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悪役令嬢は嫌われたい  作者: あさり
本編
13/71

13

 クラウスの様子がおかしいことに気づいたのは、妹のリーゼロッテだった。


 普段の堂々とした居住まいが一転、妙にソワソワしている。


 演目を決める話し合い中もどこかをボーと眺めて上の空。


 極め付けは、時折心臓のあたりを手で押さえて苦しそうな表情を見せるのだ。ただ事ではない。


「お兄様、ちょっと……」


 小さく手招きをして兄を教室の外に連れ出す。事によっては、秘匿にして家に速達を届けなければいけなくなるかもしれない。


 いや、その前に病院だ。もし次期当主に何かあればマグロス侯爵家の今後に関わる。それに、リーゼロッテのお気楽令嬢ライフも終止符を打たれるのかもしれないのだ。それだけは避けねばなるまい。


 様々な御託を並べるリーゼロッテだが、本心はただ一つ。兄が心配なのだ。滅多に病気をしない兄のことだから、体調が悪くても医者にかかるなんて発想がまずないだろう。


「先ほどから様子がおかしいですわ。体調が優れないのであれば、お医者様に診ていただいたほうが……」

「いや、医者に行くほどではない。ただ、たまに動悸が激しくなるだけだ」

「そんな……」

「アリス嬢に会ってから、急に心臓がおかしくなってしまったようでな。こんな動き方は稽古の時もしない」

「……ん? アリス……様に、会ってから?」


 想定したものとはかけ離れた事が原因の体調不良なのかもしれない。


「なぜだか、アリス嬢の笑顔を見るたびに心臓が過剰運動をするようだ。彼女から目を離す事ができないのに、彼女と目が合うと自分から逸らしてしまう。これは病気と言えるのだろうか?」

「お兄様、それは……」


 それは、恋ですわ。


 そう言う事を、リーゼロッテは一瞬躊躇した。


 アリスはヒロインである。そして、クラウスは攻略対象。


 クラウスがアリスに恋をすることは、本当にクラウスの意思なのだろうか?


 この世界が乙女ゲームであるとテオドールから聞いた時から、リーゼロッテは考えていた事がある。


 __登場人物たちの意思は、本当に自分自身のものなのだろうか、と。


 そう思うと途端に自分の意思が正しいものなのか不安になり、リーゼロッテは普段よりもずっと《ご令嬢らしくない》行動をとるようになっていた。シナリオの悪役令嬢は、完璧なご令嬢だったらしいから。


 その最たるものが回し蹴りである。


「リーゼロッテ? どうかしたか」

「いえ、なんでもないですわ」


 しかし、アリスに会ってからリーゼロッテの考えは変わっていた。


 アリスは自由だ。何者にも縛られず、自分の意思で行動している。そうでなければ、ヒロインが悪役令嬢と仲良くしようとするはずがない。テオドールには全く異性としての興味を抱かないし、なんだったら攻略対象でもなんでもない人をかっこいいと言っていたりする。


 そうして考えると、テオドールもシナリオとはかけ離れた行動を取っている。シナリオのテオドールはクールで腹黒でドSだったそうだ。実際のテオドールとは正反対である。そもそもテオドールのタイプは小柄で守ってあげたくなるような小動物系女子でアリスとは真逆なタイプだ。アリスに恋をすることもないだろう。


 登場人物に該当する人たちは、シナリオ通りに動くわけではない。もちろん、リーゼロッテも。


「お兄様、それは、恋ではないでしょうか」


 そう思う事ができたから、リーゼロッテはクラウスに告げる事ができた。


 それは恋だと。あなたはアリスに一目惚れしたのだと。


「……コイ? それは、池にいる……」

「本当にそう思ってらっしゃるのですか?」

「いや冗談だ。そうか、これが恋か。思っていたよりも、なんだ、あっけないものだな」


 拍子抜けした様子のクラウスは、恋をなんだと思っていたのだろうか。リーゼロッテは自分の兄の木石ぶりに情けなくなった。


 そして、そんな兄を恋に落としたアリスは、やはり魅力的な少女なのだと思い直す。クラウスとアリスが結ばれるためにも、アリスに不埒な輩が近づかないように守ってあげなければと決意した。


「で、恋をしたら次は何をすればいいのだ?」

「……わたくしに聞かれても困りますわ」


 決意を新たにしたリーゼロッテだったが、アリスを守る以外にクラウスの力にはなれそうもない。なにぶんこういう事には疎いのだ。恋愛経験はほとんどなく、今も初恋真っ最中だ。もちろん、テオドールに対して。


 それは誤魔化してそれらしい理由を言う。


「殿方と女性では対応も違うでしょうし」

「じゃあ、テオドールに相談しよう」

「それはお辞めになった方がよろしいかと」


 テオドールは甘い言葉を吐くこともあるが、あれは狙って行なっているわけではない。モテるが女性の扱いは上手くない。率直に言って下手だ。


 そんな内容をオブラートに包んで伝えると、クラウスは『それもそうだな』と納得した様子でうなずかれた。テオドールが夜会で壁の草に徹していたことは、広く知られていることである。ましてや、テオドールと親しいクラウスは壁の草に徹する真の理由《初対面の人と関わるのが苦手》を知っているだろう。


「お友達にご相談するのがよろしいのではありませんか」

「恥ずかしいだろう」


 妹に初恋の相談をするのは恥ずかしくないのだろうか。


「そうだ! テディに相談しよう」


 名案を閃いたように顔を明るくするクラウス。


 リーゼロッテも兄の恋愛に付き合っていられない。しかも相手は自分の友達である。どんな顔してお互い付き合えばいいのかわからない。小説ではよく見るシチュエーションだが、現実で起こると面倒くさいのだ。


「それがよろしいですわ」


 よって、リーゼロッテはテディに丸投げする事にした。


 ___ごめん、よろしく。


 心の中でテディに謝り、勇んでテディのもとに向かう自分の兄を見送る。


 教室内に戻ると、渦中にあるアリスが何も知らずに駆け寄ってきた。


「リズさん! リズさんがシンデレラをしますよね!?」


 途中から抜けていた演目決めの話し合いは、シンデレラに決まったようだった。





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