9.かえすべきもの
彼は無事に、街門まで帰還した。並ぶ篝火が煌々とする門の手前に、イーリスとココリ、そしてニーナの姿を認めて安堵する。
「――ラウルッ!」
駆けて来た彼の胸へ、ニーナは思わず飛び込んだ。身を屈めて受け止めたラウルは、彼女をぎゅっと抱き締める。
「良かった……大丈夫そうだな、心配したぞ?」
血界石を手放してしまい、彼女は一度、喪失感からラウルにももう会えないと思った。いま彼にふわりと抱き上げられ、孤独の穴の底から出された気持ちになる。
「……ごめん、なさい……」
優しさに包まれて、彼女は皆に心配させた事をよく理解した。自分が、皆に心配されるほどの存在である事も。それにより、素直に詫びられたのだった。
べそをかくニーナを和ますように、ラウルはおどけて笑う。
「晩飯がまだな分、いつもよりちょっと軽いな? 帰ったらあったかいもん食って、今日はもう寝ような」
「うん……」
彼は続けてイーリスとココリに言った。
「何もここで俺を待ってねえで、先にニーナを連れて戻ってくれりゃ良かったのに」
「ええ、戻って早く休ませたいとは思ったのですが――」
イーリスが言い掛けると、ニーナの襟元がもこもこと動いた。そこから顔を出した者に、ラウルは目を見開く。
「……カーバンクル」
ココリが理由の説明を継いだ。
「ニーナから離れたがらないんだ。街に入れる訳にはいかないけど、助けられた恩を思うと無理には引き離しづらいものだから、困っちゃって」
「助けられた?」
「僕が見つけた時、ニーナはオルトロスに襲われていて……。でもこのカーバンクルが吹雪の魔法を反射して、ニーナを守ってくれたんだよ」
一番あってほしくなかった事が既に起こっていたと分かり、ラウルはぞっとする。
「……あれに、襲われてたのか? 首が片方しかない――」
「ラウルも見たの? 首が片方しかなかったなら、多分僕等が遭遇したのと同じ奴だよ。反射で一点に絞られた自身の攻撃を受けて、首の一方だけが氷漬けになって落ちたんだ。それから何処かへ行ってしまって」
よく無事で居てくれたと、ニーナを抱き抱えているラウルの腕に力が籠る。
「その後に、俺と鉢合わせたって事か……。倒せたけど、ジークに助けられなきゃ正直危なかったよ」
イーリスは彼等三人が同じ脅威に晒されていたのを知り、今ここに揃って無事で居る事のありがたみを覚える。
「ジークと会ったんですね。外界の調査へ向かうというのでこちらの事情を話したら、見つけ次第ニーナを保護すると約束してくれたんですよ」
「そうか。オルトロスが出現した原因も、見つけてくれるといいがな……」
するとココリが、思いがけない返しをした。
「ここに居る筈のない魔族は、オルトロスだけじゃなかったよ」
「え?」
「カーバンクルさ。この地域には生息していない筈なんだ。街門守衛の人が思い当たる事があるからって、いま確かめに行ってくれているんだけど――」
そこにちょうど、若い兵士が駆け戻って来た。
「ああ、お待たせしました。報告書を読む限り、やはりそのカーバンクルは他所から持ち込まれたものと考えて間違いなさそうです」
「持ち込まれたって、何でまた?」
ラウルに尋ねられ、兵士は丁寧に説明する。
「一昨日、希少魔族を不正に売買しようとしていた闇商人をこの門前で捕らえたのです。それで抵抗された際に壊れた荷箱の一つから魔族が数匹逃げ出して、カーバンクル一匹のみ捕獲出来ないままとなっています」
「なるほど、それがこの子って訳だね」
ココリが目を向けると、カーバンクルは服から出て来てニーナの肩に乗った。
「そういう事ですので、このカーバンクルは我々が預かります。捕獲にご協力頂き、ありがとうございました」
言われた通り兵士に預けるべく、ラウルは抱っこしているニーナから片手でカーバンクルを捕まえようとする。しかしカーバンクルはニーナの首の周りをくるくると器用に逃げ回り、終いにはまた彼女の懐に潜ってしまった。
ニーナもやはりカーバンクルと別れたくなくて、その懐を両手で庇った。ラウルは手を焼きながら兵士に確認を取る。
「件のかたが付いたら、こいつは元居た場所に返してもらえるんだよな?」
「勿論、外界へは帰します。ただ元と同じ場所に、というのは難しいと思います。今回捕らえた連中は、仕入れた希少種達が何処で密猟されたものなのかまでは知らないと答えているので」
「……そうなのか?」
それはラウルだけでなく、イーリスにも聞き流せない話だった。
「とするとこの子は、これまで生きて来たのとは無縁な地へ放されるのでしょうか?」
「そうなります。同種が生息するいずれかの地を選びはしますが、そこが元居た場所、という偶然がなければ……」
カーバンクルの今後を知ったニーナは益々頑なになって、胸元をきゅっと閉ざした。
――この子は、自分と同じ。知った仲間には、もう会えない。居た場所にも、もう帰れない――。
イーリスとココリは、ニーナの心情を察して何も言えなくなる。ラウルも彼等と同じ気持ちだったが、これから先の事を考えて、彼女に言い聞かせる役目を買って出る。
「……仕方ねえ。規則は、規則だからな――」
ラウルは一旦ニーナを下に降ろし、片膝をついて彼女を真っ直ぐ見据えた。その真剣な面持ちをもって告げられるであろう言葉を予測し、彼女は怖じる。
「ニーナ、このままカーバンクルと一緒には街へ入れないって、もう分かるよな? 今の様子からすると、このカーバンクルはニーナの言う事なら聞き分けてくれるんじゃないかと思うんだ。だから――」
街で暮らす以上、どうしても従わなければならない決まりが沢山ある――。ラウルが言う通り、ニーナにもその内の、少なくとも一つは分かっていた。
彼女は肩を落としていつもの我がままな口を閉ざし、目を伏せた。




