2.子供を成長させるもの
陽射しが日増しに強くなっていると感じる頃。街から程近い、いつもの恵み豊かな森林の冷涼な空気に潤って、ラウルは薬の材料の採取をしていた。
「ニーナ、あんまり俺から離れるなよ」
布袋とメモを手に目的の物を探しながら、彼は声を掛ける。
「うん」
花や虫や光に目移りさせて、蓋付きの籠を持ったニーナは彼の周りでちょこまかと遊んでいた。
今日の採取は、ラウルがイーリスに頼まれての事。ニーナは自分も好きなものを集めに行きたいとせがみ、彼について来たのだった。
「自分で集めたものなら、自由にしていいからな。その代わり、イーリスの店の物はもう勝手に使うんじゃないぞ。自分の物と、自分のじゃない物が分かるようになったら、ちょっと大人だ」
人族でも、幼い内は自分と他者という認知が不十分なものだが、群れの集合自我に加わり『他者も自分』として過ごしてきた彼女は、自分と身近となった者との境界を一層不明瞭にしてしまうところがある。それは相手に対して彼女が心を開いた証だが、取り分け、同じ家に住むイーリスを悩ませる種ともなっていた。
「大人? ……もう分かる。ちょっと大人」
ニーナが胸を張って言うと、ラウルは笑った。
「おう、偉いぞ」
早く大人になりたいニーナは、でもすぐに疑問を持って得意げな顔を引っ込めた。
「……ちょっと? ちょっとは、どれくらい?」
「んーそうだな、雑貨屋のフリッツくらいかな」
「フリッツは大人じゃない」
「だから、『ちょっと大人』だ」
思ったよりも大人ではなくて、ニーナの頬が不服そうに膨らむ。
「まあそう慌てんなって。ちょっとずつ、って大事だからな。身体もちょっとずつ大きくなるだろ? 俺だってその積み重ねで、子供から大人になっていったんだから」
こうして正にちょっとずつ、ラウルは彼女の成長に必要な物事についてを、日々の会話に織り交ぜて伝えている。
ニーナは目をぱちくりとさせた。
「ラウルも、子供だったのか?」
彼は木の梢から若芽を摘み取りつつ、話し続ける。
「そりゃあな。魔族には違うのもいるけど、人族は誰でも、大人になる前は子供だ。ニーナに勉強を教えてくれるイーリスとココリだって、前は教わる側の子供だったんだぞ」
「……子供の、小さいイーリスとココリ?」
上手く想像出来なくて、ニーナは首を傾ける。
「ああ。小さかった二人の事は、よく覚えてるよ。知り合ったのは、今のニーナよりもう少し大きくなった頃だけどな。その時分から、二人とはずっと友達だ」
「……ずっと……」
それを聞いた彼女が後ろで物憂い表情を浮かべた事に、ラウルは気づかなかった。
その後しばらく、ラウルは頼まれものの採取、ニーナはひとり遊びに、それぞれ専念していた。ラウルはメモにあるものをなかなか揃えられず、頭を掻く。
「参ったな、時期的に少ねえのか? もっと奥まで探しに――」
「ラウル、ラウルッ!」
呼ばれて、駆けて来たニーナを振り返る。
「どうした、何かいたか?」
「帰りたい」
「え? いやまだ採れてないものが……」
「すぐ帰りたい」
籠を後ろ手に下げたニーナからそわそわと願われ、ラウルは少し考える。
「……まあ、もう少し深くまで潜るなら、ニーナは街に戻した方がいいか」
彼女が帰りたがる理由は分からなかったが、彼は一旦そうする事にした。
街に戻り、ふたりはイーリスの店へと向かう。途中、赤い煉瓦の塀に囲われた学び舎の前を通ると、そこに通う初等科の子供達が今日は午前中だけとなる学習を終え、帰宅し始めたところだった。
その門の脇には、子供達を一人一人見送っているココリの姿。彼が教員として勤めているのはこの学び舎である。歩いて来たラウル達に気づき、手を振る。
「やあ、二人で外界に出てたのかい? イーリスのお使い?」
ニーナを連れたラウルが仕事用の格好なので、すぐにそれと察する。
「ああ。行って一回帰って来たんだ。少し深く潜らないと頼まれ物が全部揃いそうになくてな、ニーナを置いたらまた行こうと思ってる」
話していると、門からフリッツが出てきた。ぺたんこの布帽子を被って鞄をたすきに掛けるのが、彼の通学時のスタイル。彼はラウルと、その陰に隠れて学び舎の中を興味深げに伺っているニーナを目にし、小生意気な態度を取る。
「何だよラウル、またニーナに飴玉の値段で雇われたのか」
「よう、お前の口は相変わらずだな。俺は金額だけで仕事を選ばねえんだよ」
「はあ? 儲からない仕事なんてする意味ないだろ」
小売りの商店である家の仕事を日頃から手伝っているフリッツは、利益を得る事に対する意識の高さから、ラウルの発言に呆れる。
「儲けも勿論大事だが、世の中、そればっかりじゃないからな。大きくなりゃお前にも分かるだろうさ、『自分だけの価値観』ってもんがよ」
フリッツはニーナ以上に、子供扱いされるのを嫌う。ラウルが自分の頭上に片手をかざし、子供と大人の身長差という物理的な高みから物を言ったのにむかっ腹を立てた彼は、言い返した。
「俺はシケた大人になるつもりないし。将来剣士になっても自分の安売りなんて絶対しないし」
「へえ……お前、俺と同じ剣士になりたいのか?」
意外そうに聞かれ、彼は密かな夢をうっかり漏らしてしまった事に気づく。ココリも驚き、同時に感心する。
「そうだったのかあ、僕も初めて知ったよ。今からはっきりとした目標を持っているなんて、素晴らしいじゃないか」
フリッツは動揺で顔を紅潮させながらも、平静を装おうとする。
「お……俺は別に、ラウルと同じになりたい訳じゃないからな? シケたのは嫌だって言ってんだろ」
そこへ、後から出て来たフリッツの友人達がわいわいと寄る。
「フリッツ、一緒に帰ろうぜ」
彼等は自分達の先生であるココリに別れの挨拶をし、その隣に居る、馬鹿でかい剣を背負ったラウルを物珍しげに見た。一人がフリッツに尋ねる。
「……なあ、お前が言ってた剣士って――」
「あああさっさと帰るぞ! じゃあな!」
フリッツは友人達をまとめて押しやり、そそくさとその場を後にして行った。
ぽかんと見送るラウルの横で、ココリはくすりと笑う。
「……どうやらラウルは良きライバルとして、彼の事も成長させているみたいだね」
「はあ、そうなのか?」
ラウルに対する彼の鼻っ柱の強さは、そんなところに起因しているようである。
「あ、そうだそうだラウル。今晩なんだけどさ――」
別の話題が出されたところで、ニーナがラウルの鎧をぺしぺしと叩いた。
「……帰りたい」
「ん? ああ、そうだったなすまん。ココリ、また後で――」
ラウルが話を切り上げようとすると、ニーナは首を横に振った。
「いい。先に帰る」
「そうか? まあここからなら、ひとりでも大丈夫か。気をつけてな」
頷いて、彼女は早々に駆け去った。ココリはいつもと違う彼女の様子を不思議に思う。
「ニーナ、今日はどうしたんたい? ラウルが街で暇してる時はいつもくっついていたがるのに」
ラウルは、周りを困らせる以外の彼女の奔放さにはさして気を留めない。
「分からんが、ニーナにもひとりになりたい気分の時くらいあるだろ。で、今晩が何だって?」
「ああ、うん。ご飯食べに行かない? 昨日開店したミツキ――」
「――ノカドの飯屋は後免だぞ、他のところなら行くけど」
ココリは突っぱねられて大層残念がる。
「えー調査に協力願いたいんだけどなあ。僕だけじゃ、危険なものを発見した時に干渉出来る力『は』ないからさ」
「今更何も見つからねえって。てか昨日開店って、前の店はもう潰れたのかよ。三月どころか一月も経ってなくないか?」
王都在住の者はミツキノカドという場所の曰くを知っているので、余程の物好きを除き、そこの店にはまず入らない。だから何も知らない他所からの来訪者が開店直後の華やかさに釣られて入っては酷い目に遭い、派手に悪評を撒いていって閑古鳥――というのが、店が潰れる大抵のパターン。
「最近、入れ替わりがますます頻繁になっているんだよね。だから余計に何かあるんじゃないかって気になっちゃって。ほら、ここから道を一本違えただけの子供達の通い路だし、怪しい場所は極力把握しておきたいじゃないか」
名目は子供達の安全確保のためだが、その実、どうも物好きの一人としてミツキノカドのキワモノとゲテモノを楽しんでいる節があるココリに、ラウルは頭痛を覚える。
「そんだけどうしようもなく不味いとこしか出店しなくなってるだけだろ」
「いやいや、それが新しい店から出て来た人達の話によると、料理は割と美味しいらしいんだよ。でも美味しいと言う口で、もう来ないとも言うんだ。変だろう?」
もう聞き込み調査まで済ませているココリの情熱への敬意として、彼は一応、尋ねる。
「何の料理の店なんだ」
「鍋だよ。ただ食材は分からない。値段一律で内容は店側のお任せ、何を食べたかは後から知れるっていう面白い形式だそうだけど、誰も、食べたものについては一言も教えてくれなくて」
「……二重の意味で、二度と口にしたくないほど屈辱的なものだったんだろうな……」
そこへ連れて行かれたら何を食べさせられるか分かったものではないので、ラウルが別の店候補を出そうとした時だった。
「――ちくしょう、どこ行きやがったあいつ!」
塀に沿う道の遠方から、怒鳴り声が響いてきた。二人共そちらを向く。何やら騒ぎが起こっているのか街頭警備の兵士達が辻を走り抜けるのも見え、ココリは案ずる。
「何だろ、物騒だな。帰した子供達は大丈夫だろうか……。これは状況が分かるまで、残っている子は待機させないと」
「なら何があったか、俺が見て来てやるよ。ちょっと待ってろ」
「そうしてくれるかい? 頼むよ」
子供達を見ていなければならないココリに代わって、ラウルは声がした方へと駆けた。




