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4 鍵盤の状態確認

 ピアノの下から引きずり出したコンテナから、バッグを下ろす。


「んー……」


 しゃがみ込んだ姿勢のまま、コンテナ内の道具類を見ながらしばらくうなっていた蔵人は、再び立ち上がるとピアノの内部を見て腕を組んだ。


「んんんー……」


 腕を組み、うなり声を漏らしながら、蔵人はピアノの内部を見回し、続けてコンテナに視線を落とすと、ほどなく顔を上げた。

 そしてどこを見るでもなく視線を漂わせながらしばらく思案する。

 ライザはなにやら蔵人が悩んでいる様子に少し不安を覚えたが、彼がときおり低くうなりながら表情を変える姿がおかしくなってきたのだろうか。

 いまは口元に笑みを浮かべて、蔵人が首を傾げたりピアノを見たりする様子を観察していた。


「よし、掃除を先にやろう」


 現状を確認し、そこに昨夜演奏したときの感覚を交えて思案した結果、蔵人はまずピアノ内部の掃除を行なうことにした。


「なあ、ライザ」

「ん?」

「掃除機ってある?」

「ソウジキ……?」

「えーっと、そうだな……風の力でホコリなんかを吸い取る道具なんだけど」

「ああ、【吸引】の魔道具かな?」

「あるのか!?」


 正直ダメ元で聞いてみたのだが、どうやらこの世界には掃除機に近い機能を持つ道具が存在するらしい。

 それがあれば、作業がかなりはかどるのだが……。


「ウチにはないけどね、そんな高価な物」

「おう……そうか……」

「いや、そんながっかりしないでよ……。もしあったとしても、やっぱり魔道具の魔術作用が〈祝福〉に干渉する恐れがあるんだから、使えないって」

「そうか、そういうもんか……」


 またしても〈祝福〉である。


「それがないと、だめかい……?」


 申し訳なさそうなライザの態度に、蔵人は少し罪悪感を覚えた。


「いや、問題ない。あればちょっとだけ楽をできるってだけの話だ。なければないでどうとでもなるから」


 実際のところ楽になるのはちょっとどころではないが、蔵人の答えに安堵して息をついたライザの様子に、ここは強がって正解だったと彼も軽く胸を撫で下ろした。


(しかし掃除機もない、コンプレッサーもないじゃちょっとしんどいな……。まぁできることからやっていくか)


 気分を切り替えた蔵人は、作業を始めた。

 何をやっているのかよくわからないまま、ライザは彼の様子を観察し続ける。

 テキパキと動く蔵人の姿は見ていて飽きなかった。

 ほどなく蔵人は、鍵盤蓋を外されて剥き出しになった鍵盤の前に立った。


「ホコリっぽくなるけど、いいか?」


 問われたライザはちらりと後ろを振り返る。

 視線の先には厨房があり、彼女は少し思案したあと、軽く微笑んで頷いた。


「うん、このへんなら大丈夫だよ」


 ライザの答えを受けて、蔵人もうなずき返した。


「そうか、助かる。んじゃ、よっこいせ……っと」

「ひぃっ!?」


 ずるり、と鍵盤が引き出され、ライザは思わず悲鳴を上げた。


「ちょ……ちょっと、それ……」

「ん?」


 鍵盤が手前に引き出され、奥のアクションやハンマーがむき出しになったピアノの姿に、ライザは青ざめ、何度も言葉を詰まらせる。


「そ、それ、だ、だだ大丈夫……なの? 壊したんじゃ……?」


 なんとか言葉を紡ぎ、恐る恐る視線を上げると、自分を見る蔵人の口元に、なにやら意地の悪い笑みが浮かんでいることにライザは気付いた。


「ふふ、初めて見た人は大抵驚く」


 蔵人の言葉と表情に、しばらくぽかんとしていたライザだったが、すぐに眉をつり上げ、顔を赤らめた。


「あ、あたしをからかったのかい!?」

「ああ、いや、そういうんじゃ……。一応必要な行程だし?」

「むぅ……じゃあ、あたしを驚かすためのいたずらじゃないってことなんだね? ピアノは壊れてないんだね?」

「もちろん壊れてない! まぁ……ちょっと驚かせようかなぁと思わないこともなかったというか、なんというか……」

「ふん……!」


 機嫌を損ねて顔を背けたライザに、ちょっと驚かせすぎたかと蔵人は頭をかきながら反省した。

 もしかしたら彼女にとって……あるいはこの世界でのピアノの価値が蔵人の思っていたよりも高いものかも知れず、彼にとってはちょっとしたいたずらのつもりでも、ライザは深く傷ついた可能性もあることに、今さらながら思い至った。


「まぁ、壊れてないんなら、べつにいいよ」


 少し肝を冷やした蔵人だったが、顔を背けたままチラリと視線だけをこちらに向けたライザの反応に、軽く胸を撫で下ろす。


「驚かせて悪かったな。じゃあ作業に入るぞ」

「……うん。どうぞ」


 気を取り直して、蔵人は鍵盤に向き直ると、白鍵をひとつ持ち上げた。


「……っ!?」


 いつの間にかこちらを向いていたライザが息を呑んだが、蔵人は気にせず持ち上げた鍵盤の下をのぞき込んだ。


(やっぱりホコリがすごいな……ん?)


 一体何年放置しているのか、鍵盤の下にはかなりの量のホコリが積もっていたが、それ以上に気になることがあり、触れた白鍵をよく見ながら蔵人は首を傾げる。

 外したところでライザが目を見開いて何か言いたげにしていたが、とりあえず無視して白鍵を観察し続けた。


「ん……?」


 続けて黒鍵に視線を移す。

 それらをまじまじと見つめながら、眉間にしわを寄せた。


「んん……?」


 鍵盤を食い入るように見ながら蔵人は身をかがめ、黒鍵と白鍵を順番に注意深く見ながら首を傾げた。


(昨日、あれだけ弾いたのに……?)


 昨夜、結構な時間汗まみれの手で激しく弾き倒したにもかかわらず、鍵盤には汚れひとつついていなかった。

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