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妖怪×恋愛

最後はあなたの口付けで

作者: 来栖れな

また妖怪ものが書きたくなってしまって書いてしまいました…はい。


*舞台設定は明治大正あたりに似せた、別の世界のどこか…って感じのふんわり設定です。

*雪女の設定はやんわりと好きなように作らせて頂きました。


生暖かい目て読んで頂ければ有り難いです。

 それは都から遠く離れた山奥にある、とても小さな村であった。

 一年のうち半分ほどを厳しい冬に閉ざされるその村に、1人の若い青年が越してきた。名を、倉田幸四郎と言う。


 少し前まで軍人として働いていたが、肺を患う不治の病にかかり、この村へとやってきた。

 空気の良い土地で余生をとの本人の希望を、軍人として優秀だった身寄りのない彼への最後の餞別として、彼の直属の上司が用意してくれたのがその村にある小さな家だった。どうやらその上司の今は亡き母がずっと暮らしていた家だったらしく、今はもう誰も使ってはいなかったらしい。


 山奥にある小さな村ともなれば、よそ者を嫌がるかと心配したが、幸四郎の不安とは裏腹に村の者たちは皆、幸四郎のことを快く受け入れてくれた。というのも、この倉田幸四郎という男、どこにでもいそうな容姿をしている割に、そのはにかんだ笑顔はなんとも親しみを感じさせる、そんな変わった魅力を持つ男であった。

 元軍人と聞き、どんな厳しい顔をした大男かと思えば、なんともほっとする朗らかな気性の青年であったのだから、村人たちもそれは肩透かしを食らったようなものだった。


 とにかく、そうして幸四郎は村にあっという間に馴染んでしまい、気がつけば季節が長い冬の半ばへと差し掛かる頃になっていた。


 その日、雪がゆるくちらつく鈍色の空の下、幸四郎は山へと向かっていた。

 この頃の彼の病には体調に波があり、体調が上向いている時は山を登るくらいなら楽にできたので、年寄りの多い村人たちに代わり、面倒な重労働を引き受けるようにしているのだ。とはいえ、それも今はというだけであり、そう遠くない未来に幸四郎はきっと布団の上で寝たきりになるだろう。

 幸四郎はまだ人並みに自由の効く己の体に少し安堵しつつ、そのまま森の入口へと足を進めたのだ。


 いつものように扱いやすそうな木を選び、それをうまく倒すと適当な大きさに幹を切り、さらに薪に丁度良い大きさにまでその木を割っていく。そうしていくつか出来た薪束を、一日で持っておりれる量でそれぞれ纏めていき、そのうちの一つを背負い、行きと同じ道をしっかりとした足取りで歩いていく。


 その人を見つけたのはそんな山からの帰り道であった。

 山を抜けすぐのところで、白い着物を纏った女性が地に伏せるような形で倒れていたのだ。冷やっこく柔らかな雪の上で、彼女の額から流れた赤い血が、彼岸花のようにはっきりと赤く色を放つ。

 幸四郎は迷うことなくその人へと駆け寄った。


「もし、大丈夫ですか?もし…」


 肩を軽く揺すったのち、体を仰向けへと転がすと、その人は思ったより年若い女性だと見て取ることができた。額から滲む血はすでに止まってはいるが、他にも無数の打撲の痕、さらに凍えるような寒さの中外で倒れていたせいか、その体は氷のように冷え切っていた。


「これはまずいっ!」


 幸四郎は慌てて背負っていた薪の束をその場に放り出すと、その女性を代わりに背負い、急ぎ足で山から村への道を下った。




 パチっ、パチっと火鉢から時折響く音を聞きながら、幸四郎はそっとその人へと視線を向ける。とにかく助けなければと焦り、気がつかなかったが、その人の見目は今までに見たことがないほど整っていた。

 腰まで伸びたまっすぐで艶やかな長い黒髪、雪のように白い肌、涼やかな目元に、淡い色を乗せた口元、真っ白で飾り気のない着物も彼女が来ているだけで婚姻の儀での白無垢のようにさえ思えるのだからそら恐ろしい。

 幸四郎は水の入った桶に手ぬぐいを濡らし、その血や土で汚れてしまった美しい顔を丁寧に拭いてやる。すると、その人に触れられる感覚によって目を覚ましたのか、その女性は小さくまつげを震わせ、ゆっくりとその瞳を開いた。氷を思わせるブルーグレーの淡色な瞳が、緩慢に幸四郎へと向けられる。


「……ここは?」


「安心していい、私の家だ」


 高く澄んだ美しい女性の声。そんな彼女を安心させるように、幸四郎はニッコリと笑みを作る。


「……火鉢を、」


「ん?」


「火鉢を、少し遠くにして頂けますか?暖かいものは苦手なのです」


 まだどこかかすれ気味の彼女の言葉に、幸四郎はすぐに火鉢を彼女から遠ざけた。


「これでいいかな?」


「はい」


 幸四郎がそう問えば、彼女はどこか安心したようにほっと息を深く吐き出す。


「……大丈夫、好きなだけゆっくりしていくといい」


 そんな彼女の様子に何を思ったか。幸四郎はとても優しげな眼差しを彼女に向け、それだけを言って微笑んだ。彼女はその言葉に驚き目を丸くしていたが、しばらくして何を悟ったのか曖昧な笑みを返した。


 そうして幸四郎とその女性との生活1日目はゆっくりと穏やかに過ぎていった。




 その女性が幸四郎の家に来て2週間ほどが経った。女性は雪と名乗り、幸四郎の家のことを少しずつ手伝うようになった。痛々しかった傷も痣も消え、微笑む程度であった硬い表情もすっかり幸四郎に打ち解けた。


「ゲホッ……ゲホッ、ゴホッ、」


「っ!?大丈夫??」


 その日、幸四郎は昼餉の支度の途中で酷く咳き込んだ。雪はその音を聞きつけすぐに駆けつけると、優しく幸四郎の背を撫でる。ここのところ、幸四郎の体の調子はなかなか上向かない。一日のうちこうして咳き込むことも増え、昨日などは熱が上がり布団から出ることもできないほどであった。


「まだお休みになられてた方が…私1人でもお食事の支度は出来ますし」


「いや、大丈夫…少し煙を吸ってしまっただけだよ」


 心配そうに眉を寄せ幸四郎の顔を覗き見る雪に、幸四郎は青白い顔で穏やかな笑みを向ける。


「すまんねぇ〜、幸四郎さんはおるかぁ〜〜??」


 その時であった、

 玄関からそんな声が響いてきたのは。



 小さな村の中でも、比較的他の家とは距離のある幸四郎の家。そんなこの家の唯一のお隣さんである六兵衛さんはなかなかに気のいい人であった。

 歳はもう50を超えたくらいであるが、まだまだ元気に畑を耕し、家畜を育て、村でも皆のまとめ役をしている、そんな頼れる人でもある。


「幸四郎さん、おめぇ、顔色が随分とわるいが、だいじょぶなんか?」


「すみません、どうにもここのところ少し体調が落ち込んでましてね…」


 ここ数日あまり家の外に顔を見せない幸四郎を心配してやってきた六兵衛は、幸四郎の顔を見るなり般若のように顔を歪めながらそう幸四郎に詰め寄った。そんなどこか物騒にも感じる六兵衛の心配を、笑顔で往なしながら、幸四郎はゆったりとなんてことのないように説明する。


「あぁ…今年はまた寒さが厳しいからな……与助の奴も雪女を見たと言ってたし、もしかしたら冬が長いのかもしらんなぁ〜…」


「雪女……、私が村に来てすぐの頃に教えていただいたこの土地の妖怪のことですね」


「そだ。雪女が出ると大体その年の冬は寒く、長くなる。見かけたらこの村から遠のいてもらうために追い出すが…果たして、人の僅かな抵抗がアイツらに効くのかどうか……」


 うーむと真剣な顔で腕を組み唸る六兵衛に、幸四郎は曖昧な笑みを浮かべる。そこに、


「…失礼します」


「おっ、雪か。…ありがとう」


 厨で昼餉の支度をひとり進めていた雪が頃合いを見計らい、2人の元にお茶を持って現れたのだ。

 他にも人がいると思っていなかった六兵衛は、突如現れた雪の姿に目を丸くし、対して幸四郎はどこか困ったように笑いながらも雪に向かって礼を述べた。

 雪はそれが終わると役割は終えたというように丁寧に六兵衛へと一礼し、そのまま静かに厨の方へと戻っていく。


「幸四郎さんっ!誰だあのものすごい美人はっ!!」


「あ〜……」


 硬直から溶けた六兵衛が飛びつかんばかりに近づいて幸四郎にそう尋ねれば、幸四郎は珍しくどうしたものかと言い淀む。


「もしやっ!都からオメェを追いかけてきた恋人かっ!?」


「………実は、そうなんですよ」


 長い沈黙の後、悪戯を白状するように、幸四郎は白状するような顔で六兵衛の言葉を肯定した。その言葉で急にニヤニヤと笑い出した六兵衛が。幸四郎の詳しく話せと詰め寄る。


「もう私は先の短い身ですし、別れた方が良いと思い、置いてきたのですが……帰そうにも今は雪が深いですし、来た時も寒さのあまり倒れてしまったくらいですからどうにも心配でね。私もここのところ体調も良くないから、春までの間はここに居てもらおうと思っているのですよ」


「なるほどなぁ〜…いや〜、それにしてもそんな女がいたとは、幸四郎さんも憎いじゃねぇ〜の」


 幸四郎の説明を疑うことなく信じた六兵衛はそんな感想を述べながらニマニマと笑みを深めている。対して幸四郎は困ったように笑みを浮かべるだけだった。


 結局、六兵衛はちゃっかり幸四郎と雪と共に昼餉を取り、そのまま意気揚々と隣の家へと帰っていった。それをいつもの朗らかな笑みで見送る幸四郎を、雪はなんとも言い難い表情でじっと見つめていた。



 その夜のことだった。


「幸四郎、お話があります」


 珍しく雪が真剣な様子でそう幸四郎に声をかけた。


「…なんだい?」


 隠しきれない物悲しい空気に気がつきながら、幸四郎は穏やかな笑みを浮かべている。


「…もう貴方は、私が何者かわかっているのでしょう?何故追い出さないのですか?」


 今にも泣き出しそうに見える雪の真面目な表情に、幸四郎は困ったような笑みを浮かべただけで、何も言葉を返さない。


「私か火鉢が嫌いだからと家を寒いままにしているけれど、家が外と同じくらいには冷え切っていることにも気がついていたでしょうに。何故です?」


「別に寒いのは気にならないよ。もともと寒いのはそれほど嫌いじゃないからね」


「でもっ!貴方の体調はっ…どんどん、悪くなってるじゃないですか。…私を、雪女なんかをここに住まわせているから………」


 そう言って俯いてしまった雪に、幸四郎はさらに眉を下げる。


「雪…そんな顔しないでおくれ?」


 幸四郎が雪のすぐそばまで近づき、その細く白い手をそっと自分のもので包み込んだ。掌に感じるのはあの時と同じ、氷のようにひんやりと冷たい感覚。


「私が前は軍人だったという話はしたよね?」


 幸四郎の優しい声に、雪は小さく頷く。


「私はね、雪。軍人になるために国に育てられながら、ほとんど国のために働くことができなかった。沢山の人を戦争で殺した癖に、国のために未来を作ることができなかった。国のために死ぬこともできず、それなのに病になり、また戦場に戻ることもできない。どうしようもない男だ。ただいたずらに人を殺めただけ…そしてこれから先、人のために何も尽くすことのできない短い命」


 そこまで言って、幸四郎はもう一方の手をそっと雪の頬へと当てた。 また熱の上がり出した幸四郎の気だるい体には、雪の体温はとても冷たく、いっそ気持ちが良い。


「そんな私のしょうもない命を、好きな女のために使えるのなら、本望だ」


 そう優しくもはっきり言い切った幸四郎の顔を、雪は驚いたように見上げた。美しいブルーグレーの瞳が苦しそうに歪んでいる。


 "雪女が住み着いた土地は長い冬に閉ざされる"。

 "雪女は吹雪で迷った男を誘い、その精を吸い尽くし、男の命を奪う"。


 村に来てすぐの頃、六兵衛が幸四郎に教えてくれた雪女の話だ。


「最初は気がつかなかった。だけど、家に運んですぐにそうなんじゃないかと思った。けれどその時にはもう、お前の姿に恋してしまっていた。…怪我が治って、落ち着いたら話をして、出ていってもらおうとも考えた。でも、お前と日々を共にし、お前の心を知り、私はお前を愛するようになった。そうしたらもう、この先行き短い命がお前のためになるなら、それが一番いいような気がした」


「そんなっ!」


 涙ぐみ何かを言い返そうとする雪の口を、幸四郎は人差し指でそっと押し留める。


「お雪、いいんだよ。私は私の我儘で見ないふりを、知らないふりをしたんだ。それで勝手に弱っていく男を雪女(きみ)が哀れむ必要はない」


「でも、私がさっさと出ていけば幸四郎はっ!ここまで体調を崩すことなく、もっと…ながく……」


 雪の美しい瞳が涙で潤み、それが目尻から溢れ、氷の塊を床に落とす。コトッ、コトッと、それが鳴らす音が増えるたび、家の温度はだんだんと冷えていくようだった。


「お雪、いいんだよ。お前の手で、私を殺しておくれ」


 そう優しく笑った幸四郎は、嫌々と首を振る雪の頭の後ろを抱き込み、そっと自分の方へと引き寄せる。


 自然と重なる唇。


 幸四郎が冷たさを感じたのは一瞬で、そのすぐ後にふわりっと力の抜けるような妙な高揚感に襲われる。

 (愛しているよ、雪)

 言葉にはならなかった最後の言葉。

 幸四郎が暗転する意識の中最後に目にしたのは、雪の悲しくも美しい、泣き顔であった。





 山奥にある小さな村は、寒さが緩み始めていた。

 その村の一番端にある小さな家の庭では、一本だけ植えられた梅の木が小さな蕾を膨らませている。


「…死ねなかったか………」


「何か言いやしたか?」


「いや、…春になったなと」


 布団から身体を起こし庭をぼんやりと眺める幸四郎の傍らで、六兵衛が甲斐甲斐しく果物を剥いている。


 あの日、幸四郎が意識を失った後、そのまま死ぬことはなく、倒れているところをすぐに村人によって発見された。女性の悲鳴のようなもので駆けつけ、一番はじめに幸四郎を発見したのは六兵衛だったのだが、その時には悲鳴の主も、雪もその場に居なかったという。


『数日目が覚めなくて、心配したんだからなぁっ!?』


 起きざまにそう六兵衛さんに泣きつかれた幸四郎は、何が何だか分からず、とりあえず六兵衛を宥めるのに苦労したのはいい思い出だ。

 あれからもう一月ほど。何だかんだ幸四郎が体調の波を何度も乗り越え、ようやく身体が起こせるようになった頃には冬が去り、春が訪れた。すっかり過保護になってしまった村人たちが代わり番こに幸四郎の面倒を見るのがもはや恒例になりつつある。


「なぁ、六兵衛さん」


「なんだぁ?」


「…私は、また次の冬まで生きれるだろうか?」


「……生きててもらわなきゃ困るわっ!!」


 ほとんど吐き捨てるように言われた六兵衛の怒鳴り声に、幸四郎は困ったように笑みを浮かべる。


「そうだな…」


 しみじみそんなことを口にしながら、幸四郎がそっと瞼を閉じる。そこに映るのはあの愛しい人の姿…


「やはりお前に看取ってもらいたいからな…」


 そんな言葉を小さく呟き、幸四郎は幸せそうに笑みをこぼした。



あの幸四郎が倒れる日まで、雪は何度か口付けをして幸四郎の命を奪おうとしていましたが、どうしてもやり切れず断念していたり、ちゃっかり両思いであったり…

とかの私の技量で書ききれなかった設定をここに書いたりしてみる。笑


読了ありがとうございます。

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