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剣士と幼魔の奇想曲  作者: F.Koshiba
第2話 桜火剣乱の一日(全12部)
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3.花と散れ

 翌日、件の依頼を正式に請けたラウルは、ニーナを連れて外界へと赴いた。同行するのは希望した通り、シャラとレスター。シャラは片手持ちの剣と小盾の使い手、レスターは弓と短剣の使い手である。魔法を併用し、近距離から遠距離まで戦闘をこなしながら味方のサポートも出来るので、戦う手段が大剣一本しかないラウルは、日頃より彼等を頼りにしている。

 今日は休暇にしてカガリザクラの開花を見物に行く予定だったが、ラウルに『仕事ついでに別の花が見頃の場所を案内するから』と頼まれ、急遽こちらに来た二人。恋人同士で本来デートの筈だったので、場所が外界だろうとそれなりの身だしなみをと、シャラの紅をした鎧も、レスターの群青をした胸当てと脛当ても、綺麗に磨かれている。

 けれどいま彼等の前にあるのは、その輝きを曇らせる景だった。

「……ねえ、まさかこれがラウルの言ってた、花?」

 街道となっている断崖の下に沿って辿り着いた、問題の谷。川は干上がって久しく、今はからからの砂が溜まっているだけ。そして両手の絶壁には、シャラが眉をひそめて尋ねたものがびっしりとはびこっていた。へどろじみた暗色の太い茎が人の影を連想させ、それらが掲げるように咲かせて垂れる、赤錆色の不気味な花々。

「ああ、ホーネットが好んで食う『ガケボウシ』だ。奴等はこの花の盛りに、群生地近くで巣を作る。俺の田舎もガケボウシが生えやすくてよ、子供の頃からホーネットが寄ってこないように、まめに除草を手伝ってた。懐かしいなー」

「お前の思い出話はどうでもいい。とんだ花見だ」

 レスターは馬鹿らしいといったふうに、普段より整えていた金の癖毛をくしゃくしゃと乱す。

「ニーナちゃん、ごめんね。私が思ってて話した花とは随分違っ――」

 シャラが申し訳なさそうに振り向く。しかし思っていたのと違ったのは、そこにいるニーナの反応だった。

「すごい! へんな花いっぱい、おもしろい!」

 ガケボウシを映す彼女の目は、実にきらきらとしていた。この花を見るのは初めてだったらしく、興味津々の様子だ。自分のお古である赤いポーチも嬉しそうに下げられていて、シャラの落胆は少しだけ和らぐ。

「……うん、ニーナちゃんがいいなら、いい、のかしらね」

「ラウルは到底許されないがな」

 レスターに睨まれて、ラウルは詫びる。

「いや二人とも本当にすまん! せめてカガリザクラよろしく派手に散らしてみせるからよ、許してくれ」

「どうせガケボウシの始末も追加で依頼受けてきただけだろう」

 あっさり言い当てられ、ラウルは何も返せなくなる。だが気を取り直して、背の剣の柄を握った。

「と、とりあえずそういう事でこれからガケボウシをまとめて散らすが……ニーナ、花見は満足したか?」

「うん。もういい」

 確認を取ったラウルは頷き、谷の入り口に立つと大剣の切っ先を下に構える。

「よーし。それじゃシャラ、レスター。『散らした後の援護』……頼むぜッ!」

 言い終えると同時に片足を踏み込み、自分の身の丈近くある大剣を両手でもって一気に振り上げた。それの発生させた衝撃波が瞬時に谷間を駆け、岩壁のガケボウシを刮ぎ落として飛散させる。巻き起こった赤と黒の嵐と、何よりその嵐を剣の一振りで起こしたラウルに、口を開けて驚くニーナ。レスターは絶対に自分の側を離れないようにと言ってある彼女が足にしがみついてきたので、視線を落とす。

「ん、びっくりしたか? あれが剣士としてのラウルの力だぞ。……と言っても今やっている事は、単なる除草作業だが……」

 マロードであるラウルの『力持たぬ力』は、魔力を根源とする世界の法則から自分を解放する術。彼が他に類を見ない重量と寸法の剣を自由に振るえるのは、主に万物を縛らんとする地の魔力と、動作を妨げんとする風の魔力の影響を、減らす事が出来るから。自身や扱う物の重さと、それらに掛かる抵抗を自在に変化させて戦うのが、彼の基本スタイルなのである。ただ全てを思う動きに繋げるためには、流動的な状況に対応して複雑に絡み合ったあらゆる魔力の影響を、絶えず繊細に調節する技能が必須となる。それを体得するにあたって彼は過去に相当な修練を積んだのだが、それはまた、別途語る事となる話。

 風が収まって散らされたものが徐々に舞い落ち始めた頃、谷の奥から響いてきた低い騒音。それはじきと重みを帯びて轟音になり、下ろされた赤と黒の幕の向こう側から正体を現す。ラウルは、今度は前に剣を構えた。

「そうら、おいでなすったぞ!」

 縄張りを荒らされたホーネット達が、目に刺々しい真っ黄の群れを成して羽音で地面を叩き、侵入者に襲い掛かる。ホーネットは昆虫型の魔族。大きさは人族の頭身の半分ほどで排他性が強く獰猛、攻撃手段は噛みつく以外に針もあり、更に集団で標的を襲うといった危険度合いから、人族は彼等を常時駆除の対象としている。

 ラウルは駆け出し、群れに真っ向から突っ込んで行く。彼が踏み込んでは剣を振り上げ、また振り下ろす度に、ホーネット達はその剣身に直接触れなかった者まで薙ぎ払われて消し飛ぶ。彼等は数こそ多いものの外皮の装甲は薄いので、一体一体を討つのは難しくない。

 進むラウルの後方から、赤い閃光が彼を追い越して新たに迫っていたホーネットの一団を切り裂いた。シャラが自らの剣に宿らせた火炎は伸縮して広範囲の対象を迎撃し、最前線のラウルを援護する。

 元々の討伐募集対象が魔導士だった理由の通り、ホーネットは火魔法に弱いので、数の多さを考えれば物理攻撃で一体ずつ相手するよりも、こうして火魔法で一掃する方が効率的である。それに対して、『本来ならば』という但し書きを得物一本でまとめて相手する敵に叩き付け、ラウルは快進撃を続ける。

 その二人を更に援護するのは、彼等の上方から降り注ぐ火のつぶて。レスターが長弓で次々と上方へ放つ矢は、放物線の頂点で魔力の練り込まれた矢じりを分裂させ、ホーネットのみを追尾して的確に貫いていく。ニーナがレスターの側にいるよう指示されているのは、彼が遠隔攻撃に長け、敵から最も遠い立ち位置を保って戦いつつ彼女を守れるからだ。

 ホーネット達を撃破しながら、ラウル一行は谷間を突き進む。その中でニーナはというと皆について行くのがやっとで、意気込んでいたように黒魔法で敵を倒すなどとても出来ず、辛うじて片手に灯した火を振り回し、既に倒されたホーネットの塵を払うのがせいぜいだった。

 進むにつれ、向かい来るホーネットの群れの特徴的な黄色が徐々に薄らいでいく。数が減って密度が低くなっているのを感じ、ラウルは牙城の守りを固める猶予など与えまいとして、ますます足を速める。

 谷は中程で一度軽く左方へ折れ、再び右方へ戻る形にくねっていた。そこを過ぎて見えた谷の出口で、ラウル達は依頼にあった巣の全容を知る。

 崖上部の壁面には木が所々突き出して生え、ホーネットの巣は始めそれらを支えに作られたのだろうが、巨大化して今や両側の崖壁に接触し、まるで隙間にがっちりと嵌まり込んで落ちない球のような状態になっている。

 侵入者がここまで攻め込んできたというのに、巣は道中とは打って変わって沈黙し、辺りに静寂を漂わせている。足を止めたシャラは一度呼吸を整え、改めて巣を見上げる。

「はあ、思っていたよりも大きいわね。外壁の厚みはどのくらいあるのかしら」

 鱗状に見える黄土色の表面は、噛み砕いた木や岩を唾液で塗り固めて作られたもの。それが何層から成るのか外観だけでは窺い知れないが、並の火では通らないというのだから、相当な厚みでその堅固さを実現させているのは確かだ。

 ニーナを連れたレスターも追いついてきて、敵の沈黙を前に、やっぱりかと呟く。

「俺達を止められないとみて、残りは籠城を決め込んだな」

 ラウルが笑む。

「は、そんだけ自分達の巣の強度に自信があるって事か。……じゃ勝負すっか? 俺の『コイツ』とよ!」

 誇示する刃先のない刃と、不敵に見せる白い歯。重さという地の鎖を幾本も絶って跳躍し、崖壁の突起を足掛かりにして更に高く舞う。その身が巣より上まで到達すると、彼は剣を大きく振りかぶった。切っ先が弧を描いて持ち手より下に来た瞬間からは地に引かれるに任せ、落ちると振るに掛かる抵抗という風の布を何枚も破って、巣の頭に『切っちゃいけないもの以外は何でも切れる』と豪語する愛剣を叩き込む。

 めり込んだ剣の衝撃が伝播して、巣全体を震わせる。走り出した亀裂が剣を起点に上向きと下向きに分かれて巣の表面を巡っていき、真裏でかち合った刹那、崩壊は起こった。

 巣は実際より遥かに大きな剣で斬られたかのように真っ二つになり、崖から剥がれて落ち始める。 巣の断面から溢れ出す、ホーネットの残党。それを予測して待ち構えていたシャラとレスターが、火炎を纏わせた一斉攻撃で抑え込みにかかる。

 執拗に向かって来る者達を討ちながら、ラウルは『居る筈が見当たらない者』を探していた。

「『女王』は何処だ!」

「割れた巣の中はもう空よ、逃してしまったかも」

 ホーネットを生んで増やすのは、女王と呼ばれる彼等の親玉。逃せばまた別の場所に巣を設け、ホーネットを増殖させてしまう。

 場にいる全てのホーネットを片付けたが、結局女王らしき者は見つからなかった。落ちた巣の巻き上げた砂埃と、燃えて散るホーネットの灰塵。これらで視界が悪くなっている隙の逃亡を考えたラウルは、今一度、谷の入り口で見せたのと同じ構えを取る。

「――吹っ飛べ!」

 気を溜め、渾身の力で振り上げられる剣。その圧が、砂埃と灰塵を一挙に谷の外へ押しやる。

「いた、あそこ!」

 シャラが指す。まさしく剣で切り開かれた視界の先に、この場を離れようとして飛ぶそれの姿が見て取れた。通常のホーネットの十倍はある大きさから、女王に間違いない。巣を破壊した際のラウルの剣撃で片側の羽を損傷し、十数匹のホーネットに支えさせてからがら飛んでいる状態だった。

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