12話 メインヒロインにネタ枠の選択肢選ぶやつ
「近くで見るとでけぇなぁ……」
俺は二十メートルを越える壁を見上げながらそうつぶやいた。
正面の扉には憲兵のような男が二人並んで警備しており、反対の位置には裏口らしき小さめの扉があってそこも同様に警備されていた。壁は塗り固められた石壁であるのに対して扉は二つとも金属でできた重厚なものに見える。余程この中には重要な物か人がいるようだ。
そういうわけで俺たちは彼らに見つからないように建物の正面から見て左側面にやって来ていた。
壁で囲まれた敷地は上空から見ると長方形になっているようでこちらには警備の目は届いていない。
最初は壁か地面に同化して通り抜けようと考えたのだが、近づいてよくみるとこの建物自体に結界が張ってあり上空や地下も例外ではないようだ。
周囲の目がないことを確認し、俺はとりあえず壁に触れてその中を通る結界について調べる。
国を囲む結界と同様に神気でできているがどうも性質が違うようだ。
(あんた、神気を操れるだけじゃなく性質も診れるのね)
正確には操る神気を別の神気に溶け込ませることで俺との間に繋がりが生まれて内容を調べれるといった感じだ。
味方のふりをして潜入しているようなものなので、強く干渉して操ったりはできないがある程度必要な情報は得られる。
この結界は外からの侵入を防ぐ目的ではなく、内部から神気が漏れ出ない役割を果たすもののようだ。
俺の体に纏う神気を味方の神気だと誤認させながら通れば、出入り自体は問題ないみたいである。
しかし妙だ。
この結界は外敵の侵入よりも内部からの脱出を防ぐことに重きを置いている。
それも相手は魔力を持つ悪魔ではなく、結界以外の神気に対してだ。
危険な神気を発する武器の製造工場や訓練場的な場所だったりしたら、入った瞬間浄化されて死ぬという可能性が思い浮かぶ。
慎重に中の様子を伺いながら入るか。
神気を同調させて結界を騙し、右手だけを伸ばして変質魔法で壁に同化し通過する。伸ばした右手が壁を通過して内部への侵入に成功した。
とりあえず手の先が消滅するといったことはなさそうだが、内部の神気濃度が外とは比べ物にならないほど高いのが感じ取れる。
右の手の平に眼を形成してみて、内部の様子を目視する。
広い庭の中央に巨大な城のような洋館っぽい建物が視界に入る。人影は今のところ見られないが神気が濃すぎて気配が探れず、死角などに人がいるかどうかがまったく分からない。
右手を触手のように伸ばして探索することも考えたが結界に干渉しながら伸ばした体の部分まで覆い続ける量の神気を操るのは今の俺には荷が重い。今後の練習課題だな。
どうやらこれ以上は直接中に入って探索するしかなさそうだ。
とりあえず出入り自体は問題ないのでヤバくなったら逃げるのに問題ないと考え、思い切って内部に体ごと突入する。
特に問題なく庭に侵入した俺は周囲を再度確認する。
やはり人の姿は見られないが神気が濃くてまったく気配が探れない。それに体が少し重い。
妙な圧力のようなものを感じるが、その正体が何であるかはよくわからない。
神気が濃すぎてここでの変質魔法の長時間の使用はかなりの魔力を消費しそうだ。そのせいで人の姿の状態から地面などに化けて移動する策は断念した。
なんとか物陰に隠れながらこそこそ探索をするかと考えた時だった。
何者かが風のごときスピードで飛び跳ねるように走ってきて俺の前で停止した。
あまりの速さと体にかかるプレッシャーから俺はすぐには反応することができなかった。
「あなたはだぁ~れ?」
そこにいたのは一言でいえば“天使”だった。
翼こそなかったがひざ丈ほどの白い光沢を放つドレスを羽のようにはためかせ、ドレスに負けないほど透き通る白い肌の十歳前後の少女だった。
少しくせっ毛の薄い金色の長い髪をなびかせて青い瞳を大きく開いてこちらを興味津々といった様子で見つめていた。
ドレス以外は装飾品の類いを身に着けておらず、靴も履いておらず裸足だ。今いる庭と思わしき場所には芝生のようなものが生えているが、土もあるし石も少しは転がっているにも関わらずだ。
だが不思議なことにその素足には傷どころか、どこにも土汚れ一つない清潔さを保っている。
その美しい姿に目を奪われてすぐには理解できなかったが、この少女はとんでもない量の神気を放っている。魔力で例えるとルシファーに匹敵するほどの量で、たとえ魔界にいたころの俺の魔力量でも太刀打ちできる相手ではない。
だが俺にはそんなことはどうでも良かった。
俺は震えながらその少女に近づき、手前で片膝をついて姿勢を低くすると自然と言葉がこぼれ出た。
「デシオンといいます。俺と結婚してください」
俺は少女の手を取って求婚した。
少女はきょとんとした顔をしている。まあ、それはそれはそうだろうな。
俺でも何故この選択肢を選んだのか分からない。ただ心のままに従っただけだ。
(あんたはな~に言ってんのよ! 知ってるさ! それロリコンってやつでしょ。そういう趣味だったのね。あたしも気をつけなきゃ! ……っていうかそんな場合じゃないのよ! こいつはヤバいよ! この神気の量からしてきっと天使ってやつさ! 逃げなきゃ、浄化されるよ!)
ああそうだな。
天使だな。
俺の中でうるさく騒ぐメキメキの言葉はまともに頭に入ってこない。
目の前にいるのは純粋無垢な天使なのだ。
俺の望んでいたお姫様像だ。
悪魔の体となった俺に性欲など残っていなかったが、前世で幸せになれなかった心残りが消えたわけではない。俺が幸せになるにはどうすれば良いのか。
目の前に答えがある。
きっとこの少女を幸せにすれば俺も幸せになれる。そんな気がする。
理不尽な不幸など俺が最も憎むべきものだ。
だからこそ世界の清らかさを集約したようなこの少女が幸せにならなければ俺の気が済まない。
それを誰かに委ねることなどできないし、信じられぬ他人より自分で実現する方が確実だ。
せっかく人生をやり直す機会を得たのだ。流されるまま生き続けるだけなら前世と同じになってしまう。
たとえ危険を冒すことになっても後悔だけはしたくない。自分で選んで自分で失敗したならまだあきらめもつく。
「えっと……、結婚とかよくわからないけど、“でちおん”っていうのね? あなた、変な気配がするけど新しいお世話係さん? それとも聖騎士団の方?」
少女は困ったような笑顔で俺の求婚をスルーしてくる。舌っ足らずなせいか、俺の名前をちゃんと発音できていないが、それはそれで可愛いしそこは気にしても仕方ないだろう。
俺は流れるように立ち上がり身を整える。
「どちらでもありませんよ。俺は悪魔ですが元々人間で良い悪魔ですので、人間や天使たちとは仲良くしたいのでここへやってきました」
すべてが本心ではないが嘘でもない。
別に人間たちと敵対する気はないのだ。悪魔というだけで攻撃されるから身を守るために行動しているだけに過ぎない。争わないで事が済むならそれに越したことはないのだ。
メキメキは俺の中で拗ねた顔して静観している。言いたいことがありそうな様子だが言っても無駄だと悟ったみたいだ。
少女はさらに眼を見開いて驚いた顔をする。
「変なの~。悪魔って悪いものでしょ? ルリたちは悪魔が悪いものだから退治してるんだよ? それにちょっと変だけどあなたからは神気のパワーを感じるよ。悪魔なわけないよ」
名前はルリというのか。
名前まで可愛いな。
俺は人間に化けるのをやめて、角の生えたオオカミの姿に戻り軽く一礼する。
「本当に悪魔ですよ。これが普段の俺の姿です」
ルリは俺の変化にさらに目を丸くした。
正直、俺はこの姿を見せるのに恐怖心があった。
この姿をルリが見れば怖がるかもしれないし嫌われるかもしれない。また悪魔だという理由だけで問答無用で浄化される危険もある。
しかし俺はルリに嘘をつきたくない。騙すような行いをすれば信頼など得られないだろう。
俺のこの行動をどうとるかはルリ次第だ。それで死ぬとしても覚悟の上だ。巻き添えになるメキメキには悪いと思うけど。
情けない話だがこの少女のスペックを考えたら、どうせ戦ったり逃げようとしたって生きて出られないのは目に見えている。
「すっご~い! ワンワンに変身できるんだね! 人間にはそんなことできないし、本当に悪魔なの?! びっくりしたよ!」
ルリはキャッキャとはしゃぎ始めて俺の周囲を回りながら観察してくる。
しっぽなどを引っ張られたりしたが俺は我慢する。
ルリの体は強力な神気が発せられているので、悪魔が直接触れればそれだけで浄化されて消滅する危険がある。
俺の場合は自分で操る神気を膜のように張っているので、それだけで消滅することはないが少しひやひやした。
「犬ではなくてオオカミなんだけど……」
「どう違うの?」
改めてどう違うのと聞かれると俺自身うまい言葉が見つからない。別に動物について詳しくもないからな。
腰を下ろして胡座をかいて考えてみたが、野生の犬という以上の答えが出てこない。
「オオカミもワンワンと変わらないです……」
考えるのをあきらめてそう答えた俺の表情が落ち込んで見えたのか、ルリによしよしと頭を撫でられた。
ちょっと嬉しく思うが、何だかくすぐったく感じる。すでに俺のことは犬扱いである。
「それにしてもルリも初めて見たよ。神気を使える悪魔がいるって知らなかったよ。なるほど~、良い悪魔は神気を使えるんだね~」
神気を操れることと良い悪魔かどうかはたぶん関係ないと思うんだけど、それで納得して信用して貰えるならあえて否定はしない。
メキメキも言っていたが神気は悪魔と相反するもので普通は扱えないし、人間たちとって神気とは善なるものらしい。
俺が神気を扱えることがルリにとっての裏付けになったようだ。
自分自身よく分からない能力ではあったが、そのおかげとあってはこの能力に感謝するしかあるまい。メキメキも持っている能力に名前とか付けてたし、感謝の意味を込めて俺もあとで名前を考えようと密かに思った。
「でもそれだと困ったなぁ~。もう明日だし困ったなぁ~」
俺の考えをよそにルリが考え事をしながら周囲をうろうろと落ち着かない様子を見せた。
「何が困ってるんだ? 俺で良ければ何でも相談に乗るぞ」
俺は犬歯を見せてニッコリ笑顔を見せた。客観的に見るとオオカミの顔での笑顔なので、怖く見えるかもしれないとやってから気づいた。だがルリは特に気にした様子は見せない。
「その気持ちは嬉しいけど……、でもでもこの話は秘密なの。それに良い悪魔さんだからって初めて会った人に相談するのは悪いの……」
もじもじして本当は言いたげな雰囲気をルリから感じるが、何か葛藤があるらしくどうにも歯切れが悪い。
ここはもう一押し何かきっかけがあれば話してくれるかもしれない。
「じゃあ、分かった。俺たち友達になろう。さっきは結婚とか変なことを言ったがよく考えると急すぎるし、お互いのことをよく知らないからな。友達なら困ったことがあれば相談するし、お互いに秘密なんてない。それに友達は大事な秘密を他の人に言わないから、秘密はちゃんと守られるんだよ」
自分で言っていて自分でもよく分からなくなっているが、友達ってそんな感じだろう。人間だった頃に友達多かったかを聞かれると辛いけど。
「友達? 本当にルリの友達になってくれるの?」
「本当さ。俺は君が大好きだからね」
「絶対、秘密は誰にも言わない?」
「もちろんだとも」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対だよ。俺は良い悪魔だからルリに嘘はつかないよ」
「それなら良いよ。友達になっても!」
ルリが俺に向かってニッコリ笑う。俺はそのまぶしい笑顔で気を失いそうになるが何とか堪える。
「じゃあ、俺たちは友達だ。改めまして俺はデシオン。よろしくな」
「ルリはルリータ・アスクトよ。よろしくね、でちおん!」
俺たちは互いに右手を差し出して握手を交わす。その手を無造作にブンブンと上下に振り回されたので、そのパワーでバランスを崩しそうになったが何とか踏ん張って耐える。
そして俺の手の肉球が気に入ったのか、やたらふにふにと揉むように触られた。
それにしてもルリは略称だったのか。アスクトってどっかで聞いた気がする名前だけどどこだっけ?
そこで別のことに気をとられてお互いに本題について忘れそうになっていることに気がついて、俺が話を切り出す。
「それでルリの悩んでることは何だい? 言ってごらん」
フィクションでよくある願いを叶える何者かの問いかけみたいな言い方になったが、別に意図したわけじゃない。
「えっとね、えっとね……」
ルリが照れくさそうにドレスの裾を伸ばした両手で握りしみて、もじもじしながら話を続ける。
「明日、悪魔を全滅させる作戦だから、良い悪魔がいるならかわいそうだなって……」
ルリが切り出した言葉は俺たち悪魔にとってまさに死刑宣告のようなものだった。
☆メキメキのちょこっと覗き見のコーナー
今回は一応主人公的な~デシオンのステータス紹介さ。
ちゃっちゃと紹介しちゃいましょ!
名前:デシオン
術傾向:特殊変異型
術精度:B
魔力量:B~A
神気量:D(現在、扱える最大値)
身体能力:C
成長性:S
特殊能力?:『名称不明』
非常に高い精度で神気を操ることができる。
自身の体に神気を蓄えられないので外部の神気に依存し、自分用の神気へ変換しながら使用するために扱える量が少なめ。
【戦力分析】
悪魔のくせに神気を操れるなんてズルいよね~。
能力的に融合強化型に近いんだけど、神気を使える独自性から特殊変異型っていう例外的な型に分類しとくさ。
まだ自分の力のこともよく分かっていないみたいだし、これからの成長に期待ってところね。
※評価基準
S……規格外
A……極めて高い力の達人
B……満遍なく秀でた実力
C……安定性があり一部秀でた力も有している
D……安定性はあるが秀でたものがない
E……実用性があるが不安定
F……適性はあるが実用性はなし
G……適正なし




