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長い夏期休暇までの日数を指折り数えながら、シャラマイユ学院の生徒達は青春の日々を過ごしていた。
貴族の子息子女が集まる学院でも、恋愛は基本的に自己責任である。将来を見据えての真剣な付き合いもあれば、学院に通う間だけと割り切った恋人関係もある。
特に、女性側の身分が男性と比べて一段と高位な場合は割り切った関係になる傾向にあった。元の爵位よりも低い爵位の男に娘を輿入れさせる親は少ない。
つまり、平民のテディが学院で恋愛をするとしたら、その恋は学院にいる間限定になってしまうことになる。
だからテオドールはテディが学院では恋人を作ることはないだろうと考えていた。テディは現実主義的な態度をとりがちだが、ああ見えて実はロマンチストの一面がある。期間限定の恋なんて出来ないだろう。出来ない恋をするようなテディではない。学院にいる間は色恋沙汰はなさそうだ。
その予測が外れているのではないかと思い始めたのは、テディがアリスに向ける視線が他のものとは違うと気づいた時である。
眩しいものを見るような、何か形容しがたい感情を湛えた目でアリスを見ている時がある気がするのである。糸目のテディの瞳を見たことはないが、なんとなくそう感じたのだ。
テディはアリスに恋をしているのではないか。アリスもテディのことを憎からず思っている節があるし、二人が結ばれればこれ以上ないくらいシナリオから逸れる展開だ。リーゼロッテは修道院に行かずに済むし万々歳である。
ということをリーゼロッテに話してみた。
「友達の恋愛を都合が良いという理由で応援したくないわ」
冷たく一蹴される。
いつものベンチで、いつものように放課後に集まり、いつものように駄弁っていた。いつもと違うのは、所用があると言っていたテディがいない事とアリスが熟睡している事ぐらいだ。
ただ、アリスの熟睡はここ最近ではよくあることで、いつものようにと言っても違和感はなかった。
リーゼロッテの氷のように冷ややかな目に焦ったテオドールが慌てて弁解を図った。
「違う、違うぞ。そうなったらみんな幸せになれるのになって思っただけだ」
「そうでしょうね。その《みんな》に兄様は含まれていないようだけど」
「あ」
「兄様ったら、いつの間にこんなに影が薄くなっちゃったのかしら」
リーゼロッテは悲しそうに小さな微笑みを浮かべた。が、すぐにケロリと表情を変えた。リーゼロッテにとっても兄はそこまで重要事項ではないのだ。
「とりあえず見守りましょ。私もアリスはテディを慕っているとは思うけれど、テディがアリスに抱いてる感情がどんなものなのかよく分からないし」
「いい感じになってくれないかな」
「たしかにアリスにとっても都合が良いのよね。テディは継ぐべき家督も無いから伯爵家に婿入りできるし、伯爵としてやっていけるだけの能力はあるだろうしね」
そうそうとテオドールが頷く。自分の従者が褒められて嬉しくないわけがない。
「テディは多才だからな。俺の従者にしておくにはもったいないぐらいだ」
「次期宰相様の従者もかなり優秀だと思うけど」
「あいつにはもっと相応しい場所があるはずなんだよ」
よほどテディの才能を買っているらしい。テオドールの熱心さがあまり理解できなかったリーゼロッテは首をひねった。テディはテオドールにそこまで言わせるほどの男だっただろうか。
「人の弱いところを見つけるのが異常に上手いんだよな、あいつ。器用に何でもこなすし敵に回すと怖いタイプだ」
「まあ演劇の時なんかは凄かったけどさ」
「それに、忘れてるかもしれないけど学院の特待生だからな」
そう言えばそうだったわねとリーゼロッテが思い出す。特待生は毎年選抜されるわけではない。王国が欲しい本当の優秀者のみが学費・生活費全額免除の特待生になれるのである。当たり前のように流していたが、シャラマイユ学院の特待生に選ばれるということはすなわち、平民でありながら国の中枢で働く力を持つという事なのだ。
「もしかしなくても、テディは従者をやめてしまうのね」
「だろうな。寂しいけど」
言葉とは裏腹に、テオドールは誇らしげに笑っていた。
「俺はテディに能力に見合った地位について欲しい。アリスと結婚して爵位を手に入れたら、もっとその力を存分に振るうことができるようになるだろう? だから、本当に思い合っているのなら、二人を応援したい」
「そう」
テオドールの決意に相槌をうち、リーゼロッテは当の本人であるアリスに目を向けた。
アリスは相変わらず寝こけている。テーブルに突っ伏し、赤い艶やかな髪を辺りに惜しげもなく散り乱していた。
アリスは時折、こうやって一心不乱に居眠りをするようになっていた。毎日リーゼロッテと同じタイミングで就寝しているはずなのだが。
なぜ、アリスはこんなにも睡眠不足なのだろうか。
「お待たせしました。あれ、アリスさんはまた寝てるんですか」
「遅かったな」
用事を済ませたテディがベンチに駆け寄って来た。あんなに熱くテディを語っていたテオドールが、さも何もなかったかのような顔をして対応する。
リーゼロッテはまだアリスの寝顔を眺めていた。夏が近づき日差しが強くなった夕方、眠って体温が高くなっているアリスの額には汗が滲んでいた。
こんなに寝ても、ベットに入ればリーゼロッテが眠りに誘われるよりも前にアリスは深い眠りについているのだ。
何か、おかしい。
「テディ、用事は何だったんだ? お前が学院内で一人で行動するなんて珍しい」
「ちょっと落し物を届けに。あと僕が一人じゃ何も出来ないみたいな言い方はやめて下さい」
「そんなこと言ってないだろう」
思考に耽るリーゼロッテを差し置いて、テオドールとテディは雑談をしている。その中のテディの言葉に、リーゼロッテが反応した。
「落し物」
「え? ああ、はい。白いハンカチが」
「そうじゃなくて。アリスが居眠りをするようになった日、王太子殿下が落し物を届けてくださったわよね」
「そうだったな」
それがどうかしたか。そう言って怪訝な表情を浮かべるテオドールとテディに、リーゼロッテが言った。
「その落し物のノート、アリスはそれ以降使っていたかしら」
「そんなの……あれ?」
「使って、ないかもしれないですね」
三人は、顔を見合わせた。示し合わせたかのように同じタイミングで眠るアリスを見つめる。
もちろん、起きる気配はなかった。
「アリスは、王太子殿下とどういう関係なのかしら」
あの一件以降、リーゼロッテが知る限りではアリスと王太子は接触していない。思うと、不自然ですらあるかもしれないくらいに。廊下ですれ違うことすらもないのだ。
ヒロインと攻略対象であるにもかかわらず。
リーゼロッテは息を吐き出した。ため息と呼ぶにはあまりにも小さく、吐息を漏らすと言った方が適切だろうか。
「……アリスが話してくれるまで、待ちましょう」
「良いのか?」
「もちろん。友達の秘密は勝手に暴きたくないの。何か事情があるのね、きっと」
「そうですね」
アリスと王太子の関係が怪しいのに平然とした顔をして嫉妬や焦りを何も感じさせないテディに、テオドールは内心がっかりした。




