おやすみ。
……あー。マイクテスト、マイクテスト。まあ、マイクじゃなくてスキルだけど、細かいことは気にしないでね。……うん、皆聞こえてるみたい?よかったよかった。
ごきげんよう、クソ民衆共。僕は新しい魔王だよ。お前等、この声知ってるよな?今まで散々助けてやったよな?そう、元勇者だよ。
現在お前等の脳みそに、直接話しかけてまーす。耳塞いでも意味ないよ、そこの馬鹿。見えてるよ?
凄いよねー、この水晶。勇者の行動、ぜーんぶ見れる。……一度に全ての勇者が見れないのは、まあ、人数の問題があるし。仕方ないけど。あ、こっち側からしか見えないけど、別にいいよね?僕の顔、覚えてるだろうし。問題ないよね。
なあ、そろそろ状況理解出来た奴、いないの?うわ、ポカーンとしてるやつばっかじゃん。ほんと、馬鹿ばっか。今から僕が分かりやすーく説明してやるから、感謝してよね。
じゃ、ざっくり言うけど、お前等はある一人を除いて、勇者に選ばれました!おめでとう!明日は盛大にお祭りしなくちゃな!勇者が決まったら祭りするのが決まりだもんな?あんなに僕やあの子が勇者に選ばれた時、馬鹿騒ぎしてたんだ。喜べよ。お前等も世界の為の生贄になれるんだ。ほら、喜べよ。
……信じてないね?現実逃避してもいいけど、お前等の体のどっかに勇者の証、付いてるからな?
今頃、勇者を管理してるつもりの奴等は、大慌てだろうね?次の勇者を選ぶ前に、自分を含めるほぼ全ての人間に証が付いちゃってるんだから。今度は僕、魔王がお前等を管理する番だ。
僕はぜーんぶ知ってる。この世界の淀みを消すために、一人の生贄に全ての淀みを押し付ける。そんな世界の仕組みのことを。一人のお人好しを呪いで死ねないようにして、溜まった淀みを生贄ごと消滅させる。そして、そのお人好しを次の生贄にする。そんな下水以下のきったねえ仕組みを。
……なあ、そんなクソみたいな仕組みに巻き込まれた、可哀想な女の子のこと、覚えてるか?綺麗な金髪の、青い宝石のような目をした、僕の前の勇者にして、僕の前の魔王。そして、僕の可愛い可愛い妹。僕の手で眠らせた、僕の一番守りたかった人。サフィー。
……その顔、覚えてないね?誰も覚えてない、ね?へー。そこの女、自分の娘と同じぐらいの子が生贄にされても、何にも思わないんだね?だって、自分が次の生贄に選ばれたことに恐怖してるだけだもんね?娘が選ばれたことは気にしてもないし。
残念ながら、お前も、お前の娘も、何ならお前の夫や愛人二人も、みーんな勇者になっちゃってるよ!一人じゃなくて、よかったね!傷の舐め合いでもしてれば?
どんだけ平和ボケしてんの?お前等。なあ、お前等が僕らの親を殺して、あの孤児院に預けたのもぜーんぶ知ってんだよ。何であの人達を殺す必要があったんだ?なら、どうして僕は生かされた?
ぜーんぶ、知ってんだよ。僕を生かしたのは、幼い勇者の心を完全に折れないようにする為。そして、次の生贄にして、僕もあの子も絶望していくのを、安全圏から眺めて楽しむこと。他人の不幸は蜜の味、とはよく言ったもんだよね、ほんと。楽しかった?なら、次は僕が楽しませてもらうよ。
僕とサフィーは、サフィーの前の魔王、僕等にとっての師匠に全てを教えてもらった上で、今まで生贄にされてきた者たちの願いを叶える為に、僕ら自身の命を使うことにした。ここまで準備できたのは、歴代魔王たちのおかげ。凄いよね、皆同じ願いを日記に記してたんだ。どんなお人好しも、みーんな最後はこの願いに辿り着くんだ。
知ってる?覚えてる?皆の為に働いてたのに、見た目のせいで蔑まれ、最初の生贄にされた魔王を。勇者になることを拒否したせいで故郷が消され、死ぬまで嘆き続けた魔王を。幼い子供を国に人質に取られ生贄になり、最後は自分のことを覚えていない我が子に殺された魔王を。それを知って絶望させられた、次の魔王を。自分は先が短いからと村娘を守って犠牲になった元長老の魔王を。結局生贄にされた元村娘の魔王を。勇者と魔王として出会い、互いに恋に落ちたものの、結ばれることのないまま死別してしまった二人を。……まだまだいるんだ。町が出来るぐらいにはいるんだ。
その皆が願った『こんな世界、滅んでしまえ』って願いを、僕等は叶える。その為に僕等は何度も死んだんだ。
なぁ、死ぬのって、凄く苦しいんだよ?痛いんだよ?そこまでしても叶えたかったから、僕等は何度も死んだんだ。そして、手に入れたスキルで、更には魔王達が残した魔法やスキルの欠片を受け継いで、やっとの思いでこの世界の仕組みに干渉出来たんだ。
……今、勇者を管理してたつもりの奴等が、必死に仕組みに干渉しようとしてるみたいだけど、無駄なんだよね。だって、僕の方がレベル高いもん。僕を超えられないと、仕組みは変えられないよ?
ところでさ、魔物が出た所ってある?無いよね。だって僕、一度も魔物出してないもん。今までの魔王が出した魔物も、出した本人が死んだら消えちゃうし。
魔物がいないとどうなるか、わかるかな?勇者はレベルがひっくいままで魔王を倒さなきゃいけない。このまま僕が淀みに飲まれたら……どうなるんだろね?弱いお前等は、僕のいる場所まで辿り着けないままで、我を忘れた僕が作り出した強ーい魔物達に蹂躙されるんだ。何度も死んでは生き返って、死んでは生き返ってって繰り返すんだ。僕だって長い間苦しむことになるけど、そんなの気になんないね。
あ、そうそう!言い忘れてたけど、勇者の『死ぬたびにスキルを得る』仕組みは廃止させてもらったよ。だから、強ーい魔物を何とか倒して強くならないといけない。この仕組みも、元に戻したかったら、僕を倒す前に僕より強くなってないと駄目なんだよね。魔王になってからじゃ弄れないし。しかも、全ての勇者のレベルの合計じゃなくて、改変する勇者一人のレベルが重要なんだよね。
まあ、運良く変えられたとしても、お前等が勇者であることは変えられないけど!ただ僕を倒すのが多少楽になるだけ!
ちなみに、勇者も魔王も新しく子供は作れないし、今お腹にいる子はみーんな、勇者の証が付いちゃってる。……やったね!いずれ人間は確実に滅ぶことになるよ!だって、残されたただ一人の人間だけじゃ、子供つくれないもん!
あ、仕組み変えずに僕を倒してもいいけど、何にもいいことないからね?お前等が魔王になるだけだし。そしてただ一人残された奴が次の勇者になる。そいつが魔王になった時、倒す勇者は存在しないから、そいつは世界が崩壊するまで苦しみ続けることになる!あ、もしかしたら、壊れた後も死ねないかもね。
まあ、仕組みに干渉する方法を知る一人でありながらも何もせず、苦労ということを知らないままぬくぬくと生きてきた奴だ。それくらい苦しんでもいいだろ。な?
……おいおい、そこの馬鹿、自殺しようとしても無駄だよ。もうみーんな蘇りの祝福をしてあるからね。もちろん勇者じゃない、ただ一人の人間にも。誰一人として、逃がさないからな。
せいぜい苦しめ人間共。最後の一人、この仕組みを作った奴等の末裔は、先祖でも恨んでれば?お前自身にも原因はあるんだけどな!まだ仕組みを知らされてない子等はご愁傷様。大人達を憎んでね!
ちなみに、『魔王が魔王城から出られない』仕組みは破壊したから、僕は魔王城にはいないよ。頑張って探してくれよな。お前等に僕の位置を知るすべはないから、世界の隅々まで探せばいいよ!
じゃ、会いたくないけど、僕が僕じゃなくなった頃に会おう!せいぜいその時まで震えておきなよ、愚かな人間共。……じゃあね。
勇者共の脳に繋いでた魔法の線を切り、もう出番のないだろう水晶を、その辺に転がす。
「さて、それまですることないし、寝てようかなー。……おやすみ、サフィー」
サフィーのお気に入りの場所だった、昔悪名高かった滅びた国の、美しい青い花の咲き乱れた花畑の中心。僕は妹の墓を背に座り、目を閉じた。見ててくれた?師匠、サフィー、そして今までの魔王達。……僕も、あいつ等を苦しめまくったら、そっちに行くからね。




