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剣士と幼魔の奇想曲  作者: F.Koshiba
第1話 彼女の秘薬(全4部)
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2.大人な子供

 店を出たラウルは来た道を戻り、再び市の催される通りに入った。日が少し高くなり、先程まで建物の陰になっていたところにも陽光が注いでいる。昼に向けて上がりつつある気温が、人の流れをますます盛んにしていた。

 混雑の中、ラウルの腰までの背丈しかないニーナは、人に蹴られそうになったり荷をぶつけられそうになったりしながら、彼について行く。

「ニーナ、ほら」

 はぐれないよう、ラウルは彼女に片手を差し出す。手を繋いでもう少し行くと、周囲の騒がしさをものともしない、例の人の声が聞こえた。

「まあまあ、ニーナちゃん!」

 青果店のマルディナが、ラウルの連れたニーナに手を振っている。露店に辿り着くと、彼女はラウルに尋ねた。

「さっき来てから戻るまで、随分と早かったじゃない。もう用事は済んだの?」

「いやまだ全然なんだけど、ちょっと予定が変わっちまってさ。一度家に戻るから、頼んどいた物貰ってくよ」

「そうなの。もう袋に詰めてあるから」

 マルディナはどっしりと幅のある腰回りでいて、台の囲う狭いテント内で器用に屈み、下に置いてあった紙袋を持ってそこから出た。品物をラウルに手渡すとその横で立つニーナに、にこやかに話しかける。

「ニーナちゃん、今日はラウルと一緒にお出掛け? いいわねえ」

 途端に、ニーナはラウルの後ろへと身を隠した。

「なんだ、今更隠れる事ないだろ。いつも良くしてもらってんのに」

 マルディナは、ニーナの身の上についてを心得ている。ラウルやイーリスに連れられて自分の店によく買い物に来るので、元々世話好きな事もあり、この街でニーナを気にかけるようになった一人だ。だからニーナの反応にも気を悪くする事はなく、彼女はころころと笑った。

「露店のほうに来てくれたのは初めてね。せっかくだからニーナちゃんにも、はいこれ」

 そう言って、台の上の山からラウルが買ったのと同じリンゴを差し出す。

 ラウルが背を押してニーナを前にやると、彼女はためらいがちに、マルディナからそれを受け取った。顔が映りそうな程その表面はすべすべしていて、とても綺麗だと思ったニーナは、そのリンゴの赤を映したように頬を染める。

「……あ、『アリガトウ』……」

「あら! ちゃんとお礼が言えて偉いわ」

 褒められて一層顔を赤くし、ニーナはまたラウルの陰に隠れる。ラウルは笑いながらその頭を撫で、マルディナに礼を言うと再び歩き出した。

 

 

 薬の調合に必要な材料を得るには、商人から買うか、『冒険者』に採取を依頼するか、自分で採りに行くかしなければならない。かくして材料も薬も無断で大量消費してしまった雇い主ニーナの意向により、王都を出て彼女と共に『外界』へと赴く事になったラウルは、一度家に戻って身支度を整えた。

 外界、とは人族が築いた都市や街、村落以外の全土を指す。この世界においては人族以外の一切の生き物が魔族であり、どうした因果か、野生のそれらは人族に格別の敵対心を持ってそれを脅かす存在となっている。そのため種として圧倒的少数の人族は、自分達の暮らす領域を魔族除けの障壁で守り、主にその中で慎ましく暮らしている。障壁の外は、言わば人外の領域。そこへ出て魔族と渡り合い、人族が生きるのに必要なものを得て来たり、暮らせる領域を開拓する役目を負う者達は『冒険者』と呼ばれ、剣士ラウルもその一人である。

 魔族の悪意や力は、一般にそれが生息する地の『瘴気』が濃いほど増幅するものとされる。故に人族の領域は瘴気が希薄で魔族の生息数が少ない土地を選んで興されたところが殆どなので、その近辺であれば魔族に出くわす事は少なく、また居たとしても非力で、人族を脅かしたり所持品を盗んだり、威嚇だけして逃げるのがせいぜいなものばかりだ。

 とは言え、何が起こるか分からないのが人外の地。危険の少ない近場で用を済ませるつもりとはいえ、ラウルはそれなりの装備を整えて家を出た。胴鎧と揃いの、表面を銀で覆う装甲を腕や腰に接ぎ足し、ブーツも外界用のものに履き替えた今の姿が、仕事における彼の正装。

 ニーナはラウルの家にあった取っ手付きの籠を腕に下げ、ラウルに連れられて壁の外に繋がる門へと向かう。その途中、道沿いの開けた武器屋に紅の鎧姿を見つけて、ぱっと顔を明るくした。

「シャラだ!」

 駆け出した彼女に付いて、ラウルもそちらへ足を運ぶ。

 足音に気づき、高いところで結う黒髪を跳ねさせてシャラは振り返った。

「あら、ニーナちゃん。ラウルも」

 笑顔で迎える彼女もまた剣士であり、ラウルの仕事仲間の一人。ニーナは伝えたかった事を抑えきれない様子で告げる。

「あのね、この前シャラがくれた本、おもしろい」

「そう! 気に入ってもらえて良かった、またいいもの見つけたら持って行くわね」

 ラウルが店内に入って来ると、その出で立ちにシャラは首を傾げた。

「ラウル、次の仕事は明後日からって言ってなかった?」

「ああ、そうなんだけど今日はまあ、ニーナと外まで散歩にな」

 ニーナがむっとして彼を見る。

「散歩じゃない! 仕事だ!」

 事情は読めないながらも、いつも通り微笑ましい二人を見てシャラはくすりと笑う。

「薬草でも摘みにいくの? 私も付いて行きたいけど、たったいま剣を修理に出しちゃったのよね」

 話していると、多種多様な武器に埋め尽くされている店の奥から、店主が一枚の紙を持って出て来た。まるで防具の上から衣服を着たような体格の彼は、ラウルに気づいて声を掛けた。

「よお、ラウルじゃねえか。今日こそ背中の『なまくら』を研ぎに来たか?」

「はは、変わらず『切っちゃいけないもの』以外は何でも切れてるからな。またにするよ」

 店主とラウルとの間で、そのやりとりは最早お決まりの挨拶と化している。それはラウルの大剣が敢えて負う、常識外れな造りが由来だった。

 彼の剣身は、刃先と切先が剣の厚みと等しい幅の『面』になっている。鋭利さがすっぱり切り落とされた、刃物にあるまじき究極のなまくら仕様なのである。

 抜き身で持ち歩く際に、近くの『守るべき者達』に危険が及ばないように――という持ち主の希望によるものだが、そのために本来の攻撃力の要を捨てるなど、普通に考えれば武器を持つ意義完全無視の本末顛倒な話。にも関わらず剣士業でのそれの実用を可能としている要因は二つある。

 一つは、剣自体の比類なき重量。元より高比重な鉱石を、融点の高さにより特殊な魔法を用いて大量に溶かし強靭に圧縮させているので、如何にもな大きさや光沢ある鈍色などの見た目から想像されるよりも更に重い。

 そしてもう一つは、そんな規格外を軽々と振るい、鋭い刃先など無くとも対象を切断するだけの威力を発揮できる、持ち主のこれまた規格外な技能。端的に言い表すなら『気は優しくて力持ち』を拗らせた、『生真面目すぎて力業』といったところか。

 店主から受け取った武器の預かり証に署名しているシャラに、ラウルはふと思い出した事を伝える。

「そういや、お前もイーリスに薬を注文してたろ。今は店が留守だから、行っても受け取れないと思うぞ。ってか、しばらく店には……近づかない方がいいな……」

 イーリスの書き置きにあった客の内の一人は、シャラだった。そのままにしてきてしまった店の目も当てられない惨状が、言葉の尻をすぼませる。

「そうなの? 急患で呼び出されたのかしら。このあと寄るつもりだったんだけど……。それにしても近づかない方がって、どういう事?」

「いや、ま、色々とっ散らかってっから」

「ふうん? 薬の調合販売に病人怪我人の治療にって、イーリスも毎日忙しそうだものね。片付ける余裕もなくなってるなら、明日はレスターと行って店を手伝おうかな」

 散らかっている理由については事実と異なる理解だが、ラウルは何も言わずにやり過ごした。

「……あれ、ニーナどこ行った?」

 気づくとニーナの姿が彼等の側にない。

「あ、あそこに」

 シャラは武器屋の向かいにある雑貨屋の方を指差した。そこにいるニーナは店の硝子窓に背伸びで張り付き、中を見ている様子である。

 その近くで店の帽子とエプロンを付けて掃き掃除をしている少年が、ぶっきらぼうにニーナに尋ねる。

「なんか欲しいもんでもあるのか」

 彼は雑貨屋の息子で、ニーナより頭ひとつ分背が高い。ニーナは彼――フリッツと面識がある。子供だからか、ニーナは他に比べて彼への警戒心が薄い。自分よりも幼い彼女のその態度が、フリッツには気に入らないのだった。

「あの赤いひらひら、欲しい」

 ニーナが指したのは、陳列棚の横に鎮座する大きなぬいぐるみ――魔族ゴグマゴグがモデルの店のマスコット、『ゴマちゃん』の首を飾るリボン。ゴマちゃんはこの店を長年見守っている元売れ残り品で、売れ残った理由に誰もが納得する不気味さはあるのだが、不憫に思った店主によりこまめに装いが替えられて、今はすっかり来客を楽しませる存在になっている。

「はあ? あれは売り物じゃねえよ。……でもま、売ってやらない事もないけど。お前が自分で働いて稼いだ金でなら、いくらでもなー」

 実はニーナが薬屋の手伝いを始めたのは、フリッツの影響である。フリッツが周囲の大人達からニーナと一緒くたに子供扱いされるのを嫌い、ニーナと違う点として、一人前に働いている事をこうして殊更に主張するからだった。

 彼の言葉を受け、ニーナは揚々とポケットに手を突っ込む。しかし掴み出されたのは、後で食べようと取っておいた飴玉ひとつだけ。手伝いのお駄賃――もとい働いて得た報酬はラウルに支払って既に無い事を思い出し、しおれるように肩を落とした。

 それを見ていたラウルは、彼女が大人ぶっていた理由を察してほとほと参った顔をする。少し考えた後、腰の鞄から先程受け取った銅貨三枚を取り出すとニーナに歩み寄り、手の中の飴玉と引き換えにそれを握らせた。

「飴玉代な」

 支払ったものがそっくり返ってきて、ニーナは途端に笑顔を取り戻す。それに対し、フリッツは怪訝な顔をする。

「はあ、相変わらず甘いなラウル。買ってやるつもりかよ」

「元はニーナがイーリスの店で仕事して得た金だ。そいつでニーナに雇われたから俺が持ってた。俺の稼ぎを俺がどう使おうと自由だろ」

「雇われた? 銅貨数枚で? ……やっすい剣士だな。やっぱ甘いわ、飴玉と同価値なだけあんな」

 彼のこまっしゃくれた憎まれ口に対し、ラウルは軽く煽り返す。

「『大人の余裕』ってもんがあるんだよ。しょうもないとこにこだわってるあたり、お前にはまだねえな」

 フリッツは一瞬噛み付く表情を見せたが、ぐっと堪えた。ムキになって言い返せばラウルの言葉を裏付ける事になる。それが癪だったからだ。仰々しく溜息を吐いて店に入っていき、ゴマちゃんからリボンを取って戻ると、それをつっけんどんにニーナへ寄越した。

「そんな金じゃ足りないけど、まけてやる」

 後から来たシャラが横から言う。

「あら、気前がいいじゃない。ニーナちゃんに似合いそうなリボンだものね。おまけついでに、頭に付けてあげたら?」

 フリッツは上気する顔を見られまいと彼等に背を向ける。

「そこまで付き合ってらんない。俺忙しいから、じゃあな」

 彼はニーナから代金を受け取るとそう言い残し、早々に店に引っ込んでしまった。シャラは微笑む。

「しっかりしてるけど、まだまだ可愛いわね」

「絶対認めないだろうけどな」

 シャラとラウルが話す側で、ニーナはリボンを大事そうに籠へ収める。

「ニーナちゃん。せっかくのお出掛けだし、今から髪に飾ったらどう? 私で良ければ付けられるけど」

 シャラが提案するも、ニーナは首を横に振る。

「これは髪につけるのじゃない」

 ラウルは疑問に思う。

「じゃあ何に使うんだよ」

「ラウルには言えない」

 つんとそっぽを向かれ、またかよ、と不満を漏らす。

「まあどうでもいいけどよ。日が暮れる前に帰りたいから、さっさと行くぞ」

 そうしてシャラと別れ、ラウルとニーナは寄り道から改めて外界へと向かって行った。

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