、作戦を実行に移すのにかなりの躊躇いがある様子だ。
これなら俺の提案を聞いてくれるかもしれない。
「わかった。皆を助けたいんだね。それなら作戦を変えよう」
「作戦を? どう変えるの?」
「結界を張ると困ることがあるなら、俺たちで悪い悪魔を退治しながら皆が幸せになる方法を探せば良い。すぐ目の前に良い方法が見つからないなら探せば良いんだよ」
俺の言葉にルリは両手を合わせるように叩いて顔を明るくする。
「そっかぁ~。なければ探せば良いんだね! あっ! でもどうエクタクトに説明しようかな? ルリの言うこと、エクタクトはあんまり聞いてくれないし」
ルリのこちらを見つめる目線から俺から説明して欲しいという雰囲気を感じるが、エクタクトというやつは正直信用できない。話の方向性を修正しないとまずいな。
「エクタクトに説明しない方が良いんじゃないか。ルリの話を聞いてくれないなら、俺の話は尚更聞いてくれないと思うし。俺なんて悪魔だって理由だけで殺されそうだ」
「それは困るよ~。せっかくできた友達のでちおんが死んじゃうのはルリも嫌だよ」
「じゃあ、このまま言わずに俺と一緒に行こう。俺たちが結果を出せばエクタクトも納得してくれるさ。どうしても他の方法が見つからなかったときは俺も一緒に謝るし、結界を張るっていう作戦も仕方なく受け入れる。それじゃあ、駄目かな?」
ルリは腕を組みながら頭を左右に振って考える仕草をしたあとに口を開く。
「それなら良いかな~? でちおんの言うとおりにするから、駄目だったらエクタクトにちゃんと謝ってね。約束! 絶対よ、絶対!」
念を押すようにルリが詰め寄ってきて俺の顔を覗き込む。正直、顔が近くて別の意味で困る。
俺はそれを誤魔化すように「じゃあ、約束しよう」と言いながら右手拳を出して小指だけを立てる。
ルリはそれを不思議そうに見る。
「指切りって知らない? こうやって小指同士を絡ませあって手を振って『ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんの~ます♪ ゆびきった!』ってやるんだ」
俺は説明を交えながらルリの手を取って一緒に実演してみせる。まったく知らない様子なのでこっちの世界にはない風習なのだろう。
「それをやったらどうなるの?」
「約束を破った方は針を千本呑まなきゃいけないから嘘付けないってことさ。誰も針を千本も呑みたくないだろう?」
「そうだね。でも悪魔なら針ぐらい呑み込めそうだけど」
ルリがそう言って、俺も「そりゃっそうだ」と返して互いに笑い合う。
「まあ、深く考えず絶対に約束を守るっていう誓いだよ。それで話は戻るけど、できれば今すぐにでもこの国を出て探しに行きたいんだ。ルリの準備はどれくらいかかりそう?」
「今すぐにでも大丈夫だよ!」
ルリが元気に即答してきたが俺にとってその回答は疑問だらけだった。
「え? ホントに? これからしばらく外で旅をするんだよ? いろいろ用意するものもあるでしょ?」
「ルリはこの服さえあれば大丈夫だよ。お家に玩具はいっぱいあるけどまた戻ってくるし平気だよ」
よく見るとルリの着ている服も強い神気を宿している。何か特別な服なのだろうか?
疑問は尽きないし、ルリの旅への考えが甘いだけである疑念も拭えないが、俺にはそんなに時間があるわけでもない。
このことはとりあえず忘れることにして脱出する算段を考えないと。
「ルリがそう言うなら俺はいいけど。それでここからどうやって出ようか? この建物の結界は俺一人なら出られるがルリはどうやって出よう?」
「ここの結界? 大丈夫、大丈夫! ここのはルリのたくさん出ちゃった神気を外に出さないようにしてるだけだから簡単に通れるよ」
「そうなのか? とりあえず分かった。俺の方が結界を抜けるのに時間がかかりそうだから先に行くけど、俺が壁から出たらついてきてくれ」
「うん!」
元気の良い返事を聞いて俺は壁へと向かって歩いて行き、そっと壁に手を触れて入ってきたときと同じ要領で壁抜けを開始する。
ルリが興味津々でこっちを見てきている気がするが、あまり構ってもいられないので俺は俺の作業に集中する。
壁抜けを終えて一息ついたとき、上空で雷のような壮大な音が響いた。
見上げると壁の上を飛び越えて結界を突き破るルリの姿が目に入った。ドレスの下から何か白いものが見えた気がしたか今はそれどころではない。
ルリは何事もなかったかのように俺の前に着地すると「お待たせ」と言った。
というか簡単に通れるっていうのは、簡単に突き破れるっていう意味かよ。
思いっきり派手に結界に大穴があいてるし、でかい音がしたしでどう見てもまずいだろ。
そして俺の不安は的中して、そのあとすぐに警笛のような音が辺り一帯に鳴り響く。辺りに大勢の人が集まってくる足音が聞こえ始めた。




