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剣士と幼魔の奇想曲  作者: F.Koshiba
第2話 桜火剣乱の一日(全12部)
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2.慎重と軽率

 ラウルとニーナがイーリスの店へ戻ると、中ではカウンター越しにイーリスとココリが話をしていた。手前のココリは中に入ってきた彼等の方を振り向き、にこやかに出迎える。

「ああほら、やっぱりラウルと一緒だった」

 イーリスは胸を撫で下ろす。

「ほんとだ良かった、お帰りなさい」

 ひとまずただいまと返し、適当な隅に荷袋を置いてからラウルは尋ねた。

「なんだ二人共、ニーナを心配してたのか」

「ええ、仕事に追われている間に居なくなっていたので。おやつの時間までに戻らなかったら捜しに行くつもりでした」

「今日がラウルの帰還予定日だと分かっていたからね。迎えに出たと踏んで、君達が揃ってここに戻るのを待ってたんだ」

 皆の視線が自分に集まり、ラウルの横に立つニーナは気まずさと恥ずかしさで俯く。

 一人で出掛ける時にはイーリスに行き先を告げるよう言われているニーナだが、今日の彼女はそれをしなかった。その理由に関して、イーリスは責任感から自分に原因があると思っている様子だが、ココリはそうではないと推測していた。もっと単純で、でも複雑な、思慕の念に起因するものだろうと。

 ニーナは『好き』の感情を露わにする事に恥じらいを持っている。故に『好きな人の帰りを待ち焦がれて居ても立っても居られなくなった』という自分の気持ちを知られたくなくて、彼女は『ラウル』という行き先を、告げて出られなかったのである。

 そんな心理の臨時講義を、心配性のイーリスのためにたった今までココリが行なっていたなど、ラウル達は知る由もない。ちなみに講義を締め括った質問と回答は、『そういうものなんですかね?』、『そういうものなんだよ』、だった。

「そうか。ニーナから聞いたけど、薬の注文が沢山入ったんだって? あとおやつなら、さっきカフェで――」

 彼等に歩み寄ったラウルは、カウンターの端に伏せ置かれた一枚の用紙に目を留めた。覚えのある黄緑色。嫌な予感がして手に取り、裏返す。

「あ、それは」

 渋い表情になったラウルを見て、イーリスは困り顔になる。

 案の定、その紙は例の『ホーネット討伐』に関する募集要項だった。イーリスが溜め息混じりに説明する。

「薬のまとまった注文は国からのもので、先ほど品を受け取りに来た方が、この仕事もどうかと持ち掛けてきたんですよ。依頼主が国だけに、断り辛くてどうしようかと……」

 ラウルが彼の悩みをばさりと切りにかかる。

「気にすんなって。これは俺が引き受けて、さっさと片付けてくるからよ」

「いえでもこの依頼、魔導士でないと――」

 言いかけたイーリスは、ラウルが取り出してカウンターに叩き置いたもう一枚の紙を前に止まる。代わりにココリが尋ねた。

「どうしてラウルも同じものを?」

「元はレファレッドが持ってたやつだ」

 ラウルから経緯を聞いて、イーリスもココリも納得する。

「……そうだったんですか」

「予測して、あらかじめ請け負う事を決めていたんだね」

 ただ、三人の足元にいるニーナだけは首を傾げていた。イーリスが冒険の仕事に行かない事は何となく知っていても、その訳までは、まだ彼等と共有していないからだ。

 ラウルは討伐の算段と手筈について話す。

「――だから後は火魔法が使える奴を誘えりゃ、すぐ申し出て明日にでも行きたいんだが」

 それなら、とココリが推す。

「いつも通りシャラとレスターがいいと思うよ。戦術が幅広いから、状況変化への対応が柔軟だし」

「やっぱりそうだよな。じゃ早速頼みに――」

「シャラとレスターは明日行けない」

 不意に、ニーナが口を挟んだ。

「何で」

「朝会った。オハナミに行くって言ってた」

「花見?」

 思い当たったイーリスが話す。

「そういえばお客から、明日はジェサ近辺のカガリザクラ一斉開花が予測されていると伺いました。何処かにそれを見に行くのかも知れませんね」

 カガリザクラは年に一度、一夜だけ、小さな花を無数に咲かせる木。満開の花の一つ一つが淡紅色に輝く魔力を放出し、夜通し空を照らす様や明け方に散る際の光吹雪が非常に美しいので、魔力の蓄積状況から予測される開花日に、各地の名所へ足を運ぶ者は多い。ただ名所の殆どが外界にあり、外界の場合は集まって来るのが人族ばかりでないため、行けるのは花を散らさず敵を散らせる者自身か、それを雇った者に限られる。

 ニーナはラウルを見上げ、再度思い切って言った。

「だから……だから、私が行く」

 ココリが驚いて聞き直す。

「え? ニーナが、ラウルと討伐の仕事に?」

「ニーナ、街に居た方がいいってレファレッドにも言われたばっかだろ?」

 ラウルがたしなめると、イーリスとココリも慌てて続いた。

「そうですよ、彼の仕事について行くなんてまだ早過ぎます」

「うん、皆の言う通りだ。ラウルが帰るまで、僕と本を読んでいようよ。ほら、ニーナが欲しがってた『森の魔物図鑑』、今日やっと買えてさ――」

 よってたかって反対され、ニーナは地団駄を踏み出した。

「嫌だ! 早くない! 本読まない! 絶対ラウルと行く!」

「一体どうしたっていうんですか、いつもは大人しくラウルを送り出すのに」

 元々ニーナは人族の幼児と同様の癇癪を起こしやすくはあるも、毎回彼女と一緒にラウルの見送りをしているイーリスは、態度の変わりように引っかかりを覚える。

 ニーナは飛び乗ったカウンターの上に膝を折って座り、そこにある図鑑には目もくれず、二枚の仕事募集要項の方をくしゃりと掴み取って突き出した。

「これに行けたらいい!」

 ココリは意外に思う。

「ホーネットの討伐に、そんなに興味があるのかい? 好奇心は大事にしてあげたいところだけど……」

 譲る気配のない彼女に皆、手を焼く。あれこれ言えば言うほど、ますます頑固になるばかり。埒があかなくなったその状況を、しかし遂には、途中から黙って考え込んでいたラウルが変える。

「……しょうがねえな。いっぺん連れてくか」

 どうにかニーナに分からせようと努めていたイーリスとココリは目を剥き、今度はラウルの方を思い留まらせようと懸命になる。

「駄目ですって! 近場の薬草摘みとは訳が違うんですから、そんな危険な事」

「そうだよ、僕としてもこの討伐に教え子をやる許可なんて出せない」

「いくら言ったところで、行ってみなくちゃ理解出来ない事もあんだろ。だから、今回だけの約束だ。次からは我がまま言わずに、街で勉強して待っている事。ニーナ、守れるか?」

 ラウルの問いに、ニーナは力強く頷く。

「守れる」

「そっか、よし。じゃあ行こう」

 希望が叶ったニーナは嬉しさを抑えきれず、紙を放り投げてラウルの首に飛びついた。

「はは、抱っこすんの久しぶりだな。飯いっぱい食ってるから、街に連れて来た時よりちょっと重くなったか?」

 受け止められて抱っこされる形になった事に気づき、また近過ぎるラウルの笑顔にもどきりとして、ニーナは赤くなる。

 軽率なラウルに、イーリスは頭を抱えた。

「もう、心配する私の身にもなってくださいよ……。ニーナはまだ暖炉の火種程度の黒魔法しか使えないんですよ?」

「あれイーリス、黒魔を教えるのは白魔の基礎が出来てからって言ってなかった?」

 ココリが、前に彼から聞いていたニーナの魔法学習行程との相違を指摘する。ニーナはそっぽを向いた。

「白魔法はいらない。薬があれば使わない」

「……と言い張って聞かないものですから、今はとりあえずやる気のある黒魔法を、先に教えているんです」

「なるほど、そういう事か――」

 ニーナとイーリスとの間で銀縁眼鏡をちょいと押し上げて、ココリは語り出す。

 魔法は学問の上で、効果別に分類がなされている。内、対象を損傷させる目的のものは『黒魔法』、反対に、対象を損傷から回復させる目的のものは『白魔法』の区分。

 そして何事に於いても、『破壊』よりも『破壊からの再生』の方に一層多大な力が必要となるのは世界の理。黒魔法が威力に個体差はあれど魔導力を持つ一般的な者なら誰でも習得出来るのに対し、白魔法は、高い魔導力を持つ魔導士か魔族にしか習得出来ない。厳密には不可能ではないのだが、適性なく習得してそれを使おうとする者はまずいない。最も求められる緊急時に中途半端な効果しか発揮出来ず、使いものにならないからだ。

 何かを回復させるためには、損なわれた分の資材――一切の源となる多くの魔力を、一手に集めて一挙に扱えるだけの魔導力が必要である。魔導力の低い者がこれを行う無駄を例えるなら、崩れ落ちた煉瓦の壁を直すのに十分な煉瓦を用意出来ない上、煉瓦を積む体力もすぐに尽きて途中までしか直せず、壁を壁と呼べる状態にまで戻せないようなもの。実用どころか無用を生み、却って全うな回復を阻害するリスクにさえなり得る。

「――で、そもそも破壊より再生に多くの力が必要というのは遺世界から続く理で、かつてあったその世界は、負の思念により引き起こされた破壊に対して、再生に必要な代償を払い切れなくなった末に滅んだと――」

「……分かった、長くてもうよく分らんが分かった! 要するにニーナは白魔法を使えるようになれるんだから、今からしっかり習っとけって事だろ!」

 また延々と講義し脱線していくココリを、ラウルが止める。

「……ああ、ごめん。うん、そこが一番大事なところだよ」

 そういった訳で白魔法を使える者というのはごく限られ、重宝される。だからイーリスは、魔族であり成長すれば高い魔導力を持つニーナに、白魔法を習得させておきたいと考えていた。彼女が将来どんな生き方を選ぶにしろ、必ず身を助ける能力として。

 しかしながらイーリスのそんな親心に近い思いなどまだニーナには伝わらず、彼は教えるのに日々苦労していた。

 そうと知って、先程ココリは自分からもニーナに話して聞かせようとしたのだが、魔法の説明から始めてうっかり遺世界創生説に触れたせいで、例のスイッチが入ってしまったのだった。改めて、今度こそニーナに分かりやすくと努めて話す。

「薬は確かに便利だけど、荷物になるから持って行ける数が限られるし、事故で失う心配もある。薬では間に合わない深い傷を負ってしまう事だって決して珍しくない。そういった時に備えて、冒険の仕事では白魔法を使える仲間がいるに越した事はないんだよ。だからニーナも――」

「怪我する前に剣と黒魔法で敵を倒せばいい。できる」

 そんな浅はかな自信の根拠である剣士に抱っこされたまま、ニーナは我を通す。疲れているイーリスに、彼女を説き伏せるだけの気力はもう残っていなかった。

「……全く。なら私も同行するしか」

 そう言いかけたのを、ラウルが遮る。

「それじゃそもそも俺が行く意味なくなるだろ。大丈夫だって、どうにか日帰りで行ける場所だしな」

 彼の楽観ぶりに、ココリは食い下がる。

「だけど流石にふたりだけじゃ無謀過ぎるよ。ニーナが心を許せるって条件の仲間を増やすとなるとやっぱりシャラ達に限られるけど、予定があるんじゃ頼めないし」

「いや……その予定が花見だったら、まあ、別の花の名所を案内出来るから大丈夫だ」

「別の、花の名所?」

 何やら埋め合わせを提案する気らしいラウルに、イーリスとココリは揃って疑問符を浮かべた。

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