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悪役令嬢は嫌われたい  作者: あさり
本編
2/71

 

 舞台は中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の大国、オルネイア王国。あなた(ヒロイン)は地方都市アクスムの商家で働く平民の少女だったが、トイドール伯爵のたった一人の孫だったことが発覚! トイドール伯爵家の跡取りとして、王都にある王国立シャラマイユ学院に通うことに。そこで出会ったのは、王太子レオナルド、宰相子息テオドール、騎士団長子息クラウス。三人の貴公子に目をつけられちゃったあなた。ドキドキキュンキュンの学院生活が始まる!



 「……とまあ、こんな感じで。ヒロインは俺かレオナルド殿下かクラウスさんの誰かと結婚して、めでたしめでたし」

 「え……と、ひとまず、休もっか?」

 「正気だ! 熱も出てない!」


 身を乗り出して額に手を伸ばしてくるリーゼロッテに、テオドールは顔を真っ赤にして言い返した。


 「本当なんだ! 前世の記憶と現世の状況がほぼ一致してるし」


 自分でも無茶苦茶なことを言っていることがわかっているのだろう。テオドールはなんとしてでも信じてもらおうと必死に言い募る。


 そんなテオドールの言葉を聞き、リーゼロッテはふとテオドールの介抱ーー額に手を当てて熱をはかり、扇で優しく風を送るーーをやめた。


 「あんた、転生者だったの?」

 「あん? そりゃまあ、乙女ゲームなんてこの世界にないだろ」

 「うっそ」


 ウソでしょ。


 実は、この世に転生者ーー異なる世界から生まれ変わった者というのは一定数いる。前世の記憶があったり、覚えのない技術を生まれながらに持っていたりと人によってその現れ方は様々だが、テオドールの場合は前者であるらしい。


 基本、転生者は発覚次第すぐに王家の手によって手厚く保護される。転生者の技術や知識は、世界を一変しかねない超重要機密とされることすらある。


 そして、テオドールの『乙女ゲーム』なるものの記憶は超重要機密中の超重要機密になるのではないかと思われた。


 「その乙女ゲームっていうのが、本当だとして……」

 「本当だってば」

 「あんたはこの世界の未来がわかるってこと?」

 「全てではないけど、これから三年以内のことなら、大体わかる」


 あっけらかんと言い放ったテオドールに、リーゼロッテは頭を抱えた。見た目はクールで秀才に見えるテオドールだが、実際はそこまで頭は良くない。勉強はできるがアホである。どちらかというと脳筋で、小さい頃の将来の夢は騎士だった。いや、今はどうでもいい。


 「おじ様は知ってるの?」

 「いや、まだリズにしか話してない」


 なんで、とは思わない。テオドールはそういう男だ。自分の一大事は真っ先にリーゼロッテに相談するし、リーゼロッテの一大事は自分のこと以上に深刻になる。


 「父さんに話したとか話してないとか、そんなのはどうだっていいんだ。俺は、前世の記憶を思い出したからこの世界の未来がわかる。だから……」

 「だったら、早く国の中枢に伝えて保護してもらわないと。まだ誰にも言ってないのよね? あなたの存在は、王国にとってとてつもなく重要になるはず」

 「そんなのはどうだっていい! 大事なのは、このままだと、リズが三年後に修道院に放り込まれるってことだ!」


 何を言っているんだこいつは?


 リーゼロッテは自分の耳を、そして目の前の青年のことを疑った。


 「え……なんで?」


 反射的に、リーゼロッテは尋ねていた。普段の自分の行いを顧みても、修道院に入れられるほどの悪さはしていない。せいぜい、人前では猫をかぶって優しく美しい侯爵令嬢を演じているぐらいだ。噓をつくことが罪だという教えを説く国教会からすればもちろん罪人になるだろうが、世間一般に見ればなんてことはない。ただの処世術だ。


 呆然とするリーゼロッテを前にして、テオドールは申し訳なさそうに眉で八の字を作った。冷ややかな印象を与える容貌からはかけ離れた、なんとも情けない顔である。


 「その、言いにくいんだけど……リズはゲームの中では悪役だったんだ」

 「悪役」

 「ヒロインと攻略対象ーー殿下とかクラウスさんとか俺の仲を引き裂こうとしてヒロインに妨害工作をした挙句、エンディングで告発されてマグレス侯爵(おじさん)に勘当される、という役どころです」

 「え、なんで?」


 このなんでは、何故そんなことをしなければならないのか、という意味である。


 「テオと殿下はまだわかるわ。私の婚約者になることだってあるだろうから。でも、クラウス兄様との中を引き裂くのはどうして? 私は兄様のことは好きだけれど、男性としてでは無いわよ?」

 「クラウスさんルートだと、リズはブラコンをこじらせてほぼヤンデレと化していた」

 

 ここに宣言しよう。リーゼロッテは決して兄に対して恋愛感情は持たないし、執着もしない。王太子殿下がどんな女性を妻にしても文句は言わないし、自分がなろうとも思わない。


 テオドールについては、ちょっと考えさせてほしい。


 「そう、なのね。私が醜い嫉妬をしなければ、修道院に入らなくて済むの?」

 「それは分からない。今までのこの世界はとりあえずゲームのシナリオ通りに進んでいるみたいだし……ただ、今から出来ることはある」

 「なに?」


 リーゼロッテは期待を込めて、テオドールを見つめる。最初にテオドールに向けた期待とは全く違う種類のものだった。


 そんなリーゼロッテの空色の瞳をじっと見つめ返し、先ほどの情けない様子とは打って変わったテオドールが、自信をわずかににじませて口を開いた。


 「嫌われろ」

 「は?」


 本日二回目の間抜けな声が、可憐な唇からこぼれた。




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