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18 無事閉店

 蔵人のピアノは4thステージのあと、さらにアンコールを2曲弾いて終了となった。

 その時点でホールの半分くらいは空席になったが、興奮覚めやらぬという客が遅くまで残り、閉店するころには日付が変わっていた。

 ちなみにこの世界の時間だが、元の世界と同様1日は24時間であることが判明している。

 時刻の感覚も、日本とそれほど変わらないようだ。


「おつかれさまでしたー」


 閉店後の後片付けに思いのほか時間がかかり、ホール作業のみと言う約束で雇ったウェイトレスのふたりに手伝ってもらって、なお深夜2時近くになってしまう。


「悪かったね、遅くまで。助かったよ」

「いーえ、むしろ臨時のお手当おいしいですー」

「ねー」


 ライザから受け取った日当を確認したふたりは、ほくほく顔だった。

 どうやら残業分もきっちり支払われているようだ。


「急なお願いだったのに来てくれてありがとねぇ。明日からもしばらく大丈夫かしら?」

「はーい!」

「うんうん! クロードさんの素敵なピアノ毎日聴けてお金までもらえるなんて、幸せよねー」

「うふふ、ありがと! じゃあ遅いから気をつけて帰るのよ?」

「「はーい」」


 フィルとのちょっとしたやりとりを終えて、ふたりは店を出て行った。

 こんな夜中に大丈夫かと思ったが、男性がふたり店の外で待っていて、ウェイトレスたちと合流していた。

 恋人か家族が迎えに来たというところか。


「フィル、助かったよ。あの子らがいなかったら今日は回らなかったろうね」

「まぁふたりがいてもきっちり回ってたとはいえないわね。明日はもう2~3人声かけてみるわ」

「明日? 明日もこんなに人が来るのか?」


 今日は特別忙しかったのだろうなと思っていた蔵人が、ふたりのあいだに割って入る。


「そうだねぇ。その前にひとつだけ」


 そう言ってライザは少し緊張した面持ちで蔵人に向き直った。


「明日からもクロードにウチでピアノを弾いて欲しいんだけど、いいかい?」

「え……?」


 ライザに問われて蔵人は戸惑った。

 というのも、彼は明日以降も当たり前のようにこの店でピアノを弾くつもりであり、ライザに問われてそんな自分の心境に気付いたからだ。


(ピアノに対する執着でも生まれたか?)


 右も左もわからぬ異世界で、唯一元の世界とのつながりを持っていそうなのが、ロードストーンのピアノである。

 それがいつの間にか心のよりどころになり、離れ難くなっているのだろうか?

 そう思いながらふと意識をライザに向けると、彼女がなにやら泣きそうな顔になっていることに気付いた。

 返事が遅いせいで不安になっているのかも知れないと思い、蔵人は彼女を安心させるべく微笑んだ。


「ライザさえよければ、ぜひ弾かせて欲しい」

「そうかい! ありがとっ!!」

「うふふ、だったら明日以降もしばらく忙しくなるわね」

「だね。今日もお店がいっぱいだったから、諦めて帰った人も多かったみたいだし」


 あれだけ忙しい中でも、ライザは店外の様子をある程度把握していたようだ。


「あ、そうだ。えっと、その……」


 ライザがなにやら言いづらそうな雰囲気で、チラチラと蔵人に視線を送る。


「宿は、どうする……? ウチでよければ、その……」

「あー……」


 これに関しても、蔵人はライザの世話になるのを前提に考えていた。

 日本にいたころは、出会って間もない女性の家に転がり込むなど考えたこともなかったのだが。


(住む家がない、ってのが大きいのかなぁ……)


 我ながら随分と大胆なことをしているなと思いつつ、ライザを見返した。

 少なくとも彼女の様子から拒絶の意志は感じられない。


「ライザさえ、よければ……」


 蔵人の返答を聞いたライザは、ただでさえ赤くなっていた頬をさらに濃く染め、慌てて視線を逸らした。


「あ、あたしは大歓げ……あ、いや、その……問題ない、よ……?」

「そ、そうか。じゃあ、その……お世話になります」

「えっと、うん、よろしく」


 なんともぎこちないやりとりの途中でふと視線を動かすと、ニヤニヤと笑みを浮かべたフィルと目が合った。


「そういや……! その、あれは、大丈夫なのか?」

「あれってなにかしら?」

「あれだよ、途中で入ってきた、ウィードといったかな?」


 いまの空気にいたたまれなくなった蔵人は、フィルに話しかけて無理矢理話題を変えた。


「なんかライザに随分とご執心みたいだったから……」

「あらぁ、それならダーリンに任せとけば大丈夫よぉ」

「ダーリン?」


 フィルの口からダーリンと聞いて、蔵人はふと自分の下半身に視線を向けた。

 いま穿いているぶかぶかのズボンが、たしかフィルのダーリンの物だったはずだが……。


「もしかして、あの牛みたいな……?」

「ガエタノっていうの。素敵な人でしょ?」


 どうやら自分を救ってくれたギルマスと呼ばれていた男が、フィルのダーリンであり、名をガエタノというらしい。


「そこそこ高ランクとはいえ、冒険者がギルドマスターの前で問題起こしたんだ。そうとうキツいお仕置きがあるだろうねぇ」


 話題が変わったことですっかり調子を取り戻したライザが、ウィードを哀れむように肩をすくめた。

 フィルのダーリンである牛獣人のガエタノは、この町にある冒険者ギルド支部のギルドマスターであることが、その後のちょっとしたやりとりで判明した。


「さーて、食材も空っぽだし、明日も忙しくなりそうだから、早くから仕入れと仕込みが必要ね」

「だね。お酒もすっからかんだわ」

「じゃ、ワタシは帰るわね。アナタたちも、早めに寝なさいよ?」


 少し人の悪い笑顔とともにウィンクを残して、フィルは店を出て行った。


「えっと、フィルの言うとおり、早く寝ないとね。だから……」


 ライザがトン、と蔵人の胸に触れる。


「おう……?」


 次の瞬間、蔵人はなにやらすがすがしい気分になった。


「本当はお風呂を用意してあげたいんだけど、落ち着くまでは【浄化】で我慢して」


 どうやらライザが魔術で身体や衣服を綺麗にしてくれたらしい。

 昨日は寝ているあいだに受けてあまり気付かなかったが、一瞬で身体の汚れが取れるというのはなかなか不思議な感覚だった。


「ありがとう。でも魔術って疲れないのか?」


 ゲームのようにMP(マジックパワー)に類するなにかがあって、魔術を使うとそれが消費されるのではないか、場合によってはそのことが疲労に繋がるのではないかと懸念したのだが、ライザは軽く笑みを浮かべたまま軽く頭を振った。


「大丈夫。あたしは人より魔力が多いから、生活魔術くらいじゃ全然疲れないよ」

「そうか。それならよかった」

「ふふ……心配してくれてありがとね」


 心底嬉しそうにしていたライザだったが、また困ったように眉を下げた。

 先ほどから何度か見たような表情で、チラリと蔵人を見る。


「あのね、2階にいくつか部屋はあるんだけど、なんていうか、その……散らかってて、片付ける暇が――」

「今夜もライザと寝たい」

「――は? え? ええっ!?」


 自分の言葉を遮るように放たれた蔵人の言葉に、ライザは驚いて目を剥いた。

 蔵人としては先ほどからライザの提案に追随するばかりだったことを少し情けなく思っており、勇気を振り絞って答えたのだった。

 そして堂々と答えた風だった蔵人だが、顔が真っ赤になっているのを見てライザはふっと表情を緩めた。


「ふふ……。うん、蔵人が、いいなら……」

「お、おう……じゃあ、寝るか。明日も早いし……」

「うん……」


 翌日、ふたりは少しだけ寝坊した。

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